もめ事。
女性は3人集まれば揉めるのです。
アインスは出迎えを終え、仕事のために出かけた。貴族の仕事の内容をわたしはあまり理解していないが、アインスは意外と忙しい。
家にいて事務仕事をするのが半分、出かけるのが半分という感じだ。
なんとも素っ気ない出迎えだったなと、部屋に戻ってからわたしは思う。
アインスは子供を抱く素振りを見せなかった。乳母の方も抱いてくださいとは言わない。もっとも、こちらは終始、ぴりぴりしていたキャピタル家の侍女たちが原因だろう。
乳母を取り囲むようにして、誰も近づけないという雰囲気を彼女たちは醸し出していた。とても、抱いてみますかなんて口に出来る感じではない。
アインスが出かけるのを見送った後、アンナに確認したところによると、侍女たちはもともとはレティア専属のメイド達のようだ。結婚後、カッシーニ家に引っ越してくる時もついてきたらしい。レティアが里帰り出産して亡くなるまで、側を離れなかった忠誠心が厚い侍女たちのようだ。
(つまり、レティアの子がアインスの子でないことを彼女たちは知っているってことね)
それならわたしにだけでなく、アインスにも警戒するような態度を取ったことも納得がいく。
ただ、その件ではわたしには一つ、大きな疑問があった。
キャピタル家の当主夫妻は孫を引き取り、キャピタル家の跡取りにすることを望んでいる。その望みを簡単にかなえることができる方法があった。
赤ちゃんがアインスの子供ではないことを話せばいい。
アインスはそれを否定しないだろう。
そうすれば赤ちゃんをキャピタル家は引き取れる。
何故そうしないのか、わたしには不思議でならなかった。
(子供の父親がアインスでないことを証明して、不味い理由は何だろう?)
考える。
一つ目は子供の父親が明らかに出来ない誰かの場合。
アインスが父親でないことになったら、子供の父親が誰なのかという問題が持ち上がるだろう。その時、名前を出すことが憚れる相手なのかもしれない。
二つ目はレティアの尊厳を守るため。
愛するアインスと関係を持てなかったことは、レティアにとって一番知られたくない真実だろう。
その真実を詳らかにすることはレティアの尊厳を著しく傷つける行為だと侍女たちは考えているのかもしれない。
真実を隠したまま、アインスとレティアの子としてキャピタル家に引き取りたいようだ。
たぶんアインスにジェイスが自分の子でないことを明らかにする意思はない。
それをレティアが望まないことを知っているからだ。
妻として愛することは出来なくても、家族として、妹として、レティアを愛していたのは本当なのだろう。
レティアの強い要望で婚約は継続され、2人は結婚したと聞いた。けれどそもそもそれが間違いだったとアインスはよくわかっている。
違う相手と結婚し、婿を取った方がきっとレティアは幸せになれた。
わかっているから、アインスは罪悪感を持っている。
後ろめたい気持ちがあるようだ。
(アインス様が悪いわけではないのにね)
両親やアインスやみんながレティアのことを思いやった結果、最悪の形になった気がする。
「報われない」
みんなが後悔しているのだと思うと、切なくなった。
赤ちゃんが来る日から、わたしの勉強時間は午前中のみになった。余裕を持ったスケジュールに組み直される。一応、子供と触れ合う時間も取られているらしい。つまり、午後からは暇だ。自由時間ということらしい。
対面していない初対面を終えて、わたしは気疲れした。
暇なのをいいことにうたた寝していたら、言い合う人の声で目が覚める。誰かが揉めていた。
わたしは自分の部屋を出る。
廊下の反対端で侍女たちが揉めているのが見えた。カッシーニ家とキャピタル家の侍女たちが言い合っている。
着ているメイド服が違うので、侍女たちを見分けるのは容易い。
仲裁に入るべきか迷った。
(正直、面倒くさい)
心の中でぼやく。女同士のもめ事ほど関わり合いたくないことはない。どっちに転んでも、面倒なことにしかならないだろう。
