情報収集
本人に聞けないのは話してくれそうに人に聞きます。
自分がいろいろ知らないことをわたしは自覚した。
半年前に生まれた赤ちゃんのことはこの家に着いてからずっと気になっている。屋敷の中に気配が感じられないのが不気味だった。
赤ん坊がいるのに、泣き声一つ聞こえないなんて可笑しい。
だが継母の自分がそれを聞いていいのかとても迷った。あらぬ誤解を招くかもしれない。
何より、わたしは1年以内には出て行くつもりの人間だ。不用意に関わっていいのかもわからない。
だから、母親の実家にいるのだと知って納得した。いないなら、気配を感じられる訳がない。
泣き声も聞こえないほど、赤ん坊が弱っているとかいうわけでは無いことに安堵した。
だがそうなると、別の疑問が湧いてくる。
どうしてそういう状況になっているのか、気になった。
アインスにはなんとなく聞きにくい。聞くなというオーラが出ているように見えた。
デリケートな問題なのは大雑把な性格のわたしにもわかる。
こういうのはおしゃべりなメイドあたりにぺらぺら喋ってもらうのがいいだろう。
メイドと一対一になれるタイミングをわたしは待った。
風呂上がり、水差しを用意して貰うためにメイドを呼ぶ。昨日、勝手に出歩いたことを反省していた。
(おしゃべりな子が来てくれるといいな)
心密かに、願う。
専属のメイドというものがわたしにはいない。選べと言われたが断わった。長くいるつもりはなかったので、迷惑をかけるだろう。だから、誰が来てくれるかは賭だ。
「お呼びですか? アヤ様」
昨日、お風呂の時にいろいろ話し掛けてきた子が来る。
(ラッキー)
心の中でガッツポーズをした。彼女なら、いろいろ話してくれるだろう。かなりおしゃべりが好きそうな子だ。
顔に嬉しさを出さないようにして、水差しに水を用意してくれるように頼む。
彼女は一度下がり、直ぐに水差しを持ってきてくれた。
「他には何かありますか?」
問われる。
「ありがとう。用事はないわ」
わたしは礼を言った。
「でも少し、お話ししてもいいかしら?」
逆に尋ねる。
「なんでしょう?」
さすがに彼女は警戒した。
「実は来週、赤ちゃんが屋敷にくるとアインス様に言われたの。それは前妻のレティア様の産んだ子よね? その子はわたしのせいでお母様の実家の方に戻っていたのかしら?」
わたしは申し訳ない顔で聞く。
普通に事情を尋ねても、教えてはくれないかもしれない。だから、自分のせいだと責任を感じている風を装った。
「違います」
彼女は首を横に振る。責任を感じているわたしを気遣う顔をした。
(ずるい大人でごめんなさい)
心の中で謝る。メイドの彼女はまだ若い。純真な若者を騙すような罪悪感があった。
「ジェイス様はアヤ様のせいでキャピタル家にいるわけではありません。むしろ、逆です。アヤ様が嫁がれていらっしゃったので、ようやくジェイス様はカッシーニ家にいらっしゃることになったのです」
ややこしいことを言われる。一度では意味が理解できなかった。
「それはどういう意味?」
首を傾げる。
メイドは前妻のレティアが里帰り出産したまま亡くなったことを教えてくれた。この家で出産したのだと勝手に思っていたので、驚く。実家で亡くなったとは思っていなかった。もっとも、実家と言っても立地的には隣らしい。敷地が広いので、全く隣という感じはないけれど。
アインスは出産中、この屋敷からキャピタル家に通っていたようだ。
難産で三日三晩苦しんだというので、この家もキャピタル家もバタバタしていたに違いない
そして命と引き替えにレティアは息子を産んだ。
その子をレティアの両親は手放したがらなかったらしい。
(気持ちはわかる)
子供を産んだことなんてないけれど、親の気持ちはそれなりに理解できた。娘が産んだ孫を手放したくないと思うのは親として当然かもしれない。
だが、わたしと再婚したから戻ってくるというのがよくわからなかった。
「どうして、わたしと結婚したことで赤ちゃんが戻ることになるの?」
首を傾げると、女主人の役割というのを説明される。
女主人は家を取り仕切る。
屋敷を居心地のいい場所に出来るかどうかは女主人次第だそうだ。その分、女主人がいない家は荒れることがままあるらしい。そんな家に可愛い孫を置いておけないというのが表向きの理由だったようだ。
だが実際には有能な執事長やメイド長が使用人達を取り纏めているので、カッシーニ家は荒れていない。
(孫を渡したくなくて難癖をつけているという感じだな)
それはきっとみんな気付いているだろう。だが、娘を亡くした両親に誰も強く言えなかったに違いない。
それと同時に、孫を引き渡すタイミングがアインスの再婚というあたりにわたしはとある可能性に気付いた。
(再婚したら、前妻の子なんて不要になると思ったのではないかしら?)
レティアの両親はそう考えたのではないかと思う。
普通の再婚なら、前妻の子なんて後妻には邪魔でしかないだろう。誰だって、我が子は可愛い。前妻の生んだ長男ではなく、自分が産んだ子を跡継ぎにと思うのはある意味、当然だ。
そうなったら、自分たちが孫を引き取り易くなると考えたのかもしれない。
「なるほどね。わたしのせいではないのはよくわかったわ」
安堵した顔を見せると、メイドもほっとしたように表情を和らげる。
その素直な反応に、わたしは後ろめたくなった。
「話してくれて、ありがとう」
嘘ではない礼をわたしは言う。
メイドは小さく頭を下げて、戻っていった。
「はあ……」
それを見送って、私は頭を抱える。
(これって、わたしが離婚したら赤ちゃんはどうなるの?)
別れる気満々のわたしは不安になった。
この結婚はアインスにとっても都合のいいものだとキルヒアイズに言われた言葉を思い出す。
確かに、そういう意味ではわたしはとても都合がいい。
後妻でも、子供を産む心配は無かった。前妻の子が虐げられる可能性は少ないだろう。
(離婚を切り出して、簡単に受け入れてもらえるのだろうか?)
わたしは心配になる。
自分が思うより、離婚は簡単ではないかもしれないと気付いた。
自分と再婚したのは赤ちゃんを引き取るためだと思っています。
簡単には離婚してもらえない可能性が出て来ました。




