進言。<アインスside>
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話があって、アンナは待っていました。
アインスが仕事を終えて家に帰ると、アンナが出迎えた。
「旦那様。少々、お話しがあります」
こそっと囁かれる。その顔は深刻そうに見えた。
(何があったんだ?)
アインスは内心、ドキドキする。だがそれを顔には出さなかった。涼しい顔で、書斎を指定する。
アインスは先に書斎に行き、アンナが来るのを待った。
トントントン。
机の所にある椅子に座っていると、ノックが響く。
「入れ」
アインスは入室を許可した。
アンナは部屋に入り、ドアを閉める。アインスの前に進み出た。机を挟んで、アンナとアインスは向かい合う。
「何があった?」
静かな声で問いかけた。
「実は、キャピタル家の侍女たちなのですが、あちらにお帰りになりました」
アンナは事実を告げる。
「え?」
さすがにアインスは驚いた。予想外の事態に困惑する。
侍女たちはもともと、レティアが結婚するときに一緒についてきた侍女たちだ。アインスとレティアの間にそういう関係がないことは知っている。恐らく、ジェイスの父親についても彼女たちは真実を知っているだろう。
そのせいか、彼女たちはアインスに対していつも強気だ。
弱味を握られているとは思っていないが、レティアに対する後ろめたさがあるので、アインスはあまり強く出られない。
アヤからは早急に帰ってもらって欲しいと言われたが、実際には難しいと思っていた。
レティアとの諸々で、彼女たちはアインスを信頼していない。自分たちの大切なお嬢様を傷つけた悪い男と恨んでいた。
その憎しみをアインスは甘んじて受け入れるつもりでいる。自分がレティアを傷つけたのは事実だ。もっと強くはっきりと、結婚を断わるべきだった。
結婚すれば、いつかレティアを妻として愛せる日が来るかもしれないと考えていた自分の甘さをアインスは後悔している。妹としての愛情しか持てなかった相手は、どこまでいっても妹だ。
自分で思うほど、アインスは感情の切り替えが上手くなかったらしい。
そんなアインスを信頼していない彼女たちが、そう簡単にジェイスを預けるとは思えなかった。
「アヤ様が、女主人は自分だから使用人のことについては自分に権限があると言われまして、きっぱりと宣言されたのです」
アンナは他の侍女たちから自分が聞いたことをアインスに話した。アヤの武勇伝を聞いて、アインスは感心する。
「アヤがそんなことを?」
少し意外に思った。そういう主張をするタイプには見えない。
「侍女たちのもめ事をおさめるために、自ら悪役を買って出てくださったのだと思います」
アンナは微笑んだ。
「そうか」
アインスはただ頷く。
さすが聖女だと内心は思った。キルヒアイズがアヤを聖女だと疑わない理由はこんなところにもあるのかもしれない。
本人に言うと否定しそうだが、アヤは優しい。
たぶん無意識に人を思いやれるのだろう。
「何にせよ、大きな騒ぎが起る前に帰ってもらえて良かった」
アインスはほっとした。
「ええ」
アンナも頷く。
「それでですね、旦那様。レティア様の件があって、未だにそういう気になれないことも。この結婚が王命で強制的に押しつけられたものであることも。今現在、アヤさまをそういう目で見れず関係がまだないことも。全部承知の上で進言します。アヤ様と本当の夫婦になってください」
真っ直ぐ、主を見つめた。
「それは、そういう関係を持てということか?」
アインスは確認する。
アンナは頷いた。
「差し出がましいのは十分承知していますが、そうです。アヤ様はカッシーニ家に必要な方です。ですが今のまま、形だけの夫婦関係を続けていたら、アヤ様は遠からず当家を離れていくと思われます。偽りを続けるのを、善しとしない方だと思うのですが、違いますか?」
