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 街へ

ドレスには既製品を直す感じの半オーダーメイド的な服もあります。




 アインスは離婚を望んではいないかもしれない。


 そんな、少し考えれば気づくはずの可能性に、その時までわたしはまったく思い至らなかった。

 アインスは離婚に賛成してくれると思い込む。

 もちろん、王命で決まった結婚なので困ることもあるだろう。だが、結婚したくもない相手と離婚できるのだから、アインス的には問題がないと考えていた。

 自分の身勝手さに気付いて、凹む。


(わたしはなんて勝手な女なのだろう)


 自分で自分にうんざりした。

 だが、再婚が子供を引き取るための条件だなんて普通は思わないだろう。自分がそういう意味で必要とされていたなんて、考えもしなかった。


(どうやったら穏便に、納得の上で離婚してもらえるだろう?)


 そんなことをベッドの中で悶々と考える。

 侍女の話を聞いても、離婚して自立しようという意思は変わらなかった。


 悩んで眠れず朝を迎える--なんてことになれば格好いいのだが、わたしはそんな繊細な神経は持ち合わせていない。気付いたら寝ていた。ぐっすり眠って、清々しく朝を迎えてしまう。


(悲劇のヒロインとか、苦難を乗り越えて頑張る健気なヒロインとか、そういうの柄じゃないのよね)


 自分で自分に少しがっかりした。


 そこに侍女が着替えの手伝いのためにやって来る。

 ここに来た当初は、いちいち着替えを手伝われるのも苦痛だった。自分で着られるし、その方が早い。だがそれは侍女を困らせるだけだと知った。郷に入っては郷に従えとはこういうことかと納得して、任せる。

 この国の女性は平均身長が170くらいだ。わたしより10センチ以上大きい。それは侍女たちも例外ではなく、着替えのために取り囲まれると妙な威圧感があった。


(なんとなく息苦しい)


 自分がちびっこであることを自覚する。

 子供だと思われる一因はこの背の低さも関係しているだろう。

 線の細いタイプではないのに、この国の女性からみたらわたしでは小柄で華奢だ。

 ドレスもオーダーメイドでないとサイズがない。子供用のドレスならサイズ的には合うが、リボンとフリルがこれでもかとついたドレスを着る度胸はアラフォーにはなかった。だからドレスは全て、王子が作ってくれたオーダーメイドになる。

 たぶんそれは問題があることだとわたしにもわかっていた。だが、他に持っていないのだから仕方ない。黙っていればばれないだろうと、軽く考えていた。


 朝食の席には先にアインスがついていた。

 着替えを終えたわたしも席を座る。午後から街に行こうとアインスに言われた。早速、アインスは時間を作ってくれたらしい。

 わたしの希望なので、断わる理由は何もなかった。

 時間を作ってくれた礼を言う。

 初めての外出に、わたしは少しわくわくしていた。






 馬車ではなく車で移動するが、周りの町並みはほぼ中世のヨーロッパだ。レンガ造りの家が並び、舗装道路ではなく石畳の道が続く。車はがたごと揺れた。

 わたしはアインスと並んで、後部座席に座っている。窓から外を眺めていた。

 基本的なベースは中世っぽいのだが、街の中は所々が近代化されている。便利だが、違和感は拭えなかった。自分が映画が何かの大がかりなセットの中に入り込んだような感覚がある。


(やはり慣れない、このちぐはぐ感)


 そんなことを考えていると、車は仕立屋の前で止まった。ショーウィンドーにドレスがディスプレイされている。


(この大きくて透明なガラスも中世っぽくないんだよね)


 苦笑が漏れた。

 馬車ではないけれどエスコートはしてもらえるらしく、わたしが車を下りるより先にアインスが下りて回り込んでいた。手を差し出される。

 そこに自分の手を乗せた。


(馬車は段差があるから手を貸すのは必要だと思うけど、車を下りる時って手を貸す必要があるのかしら?)


