日常。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
赤ちゃんにメロメロです。
赤ちゃんのいる生活は賑やかだ。
赤ん坊は泣くのが仕事と言われるくらいなので、何かあれば直ぐに泣く。それ以外に主張する方法がないのだから、仕方ないだろう。
乳母がどれほどマメに手をかけても、ジェイスは泣いた。
ジェイスの世話は乳母の仕事だが、赤ん坊の泣き声が聞こえて無視できる人間は少ない。
泣き声が聞こえれば、誰かが子供部屋に顔を出した。
わたしも手が空いていればジェイスの様子を窺うために子供部屋に顔を出すようになる。
何度も顔を合わせていると、ジェイスが顔を覚えてくれた。にこっと笑ってくれるようになる。
彼にとってわたしがどういう立ち位置なのかは謎だが、よく見る顔だという程度の認識はされているようだ。
抱っこすると、こちらに手を伸ばしてくる。ぎゅっと服を掴まれると、きゅんとした。
(この年にして、すでに人たらし)
心の中で小さく笑った。赤ちゃんというのはどんな子でも可愛いものだが、そもそも顔の整った可愛い赤ちゃんはさらに可愛い。ジェイスは贔屓目を差し引いても天使のように愛らしい子だ。
「あー、あー」
ジェイスは何かを一生懸命、しゃべっている。
「はいはい」
わたしは相槌を打った。自然と顔が緩む。
そんなわたしとジェイスの様子を乳母が微笑ましいという顔で見ていた。
「アヤ様が自分のお義母さまだとわかるようですね」
そんなことを言う。
そこにはたぶん、世辞も入っているだろう。継母というわたしの立場をいろいろ気遣ってくれて入るに違いない。
だがそれでも、嬉しかった。
午前中は講義やマナーの時間があって忙しいが、午後は暇だ。空いた時間をわたしはジェイスと一緒に過ごすようになる。
接する時間が乳母に次いで長いからか、ジェイスはすっかりわたしに懐いた。そうなるとわたしはますますジェイスが可愛くなる。目に入れても痛くないほど可愛いというのはこういうことかと知った。
ぎゅうっと抱きしめたり、頬にチュッとキスをしたり、好き放題可愛がる。
そんなわたしをジェイスも特別な相手と認識しているみたいだ。甘えた仕草を見せるようになる。
ただいま、わたしとジェイスは相思相愛らしい。
そんなわたしとジェイスのことが気になるのか、アインスもたまに子供部屋に顔を出すようになった。
トントントン。
ノックの音が聞こえてドアの方を見ると、アインスが立っている。
「アインス様。どうなさいました?」
ジェイスを抱っこしてあやしながら、わたしは問いかけた。
アインスは少しばかり気まずげだ。
(そんな顔もアンニュイでステキですよ)
わたしは心の中で呟く。イケメンでキラキラしているアインスは見ていると楽しかった。アイドルと一緒に暮らしているみたいな気分を味わう。
「アヤがまた子供部屋に入り浸っているというので、様子を見に」
アインスは正直に話してくれた。適当な理由をつけることないアインスをわたしはけっこう好ましく思っている。
「大丈夫。継子だからって苛めてなんていませんよ」
わたしは笑った。
「そんな心配はしていません」
わたしの冗談をアインスは真顔で否定する。こんなに素直で貴族として大丈夫なのかと少し心配になった。だが、アインスがこういう反応をするのはごく一部らしい。たいていの人には冷たい人だと思われているようだ。実際、冷たい態度を取っているらしい。
(自分の内に入れた人間とその他の人間をきっちり線引きするタイプなんだな)
わたしはそう理解した。内側の人間にはとことん甘いが、外の人間には厳しいのだろう。
アインスは積極的にジェイスに関わろうとはしないが、わたしが抱っこしていると、ジェイスの顔を覗き込んだりするようにはなった。
興味がない訳ではないのだと思う。
わたしはレティアを肖像画でしか知らないが、似ているとしてもレティアとジェイスは別の人間だ。そのあたりをアインスも割り切ってくれたらいいなと願う。
わたしたち3人が一緒にいる姿を見て、乳母はちょっと涙ぐんでいた。
どうしたの?--なんて聞くまでもないだろう。親子っぽいわたしたちの姿に乳母は感激している。
彼女はジェイスのカッシーニ家での立場をかなり心配していた。アインスの態度はどこか冷たかったので、無理もない。思っていた以上に、暖かく迎えられて嬉しいようだ。
特に、継母のわたしがすんなりジェイスを受け入れたことが予想外だったらしい。
だがわたし的には、ジェイスを冷遇する理由は何もなかった。
これが浮気相手との間に産まれた子供とかだったら、状況は少し違うかもしれない。産まれてきた子に罪はないとわかっていても、そう簡単に割り切れないのが情というものだ。
だがジェイスは前妻の息子だ。継母とはいえわたしが辛く当たる正当な理由は何もない。そもそもアインスの子でさえないのだが、乳母はその事は知らないようだ。
ジェイスを可愛がるわたしの姿に、彼女はとても感動している。その話をしている時、「さすが……」と言いかけて言葉を濁した。その次に続けようとしていて飲み込んだ言葉がなんなのかは、聞くまでもなく知っている。
さすが聖女様だと言いたかったのだろう。
明らかにこの国の人とは違う容姿のせいで、わたしが召喚者であり聖女もどきだったことはみんな一目で気付いた。
乳母は最初から召喚者がアインスと結婚したことは知っていたらしい。そしてわたしの姿を見て納得したようだ。
髪の色も肌の色も違うから、わたしはかなり目立つ。平均より背が低く、小柄に見えるのもわかりやすい特徴のようだ。
そういうわたしの特徴は聖女とされていた時に広く市井に知れわたったらしい。聖女への信仰は実は貴族より平民の方が高いそうだ。
街に出た時、じろじろ見られたのもわたしが召喚者だと簡単に見抜かれたかららしい。みんな、聖女もどきに興味があったようだ。
現実を知れば知るほど、わたしの独り立ち計画の実現は難しくなっていく。
(人生ってままならない)
わたしは心の中でぼやいた。
でもだからこそ、アインスはちゃんとした相手と再婚するべきだと思っています。