アンナはアヤと接して、まだ日が浅い。アヤのことを全て理解しているとは思っていなかった。だが、ある程度は理解しているつもりでいる。アヤは案外、真っ直ぐな人だ。偽りの夫婦生活に耐えられるタイプではない。きっと、嘘をついているのが辛くなって、カッシーニ家を去って行くだろう。それをアンナは心配した。
「アンナの言い分はよくわかったが、それは難しい」
アインスは首を横に振る。
「レティア様の件でまだ自分を許せないのですか?」
アンナは問うた。本来なら主に対してなんとも失礼な質問だ。だが、アンナはアインスが生まれる前からこの屋敷で働いている。アインスにとっては、姉のような立ち位置の人だ。だからこそ、突っ込んだ話も許される。
「それがないとは言わない。だが。そもそもそういう問題以前の話なのだ」
アインスは困った顔をした。
「アヤは殿下の想い人だ」
簡潔に告げる。
「えっ……。しかし……」
アンナは困惑した。
聖女が王子と結婚することは国民なら誰でも知っている既定路線だ。だからこそ、聖女として召喚されたアヤは事実上、キルヒアイズの婚約者として扱われた。アヤ本人に、その自覚はなくても。
だが聖女ではないという烙印が押された時点で、その婚約は解消されている。だから、王命でアインスがアヤと結婚したのだ。
「言いたいことはわかる」
アインスは頷く。
「だが、殿下はアヤが聖女であることを信じている。正直に言うと、私もアヤと接する内にアヤは聖女なのではないかと思うようになった。もし、アヤが聖女の力を発現させたら、殿下はなんとしてでもアヤと結婚するだろう。そのために、一時的な結婚相手として私を選んだのだ。私なら、アヤと本当の夫婦になることはないし、アヤと離婚させるのも容易い」
説明している内に、アンナの顔はどんどん赤くなった。
「なんて勝手な!!」
怒り出す。
「その話、アヤ様は承知なのですか?」
アンナは尋ねた。
「いや、おそらく聞いていないだろう」
アインスは首を振る。
「そうでしょうね。きっと、そんな話は承諾しないでしょう」
アンナは怒った。
「旦那様に対しても酷いですが、アヤ様に対しても酷い話です。女性はモノではありません。犬やネコの子をやりとりするのとは違うんですよ」
飼い主の都合で上げたり戻されたりしたら、それが犬やネコの話だって、酷いと思う。まして、アヤは成人した女性だ。勝手に彼女の人生を決める権利は誰にもない。
「王子様は傲慢です」
アンナは断罪した。
「それは本人も自覚していたよ。それでも、アヤを諦められないらしい」
アインスは思わず、従兄弟を庇った。アンナの怒りが予想以上で、フォローしてしまう。
「それならいっそ、愛妾にでもして側においておけば良かったでしょう。誰にも触れさせたくないなら」
アンナは吠えた。
「聖女ではないと烙印を押されても、召喚者であることは確かだ。爵位を与えた相手をさすがに愛妾には出来ないだろう? それに、それこそアヤは納得しないだろう」
アインスは苦く笑う。
「それはまあ、そうですね」
アンナは納得した。怒りで詰めていた息を吐く。少し気を落ち着けた。
「旦那様」
アインスに呼びかける。
「その、聖女だった場合に離婚する旨は王命に入っているのですか?」
アンナは確認した。
「まさか」
アインスは否定する。
「そこまで、恥知らずではないさ」
苦笑した。
「では、王命にはアヤ様が聖女だった場合は王宮に戻るとは書いていないのですね?」
アンナは真っ直ぐ、アインスを見る。
「……何を考えている?」
アインスは嫌な予感を覚えた。
「既成事実を作って、帰さなきゃいいじゃないですか」
アンナはにっこりと笑う。
「さっさと抱いて、いっそのこと子供を作って下さい。アヤ様が聖女の力を発現しても、帰さなくて済むように」
冗談ではない顔で囁いた。
「それこそ、勝手な話だな」
アインスは苦笑する。
「でも絶対、アヤ様は手放してはいけない相手だと思いますよ」
アンナは改めて、進言した。
アンナはかなりアヤを気に入ったようです。