 不思議に思ったが、口には出さない。

 自動ドアはないようで、ドアは店の人が中から開けてくれた。


「ようこそいらっしやいました、公爵様」


 常連らしく、店主は恭しくアインスに挨拶をする。


「今日は妻のドレスを作りに来た」


 アインスは用件を伝えた。


「奥様のドレスですね」


 店主がわたしを見る。その眼差しは好意的なのかどうかは微妙な感じだ。東洋系のわたしを物珍しく思っていることを隠そうとしているが、あまり隠れていない。それは店主以上に従業員達の方が露骨だ。

 無遠慮な視線を感じる。


(こんなに見られるのか)


 心の中でぼやいた。これが区別なのか差別なのかわからない。日本で生れ育ったわたしは差別を感じたことはなかった。だが、当たり前にそれは存在することを体感する。

 王宮でもカッシーニ家でも差別的なことは感じなかったが、それは使用人の教育が徹底されていただけなのだろう。


(この世界では、わたしは明らかに異物だ)


 そのことに、少しばかり打ちのめされそうになる。

 だが、こんなことで凹んでいる余裕なんて私にはなかった。


(1人で生きていくなら、じろじろ見られることくらい慣れておかなきゃ)


 わたしがそんな決意を新たにしている横で、アインスは店主に注文を入れていた。

 必要なドレスの種類と枚数を伝える。


(ん?)


 黙って聞いていたわたしは驚いた。


「待ってください。アインス様」


 アインスの袖口を掴んで、引く。身長差が20センチ以上あるので、大人に子供が縋るような感じになった。店主から少し離れる。


「数が多すぎます」


 そんなに必要無いと、首を横に振った。

 なんだかんだで10数着、アインスは作る気でいた。それを慌てて止める。

 ドレスが安いものでもないこと知っているから、そんなに作って貰うわけにはいかなかった。気分的に、借金を背負い込むような感覚がある。


(離婚する時、ドレス代とか請求されたら困る)


 アインスを思いやってというよりは、自分が後々困るかもしれないことが嫌だ。


(わたしのサイズなら、後から売ることも出来ないし)


 ドレスが古着として売れるかどうかは知らないが、もったいない。


「多くはないだろう? 必要なことだ」


 だが、アインスは引かなかった。

 確かに、貴族としてはドレスはある程度の数は必要だ。だが、今の手持ちでなんとかなる。新しく作る必要はなかった。


「すでに持っているので、十分です」


 無駄遣いする必要は無いと、断わる。


「それはキルヒアイズが作らせた分だろう?」


 アインスに痛いところを突かれた。

 内心、ギクッと刈る。やはり不味いことらしい。


「でも、ドレスには誰が作ったかなんて書いてありません。誰も気付きませんよ」


 大丈夫だと、わたしは微笑んだ。

 しかし、アインスは厳しい顔をする。


「そういう問題ではない」


 冷たく言い捨てられた。

 調べれば直ぐにわかることなので、ダメらしい。


「そうですか」


 わたしはがっかりした。


「何がそんなに嫌なのだ?」


 アインスはそんなわたしを不思議そうに見る。


「借りをつくる感じが嫌です。借金を抱える気分です」


 わたしは正直に答えた。


「? 別に貸しだとは思っていないが?」


 アインスは困惑する。

 離婚を前提に考えているわたしの気持ちをアインスが理解できる訳がない。


「いいんです。何でもありません。気にしないでください」


 わたしは小さく首を横に振った。






 せっかく街に出たのに、採寸したり、ドレスの生地を選んだり、デザインを選んだりすることで時間は終わった。


(街に行きたいと言ったのは、こういうことじゃない)


 心の中でぼやく。せめて、街の中を歩くくらいはしたかった。車の中から眺めるしか出来なくて、市井のことは何もわからない。

 ただ、自分の見た目が思っていた以上に人目を引くことは理解した。ひっそりと隠れ住む的なことは無理だと思った方がいいだろう。


(自立するには、円満離婚しかない)


 それだけはよくわかった。




別れるなら代金払えとか言われたら困るな、と心配しています。

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