12
光る珊瑚に辿り着くと一箇所、珊瑚ではなく巨大な岩のアーチがある場所があり、そこにはハゼのような顔の、おそらくは海人属が立っていた。
「あそこが入り口ってことだろうな」
「きゅい!」
ハゼ顔の人はこちらを見ているので、入り口じゃないとしてもとりあえず行って聞いてみることにする。
「こんにちは」
「おう。見たことねぇ顔だな」
「? 街の人全員を覚えてるのですか?」
「正確にはこのアーチを潜る者だな。こっち側はほとんど人は通らないからな。だが、そう言うってことはやっぱりこの街のもんじゃ無さそうだな」
ありゃ。まあ別に隠すつもりもなかったから構わないが。
「ええ。流氷地帯からきた旅人です」
「旅人だぁ? そんな格好でか? しかも流氷地帯…? なんの冗談だ?」
ちっ。神め。こういえばいいって書いてあったくせに速攻疑われてんぞ。
「えーっと、気がついたら流氷地帯の方ににいたもので…。それまでの記憶がないと言いますか…何故流氷地帯に居たかも覚えてないんです」
これなら流氷地帯から来た旅人ってのも嘘ってわけではないと思ってくれる…と思う。
「なんだそりゃ」
「なんだと言われましても…」
やっぱり記憶喪失は嘘くさいか? なんだそりゃって聞きたくなるわな。
「そこの魔物は?」
やっぱラピスのことも聞かれるか。
「気がついたらそばに居たので…契約しました」
我ながら適当すぎる…。
くわっ!
「契約魔法…だと?」
「え、ええ」
物凄く目を見開いたハゼさん。なんかまずった?
「そりゃ珍しい! まあ男性型の人魚も珍しいが。身分や所属を証明できるものはあるか?」
「いえ…ないです」
「わかった。出身は覚えてっか?」
「いえ…」
入れない…か?
「ふむ。名前は?」
「ヒロミです」
「珍しい音の名前だな。契約魔法なんぞ使える記憶喪失の男の人魚。面白そうだ。しかも俺の目には悪意があるように見えない。てことで俺が保証人になってやろう」
はい…?
「保証人なんぞなくとも金が有れば一応通してやれるが、お前さんは着の身着のままって感じで何も持ってねーようだしな。俺が保証人になってやるっつってんだ」
皮袋の中確認されたりしないのか? というかそんな貧乏くさいか?
「ありがとう…ございます」
なんでそんな簡単に保証人になんてなるんだ? 俺が問題起こしたりしたらこのハゼさんに責任がいくってこと、だよな? それとも日本の保証人とは意味合いが違うのだろうか…?
「今知り合ったばかりでなんで保証人なんて、ってか? 言ったろ。悪意があるように見えないし、面白そうだと」
「いや…悪意なんてそんな簡単に…」
「魔眼だよ魔眼。悪意や邪気のある者は見えるんだ」
魔眼? ハゼさんの瞳をじーっと見てみるが…普通の? 魚眼だ。普通の魚眼っつーのもおかしいな。
「見たってわかりゃしねーよ。んで保証人になってやるから問題起こさず商業ギルドか冒険者ギルド、貿易ギルドに登録して身分証貰ってこい。俺が保証人でいれる期間は今日だけだしな」
一日限りの保証人?
「……わかりました。ありがとうございます」
「感謝なら金稼いで酒でも奢ってくれ」
ニヤッと笑うハゼさん。意外と表情がわかりやすい。
つかこの海中で酒飲めんのか?
「おっと、忘れてた。少し待ってろ」
そういうとアーチを潜って行ってしまった。
なんだ?なんか契約書とか書くのだろうか…。俺海人族の言語なんて書けないんだが?
「おう、待たせたな」
そう言ってハゼさんが持ってきたのは車椅子?
