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 女主人

ブクマ、評価、ありがとうございます。

自覚は特にはありません。




 話し合いが終わった頃、アンナがやってきた。呼びに行ったらしいメイドが一緒にいる。わたしがここに居ることに気付き、驚いた。


「アヤ様。何故、ここに?」


 不思議そうな顔をする。


「声が聞こえたので」


 わたしは正直に答えた。疾しいことは何もない。同じ棟の同じ階だ。揉めている声が聞こえるのは当然だろう。


「それは、お騒がせしました」


 アンナは申し訳ない顔をする。謝罪した。

 使用人のいざこざで主人の手を煩わせたことに対してだろう。

 アンナがもめ事を止めないことを不思議に思っていたが、どうやら、騒ぎが聞こえない場所にいたようだ。カッシーニ家のメイドの1人が呼びに行き、到着したのが今なのだろう。


「話は終わったわ。彼女たちには1~2週間以内にキャピタル家に戻っていただきます。必要な引き継ぎはそれまでに終わらせておいてください」


 わたしはにこやかに命じた。アンナにも有無は言わせない。

 女主人としての態度を取り続けた。


「はい」


 アンナは頷く。了承した。後はアンナに任せておけばいいとわたしは思う。

 この場から逃げ出す事にした。


「わたしは部屋に戻ります」


 そう告げると、自分の部屋に引き返す。

 誰も呼び止めなかったが、視線は痛いほど背中に感じた。それはたぶん、キャピタル家の侍女たちだけではない。カッシーニ家の侍女たちにも見られているのがわかった。


(視線が突き刺さるようだ)


 心の中で苦笑する。

 ゆっくりとした足取りで部屋に戻ると、ドアを締めた。そのドアに寄りかかり、ずるずるとその場に座り込む。


「はあ~」


 深いため息を漏らした。

 どっと疲れが押し寄せて来る。


「ドキドキした」


 自分の胸に手を当てた。

 鼓動はわかりやすく早鐘を打っている。

 強気に振る舞っていたが、内心はずっとドキドキしていた。なんせ、みんな背が高い。それが数人で固まっているのだ。威圧感は半端ない。

 自分より10センチ以上も背が高い侍女たちを相手に、胸を張って偉そうにするのは疲れた。そもそも、わたしは自分は偉いと威張るタイプではない。

 偉そうにするのは苦手な小市民だ。

 それが、自分が女主人であるというカードを切ってしまった。

 さぞ、キャピタル家の侍女たちからは嫌われたことだろう。


(まあ、いいか。たぶん、彼女たちがキャピタル家に戻った後はほとんど会うことがないだろう)


 わたしは聖人君子ではないので、万人に好かれようなんて驕り高ぶった考えはない。ある程度の人に嫌われるのは仕方ないと思っていた。積極的に嫌われたいわけではないけれど、みんなに好かれるなんて無理だとわかっている。


(出て行くつもりの家のために、何を頑張っているんだろ)


 自分でもそう思わない訳ではなかった。

 だが、一宿一飯の恩義だと思えば、そのくらいしても罰は当たらない気がする。

 それに、このままだとわたしはジェイスの顔さえ見せてもらえないだろう。


(顔くらいは見たい)


 子供も動物も可愛いものは大好きだ。自分の子供なら可愛いだけではないだろうが、幸か不幸かわたしには責任のない子供だ。ちょっと可愛がるくらいは許されるだろう。


 そんな風に暢気に考えていたら、事態は私の予想外の方向に動き出した。






 その知らせはお茶の時間にもたらされた。

 今日はアインスが外出していて留守なので、お茶はわたし1人だ。のんびり部屋で飲むことにして、お茶の用意を運んで貰う。

 持ってきたのはアンナだ。

 そういう仕事は基本的にアンナの仕事ではないので、珍しい。そう思っていたら、意外なことを告げられた。


「え?」


 思わず、聞き返す。


「キャピタル家の侍女たちが帰りました」


 アンナはもう一度、繰り返した。


(早っ)


 心の中で突っ込む。


「わたしに怒って?」


 思わず尋ねた。


「いいえ」


 アンナは小さく首を横に振る。


「来てもいいと言われたので、たまに様子を見に来るということですが、アヤ様になら任せてもいいと思ったようです」


 そんなことを言われて、わたしは困惑した。


「そんなに信頼してもらえるような話をした覚え、無いんだけど」


 微妙な顔をする。

 彼女たちの信頼を勝ち取る努力は何もしなかった。わたしの何を信頼する気になったのか、さっぱりわからない。


「毅然とした態度が良かったんじゃないですか?」


 アンナにはそう言われた。


「毅然、ね……」


 わたしは苦笑するしかない。

 相手の侍女達は背も高いし威圧的であったが、どう見てもわたしより年下だった。小娘に舐められるほど、わたしも甘くない。38歳アラフォーを舐めるなという気概は確かにあった。

 だがそんなことは口には出せない。


(人生経験の差ってやつ?)


 心の中で笑った。

 たいしたことはしていない人生だが、長く生きているのは無駄でもなかったらしい。


「それにしてもあっさり帰ったわね」


 わたしが意外に思っていると、今度はアンナが苦く笑った。


「彼女たちもカッシーニ家でのジェイス様の立場を悪くしたい訳ではないんです。ただ、それ以上に心配だったのだと思います」


 その言葉には、どこか同情的な響きがある。

 全てを知っているから、アンナはそう思うのだろう。だが、何も知らない人には侍女たちの行動はただの横暴にしか映らなかった。

 それをある意味、気の毒に思う。


「みんな良かれと思って行動しているだけなのにね。それが自分の思うとおりに進まないから、人生は世知辛いわね」


 わたしはため息を吐いた。


「それでは今、ジェイス付きのメイドはどうなっているの?」


 気になって、尋ねる。


「それを決めるのは女主人かと」


 アンナはにやりと笑った。

 わたしが彼女たちに何を言ったのか、聞いたらしい。


「意地悪ね」


 わたしはアンナを睨んだ。


「ああ言わないと、アインス様を巻き込みそうだったの。アインス様はお願いされたら断わりにくいだろうと思ったから、わたしが悪者になることにしたのよ。……褒めてもらってもいいと思うわ」


 頬を膨らませる。


「悪者ではありませんよ。アヤ様の言い分は、正論でした。だから、彼女たちもキャピタル家に戻ることにしたんだと思います。女主人がしっかりと家の舵を取っているなら、大丈夫だと安心したのだと思います」


 アンナはきっと、わたしを褒めるつもりでそんなことを言ってくれたのだろう。だが、わたし的にその言葉はとても重かった。


(離婚して、出て行くつもりでいるのに)


 なんとも後ろめたい気持ちになる。


「わたしはそんな出来た人間ではないわ。期待されると、困る」


 苦く笑うしかなかった。




まだまだ出て行く気は満々です。

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