推測。
真実は把握しておきたいのです。
アンナはメイド長なので、普通にメイドを呼んでも来ない。
そこで、明日のことで相談があると呼び出すことにした。
(嘘は吐いていないし)
そう思うが、ちょっと騙しているみたいで後ろめたい。
「お呼びですか?」
部屋で待っていると、アンナがやってきた。
「ええ。明日のことをいろいろと聞きたくて」
わたしはにこやかに答える。自然に振る舞おうとするが、それが不自然であることに気付いた。無理に笑うのは止める。
とりあえず、明日のスケジュールをアンナに確認した。
あたりさわりのない話から入る。
アンナはアインスでは無く自分に確認することを不審に思ったようだ。だが、答えてくれる。
答えにくい質問ではなかった。
赤ちゃんがやって来るのは昼過ぎらしい。
「ずいぶん、ゆっくりなのね」
他意は無く、思ったことをそのまま口にしてしまった。
敷地は広いとはいえ、隣の家だ。移動に時間なんて掛るはずがない。わたしの感覚では午前中の内に移動を終わらせるのが普通だ。朝食を食べたら出発するというのを想像する。
「キャピタル家のご夫婦は可愛い孫を少しでも側において置きたいのでしょう」
アンナは答えた。
「それもそうね」
わたしも同意する。隣とはいえ、他家に行ったら実の孫でもそうそう会えなくなるのだろう。名残惜しい気持ちは理解できた。
娘が命をかけて産んだ孫だ。自分の手元で育てたいと思うのが親心だろう。
わたしもアンナもなんとなく沈んだ気持ちになった。
同情してしまう。
「そういえば、赤ちゃんの部屋の用意は終わったの?」
話題を変えるように、わたしは尋ねた。
実はこちらが本題だ。
赤ちゃんの部屋がアインスの部屋とあまりに離れているのがどうしても気になる。
部屋の準備にわたしが全く関われないのも、もやもやした。こういうのは継母の仕事ではないかと思う。
しかし声をかけられないので、出しゃばれない。
「はい。無事に」
アンナは頷いた。その表情には安堵がある。
「そう。良かった」
わたしも微笑んだ。今度は自然に笑える。
「ところで一つ気になっているんだけど。どうして、赤ちゃんの部屋は西棟なの? わたしはてっきり、アインス様の部屋がある東棟に作るのだと思っていたのだけれど」
わたしの質問に、アンナの目は泳いだ。前で組んでいた手がぴくりと動いたのがわかる。
(何かある)
わたしは察した。
「それは……。赤ん坊の泣き声が煩いと、旦那様が安眠できないかと思いまして。それに、前妻のレティア様のお部屋を新しくジェイス様の部屋にするよう旦那様に申しつかりました」
アンナは答える。
(えっ?)
わたしは心の中で声を上げた。思いもしないことを聞く。まさかという気持ちともしかしてという想像が交互に頭を過ぎった。
「アヤ様にはご迷惑を掛けることになるかもしれませんが、どうぞ、ご容赦ください」
アンナは頭を下げる。
だが、わたしはそれどころではなかった。
「それは構わないわ。赤ちゃんなのだから、泣くのが仕事でしょう?」
実際の所はちょっと微妙だが、あたりさわりのないコメントを返す。もう6ヶ月は過ぎているはずなので、そろそろ夜泣きとかが始まっている頃かもしれない。
夜中に泣かれるのは辛いと思ったが、それで文句を言うつもりはなかった。育児の大変さは育児ノイローゼになりかけた従姉妹のフォローで手伝っていたことがあるので、少しはわかっている。
そんなわたしの様子に、アンナはほっとしたらしい。
だが、わたしは話をここで終わらせるつもりはない。
「ところで、さっきの話だけど。レティア様のお部屋も西棟にあったの?」
さらっと尋ねた。
カッシーニ家の屋敷は広い。
特に二階と三階は中央の階段でしか西棟と東棟は繋がっておらず、行き来するのは不便だ。