「それは?」
「ん? ああ。これについても覚えてねぇのか。つかこの国のことも覚えてねぇのか?」
「え、ええ」
「かぁーっ! しゃあねぇ。後でそこら辺の話をしてやろう。だがまずはこれだ。これは魔導椅子つって魔力を込めると動く。左右にボタンがあるだろ?」
「……はい」
車椅子…魔導椅子の肘掛けの手が当たる位置にはボタンが二つあった。
「左側にあるこっちのボタンは左に曲がるボタン、んでこっちが後ろだ。右側のはこっちを押すと右に曲がってこっちが前進だ」
「はあ」
海中で使えんのか?
「この国は中央の城を分断する様に南と北に分かれていんだ。王家は人魚多いから中央の城周りは水に満たされている。それで南と北はそれぞれ結界によって水に満たされていない。地上と一緒だな。だからお前さんみたいな足ではなく尾鰭の海人族は中央じゃないところではこの魔導椅子が必要なんだ」
「へぇ…」
中央以外は地面と空気があるってことか。
「本当なんも覚えてねぇんだな。まあそんなわけだ。そのうち自分で買えよ? これは備品だから貸し出すには金が必要だが…まあそれも俺が貸しておいてやる」
何このハゼさん。なんでここまでしてくれんだ? 魔導椅子の貸し出し代が物凄く高い、とかか? それか暴利とか…。
「なあに心配そうな顔してんだ」
「その…いくらなんでしょうか?」
「金の心配か? 大した額じゃねぇよ。本来なら通行料が銀貨一枚、この魔導椅子の貸し出し代が一日銅貨二枚だ。まあ壊したり、日数借りてりゃそれなりの額にはなるがな」
待て待て。通貨って浸透してないんじゃないのか?
「その通貨って…宝石とかじゃ…」
「あん? 宝石は金にはなるが…そんなことも覚えてねぇのか!?」
「あ、いや、宝石が売れるのはわかります。けど通貨、ですか? 流通してるのですか?」
「ああ?」
あちゃあ…。物すっごく怪しまれてる?
「流通してるぞ? 十年くらい昔までは中央でしか浸透してなかったが今じゃそんなことねぇ。なんだ? ガキの頃の記憶はあんのか?」
「いえ、子供の頃の記憶もないです。ただ通貨が身近にあった気がしないと言いますか…」
ヤベェ。なんで言えばいいかわからん。
「よくわからんやつだな? 記憶喪失で残ってる記憶がごちゃ混ぜにでもなってんのか?」
「そう…かもしれません」
「まあ後で色々教えやるからまずはこの魔導椅子を使って…そうだな。お前さん腕は立つか?」
「それなりには」
「なら冒険者ギルドだな。そんな常識知らずじゃあ商業や貿易なんぞ無理だろうしな。冒険者ギルドに行って身分証発行したらまたここにこい」
「わかりました。でも仕事とか、平気なんですか?」
「はっ。ここを通るやつなんて一日に一人いるかどうかだ。気にすんな」
「ありがとうございます」
「おうよ。それと登録には銀貨五枚かかるからな、ほら。利子はつけねーがちゃんと返せよ? あと登録する時俺が保証人になってるって言っておけよ」
「はい…今更ですけど名前を伺っても?」
「おっと。すまねぇ。名乗ってなかったな。俺はハゼってんだ。よろしくな」
ハ、ハゼかよ!? ハゼの海人族じゃなく!?
いや、ハゼって名前の魚がいないのかも…しれないな。
ツッコミたい衝動をなんとか抑える。
「ハ、ハゼさんありがとうございます。それでは行ってきま…ラピスはどうすればいいですか?」
「ラピス? そこの魔物か?」
「きゅい?」
「そいつなら入っても問題ないだろうが…魔導椅子に乗っかるわけにもいかないだろうしな。お前さんが抱えて移動はできるだろうが…とりあえず俺が見ておいてやる。契約魔物についての扱いも後で教えてやる」
「何から何まですみません。ラピス大人しくしててな? 何かあればすぐ逃げるんだぞ?」
「きゅいっ」
「俺はなんもしねぇぞ」
「あ、いえ、そういうわけじゃないです」
「まあ心配なら早めに戻ってこい。魔導椅子は魔力わ込めるほど速度が出るからな」
「わかりました」