期待。
じろじろ見られるのには理由があります。
仕立屋から車に乗るまでの僅かな時間でも、視線を感じた。
そちらを見ると、慌てて目を逸らされる。通りすがりの町の人だ。
わたしの容姿は自分が思っているよりずっと、目立つらしい。
採寸の時などもお針子達からちらちらと見られた。
(人種の壁を異世界に来て思い知るとは思わなかった)
心の中で愚痴る。
そんな感情は顔に出さず、車に乗った。
窓から街の様子を眺める。
車に乗るのは結婚式当日も含めて、二回目だ。前回は外を眺める心の余裕がなかったので、町並みは初めて見る。
大通りにはパン屋があったりカフェっぽい店もあった。中世のレンガ造りの建物が多く残るヨーロッパの観光地に来たような気分になる。
(のんびり歩いて、街を散策したい)
ウィンドーショッピングを楽しんだり、カフェでお茶を飲んだりしたかった。
日本語が通じない場所が嫌いなわたしは海外旅行にはほとんど行かなかった。行くなら、国内の方がいいと思う。実際、国内ならいろんなところに足を運んだ。
だが、ヨーロッパに興味がまるでなかった訳ではない。ルネッサンス期の絵が好きで、フィレンツェとかなら足を運びたいと思っていた。言葉の壁があって、二の足を踏んでいたけれど。
今、わたしの目の前にはそんな中世ヨーロッパな世界が広がっている。観光したいと思うのは当たり前といえば当たり前だろう。
ヨーロッパとは違い、ここでは言葉も通じる。
召喚者特典なのかなんなのかわからないが、わたしはこの国の言葉を理解できる。話すのはもちろん、読み書きも平気だ。不思議だと思うが、考えるだけ無駄なので気にしないことにしている。
異世界に召喚されている時点で、いろんな理を無視している。今さら、言葉が通じることくらい些細なことだ。
この世界に来てから、のんびりと過ごす時間をわたしはずっと持てていない。聖女教育は思いの外、ハードだ。早く聖女を一人前にしたいという焦りが見える。
追い詰められているのはわたしよりむしろ講師を務める彼らの方で、見ているこっちが気の毒になった。
聖女の力が発現しないのは彼らのせいではなのに、責任を感じているように見える。
(自分を攫った誘拐犯を救えと言われて、救えるはずもないのに)
自分が何故聖女の力を発現できないのか、薄々、わたしは理解していた。
助けたいという思いがないからだ。
この世界に連れ攫われたことをわたしはやはり心のどこかで恨んでいる。
それはもう深層心理とかいうやつで、自分の意思ではどうにもならない感情だ。理性では許したつもりでも、許せないでいる。
その上、この国にはわたしの存在を快く思っていない人たちが居るらしい。
彼らは人種の違いを口にしているそうだ。わたしが聖女である訳がないと主張しているらしい。
キルヒアイズは隠していたが、そういう一派の動きはわたしも感じていた。
聖女ではないという烙印を押されたのにも、そのあたりが関係しているらしい。
聖女になんてなりたくないから、聖女ではないとされるのは全く問題は無い。しかし、そのことで新たに誰かが召喚されるというのはやりきれなかった。
自分のせいで誰かが哀しい思いをすることになるのだと思うと、もやもやする。
自分が聖女の力を発揮できないことに後ろめたい気持ちになった。
(わたしが悪いんじゃないのに)
車窓の景色を眺めながら、知らず知らずに眉をしかめてしまう。
反射する窓に自分の渋い顔が映った。
「……」
わたしは苦く笑う。ため息をついて、座席に座り直した。
背もたれに寄りかかると、こちらを見ていたアインスと目が合う。
「何ですか?」
何か言いたそうに見えて、尋ねた。
「いや。何をそんなに思い悩んでいるのかと」
アインスは少し気まずそうな顔をする。心配してくれたようだ。
とげとげしい反応を返したことを心苦しく思う。
(くそ~っ。イケメンめっ)
心の中で毒づいた。表情一つでこちらの心を抉ってくるのはずるい。
「街を散策したかったのに、出来なかったことを残念に思っていました」
嘘ではないけれど、本当のことも言わなかった。聖女云々の話題はなんとなく口にしづらい。お互いに複雑な気持ちがあると思った。
アインスもたぶん、その話題には触れたくないだろう。
わたしが聖女の力を発揮できていれば、アインスの妻は死ななかったかもしれないのだから。
「散策は難しいですね」
アインスは答えた。律儀に返事をしてくれる。
たぶん、それがわたしの本音ではないと知りながら。
「それはわたしが目立つからですか?」
わたしは尋ねた。
「……ええ」
アインスは頷く。
「さっきも、車に乗る僅かな時間の間に、あちこちから視線を感じました。そんなに、東洋の人間は珍しいですか?」
わたしは苦笑した。
「違いますよ」
アインスはそれを否定する。
「何がどう違うのですか?」
意味がわからなくて、わたしは聞き返した。
「彼らが貴女を見ていたのは、貴女が召喚者であり、聖女であったことを知っているからです」
説明されて、驚く。
「えっ……」
とても戸惑った。
「でもわたし、国民に顔見せとか一切していませんよ?」
彼らがわたしのことを知っているはずがない。
聖女が召喚されたことは直ぐに国民に知らされたと聞いた。だが、お披露目的なことは何もしていない。そういうのは聖女の力を発現してから大々的に行うのだと言われていた。
「召喚されたのがこの国の人間とは違う種類の人間であることは民も知っています」
アインスは説明する。
「つまり、見た目が違うわたしは一目で召喚者であるとわかるのですね」
わたしの言葉に黙って、アインスは頷いた。
「では、役に立たない召喚者だと、呆れられたのね」
自虐的にそう言うと、『まさか』とアインスは首を横に振る。
「民は貴女が聖女だと、信じているのですよ」
思いもしないことを言われた。
「召喚者だと言うだけで?」
わたしは皮肉気味に口の端を上げる。
それはあまりに短絡的ではないかと思った。ハズレだってあるかもしれない。何かを盲目的に信じるのは危険な事だ。
「聖女とは、それだけ信じるに足る存在なのです」
アインスは静かに答える。
わたしは何も言い返せなかった。
(ではあれは、期待の眼差しだったのか)
それはそれで重い。
聖女ではないという烙印を押されても、自分が解放された訳ではないことをわたしは知った。
聖女様はいるだけでいいのです。
どのみち、民には手の届かない存在なので。