レティアが生きていた当時から、キャピタル家の侍女とカッシーニ家の侍女は折り合いがよくなかったそうだ。
カッシーニ家の使用人がわたしに対して好意的なのには、レティアのように使用人を引き連れてこなかったのもあるらしい。
レティアの時はいろいろ大変だったようだ。
少し様子を見ていたが、もめ事は収まる気配がない。
仕方なく、わたしは侍女たちに寄っていった。
「何を騒いでいるの?」
問いかける。
「アヤ様」
カッシーニ家の侍女たちがほっとした顔でわたしを見た。対照的に、キャピタル家の侍女たちは気まずい顔をする。
「実は……」
カッシーニ家の侍女が説明を始めた。
キャピタル家の侍女たちがジェイスの身の回りの世話について、一切、手を出させないらしい。
「ジェイス様のお世話はわたくしどもの仕事です」
キャピタル家の侍女の1人が自分たちの正当性を主張する。どうやら、彼女が侍女たちの中で一番偉いようだ。
「わたしはアインス様から、乳母やジェイスがこの屋敷での生活に慣れるまでキャピタル家の侍女たちが滞在すると聞いています」
わたしの言葉に、彼女はぱあっと顔を輝かせる。我が意を得たりという表情を浮かべた。
だが、待って欲しい。わたしは別に彼女の言い分を是とした訳ではない。
「では……」
言葉を発しようとする彼女をわたしは手で制した。
「ただ、わたしの中でその期間はせいぜい、一週間から10日。長くても半月程度と考えています。つまり、こちらに長居していただくつもりはありません」
わたしはぴしゃりと言い切る。
その言葉に、彼女の顔色は変わった。
「それはアインス様も同意見ですか?」
問われる。
(そう来たか)
わたしは内心、呟く。彼女にはきっと、アインスに自分の願いを聞き入れてもらう手段があるのだろう。だが、わたしはそんなことさせるつもりはない。
「さあ、どうでしょう? でもこの場合、アインス様は関係ないのではありませんか?」
わたしは尋ねた。
「どういうことですか?」
彼女は困惑する。
「使用人のことは女主人の裁量で決まると聞いています。今、この屋敷の女主人はわたくしです。使用人に対する権限を有しているのはわたしになります。そのわたしが決めました。最長で2週間。早ければ1週間でキャピタル家の侍女たちにはキャピタル家にお帰り頂きます。この決定は、アインス様に何を言われてもわたしに覆すつもりはありません」
言い切る。こんなことを言えば、恨まれるだろう。だが、離婚して出て行くつもりのわたしが恨まれるのがカッシーニ家にとって一番、傷が浅い。
「ジェイス様に何をするつもりですか?」
泣きそうな顔でそんなことを言われた。
「失礼なっ」
わたしではなく、カッシーニ家の侍女たちが怒る。
「わたしが何か害するつもりだと思っているのですか? 赤ちゃんにそんなことしませんよ」
わたしは首を横に振った。
「自分が産んだ子であろうとなかろうと、赤ん坊というものは可愛いものです。苛めたりなんてしないので安心してください。ジェイスの世話に関して、引き継ぐ必要のあることはカッシーニ家の侍女たちに期間内に引き継いでください。それぞれの家の侍女たちの間にはいろいろ蟠りがあるようですが、そんなの、産まれてきた赤ん坊には一切、関係のないことです。ジェイスはカッシーニ家にとっても大切な子供です。カッシーニ家に忠誠を誓う使用人達が害することはありません」
言い切る。
「そうですね?」
カッシーニ家の侍女たちに確認した。
「もちろんです」
侍女たちは頷く。その言葉に嘘はないだろう。
「それでも心配なら、戻ってからも様子を見に来ることは許可しましょう」
わたしは譲歩する。
キャピタル家の侍女たちを見た。
「……」
反論はない。だが、納得した訳でもないだろう。それでも、わたしの提案を受け入れるしかないことは理解しているのだと思う。
沈黙を了承とわたしは受け取った。
恨まれるなら自分がいいだろうと思っています。家を出る気なので。