そのため、自分の部屋が西棟でアインスの部屋が東棟だと知った時、わたしは互いの部屋を行き来しにくいようにわざとそういう配置にしたのだと思った。たぶん、その推測は外れていないだろう。
だがレティアの部屋も西棟だったとなると少し話が違ってくる。てっきり、レティアの部屋は東棟のアインスの部屋の近く、もしくは一緒の部屋なのかと思っていた。
「……」
アンナはわたしの質問の意図に気付いているのだろう。気まずい顔で黙った。
(この反応は……)
クロだなとわたしは直感する。
予想もしなかったことに、動揺した。
そんな自分の気持ちを落ち着かせるように、一つ、深呼吸する。
「ねえ、アンナ。一つだけ教えて欲しいの。赤ちゃんのことに関して、わたしが気をつけなければいけないことはない?」
問いかけた。
「……どういう意味でしょう?」
アンナは警戒する。
「わたしね、アインス様とは仲良くやっていきたいと思っているの。だから、地雷を踏んで怒らせたり、互いに気まずい思いはしたくない。そのために、わたしが口にするべきではない言葉があるとしたら教えておいて欲しいの」
わたしは頼んだ。それは嘘ではないので言葉はすらすら出て来る。
「それは……」
アンナは困った。
わたしは急かさない。黙って、アンナの言葉を待った。
何もないなら、『ありません』とアンナは即答するだろう。黙っていることが、何かある証拠だ。
アンナは今、様々なことを考えているのだろう。
忠誠心の厚いメイド長は旦那様の秘密を安易に口にすることはない。
だがたぶん、わたしとアインスの関係が上手くいくことをアンナは願っている。それが今すぐの話ではないとしても。
当たり障りのない言い方で、NGワードを教えてくれるだろうと思った。
「あの……、ジェイス様のお顔立ちなのですが……」
アンナは言葉を選びながら、口を開く。
「亡くなられたレティア様にそっくりで、旦那様には少しも似ていらっしゃいません。ですから、旦那様に似ているとか、そういうことは口にしない方がいいのではないかと思います」
そう言った。
「そう」
わたしはできるだけ軽い口調で、小さく頷く。内心、とてもドキドキしていた。だがそれをアンナに気付かれないように、精一杯平然とした顔を作る。
「わかったわ。ありがとう」
礼を言った。
「わたしの話は以上よ。もう下がって貰って構わないわ」
穏やかにアンナを下がらせる。
わたしは自分の部屋で1人になった。
「はあ……」
大きなため息が口からこぼれる。
(ちゃんとポーカーフェイスは出来ていただろうか)
わたしは戸惑っていた。
赤ちゃんがアインスに似ていないという言葉を聞いて、わたしの疑いは確信に変わる。
恐らく、明日屋敷に来るレティアの子供はアインスの子供ではないだろう。
これはただの推測だが、2人の間に肉体関係はない気がする。
(レティアを妹のように可愛く思っていたというのは、誰から聞いた言葉だったかしら?)
わたしは考え込んだ。
その言葉は真実のように思える。
アインスにとって、レティアは妹のような存在だったのだろう。だから関係は持てなかった。
アインスはああ見えて、生真面目だ。性格は実直で、華やかな容姿とはどこかそぐわない。
アインスが本当にレティアのことを妹だと思っていたなら、抱くことはないだろう。
(でもそうなると、ジェイスは誰の子なのだろう?)
別の疑問が浮かんだ。
この屋敷の関係者ではないと思う。もしそうなら、隠していてもどこかからばれる。だがこの屋敷の中で、ジェイスの秘密に気付いている人はたぶんほとんどいないだろう。せいぜい、メイド長と執事長くらいに違いない。おしゃべりなメイド達は普通だ。知っていたら、ああいう態度は取れない。
アインスとレティアが仮面夫婦だったことは使用人達でさえ気付いていないことだと思った。
もちろん、わたしもその事に触れるつもりはない。
人の傷口に塩を塗り込む趣味はなかった。
知った真実をどうこうするつもりはありません。




