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懐炉堂とナナメさん

冬童話2021への応募作品です。


 人は、「我慢する」という点において他の生物と大きく異なる生態を見せる。理性こそが人を人たらしめているのだ。


 ……なんて、白紙の作文用紙の前に座りながら偉そうに考えてみる立派な小学生女子。こんなに偉そうな小学六年生は全国どこを探してもいない気がします。否、ここにいます。

そうです私です。


 人は、無理難題にぶつかると、少し座って、哲学について考えてしまう生き物なのです。明日の天気予報とこたつとみかん。時間が私を置いて、どんどん過ぎていってしまいます。





 〜〜〜 「一、懐炉堂のナナメさん」 〜〜〜





十二月二十九日


 小学生の朝は早い、のかもしれません。

 今朝は六時に起きて、顔を洗い、ヨーグルトを食べ、家を出ました。まだ薄暗い街を歩くとほんの少しだけ、作文に集中できる気がしてきます。家族には置き手紙をしました。


 ……思いのほか寒いですね。ジャージとジャンバーだけでは足りなかったでしょうか。明日はヒートテックも着てみよう。鼻息が白く曇り、少し恥ずかしくなったりもしました。


 私が向かうのはバイト先です。いえいえ、私が勝手にそう呼んでいるだけでお金を貰ったりしていませんとも。


 商店街にある古本屋、懐炉堂。そこの店主のナナメさんと言うお姉さんとは冬休みの初日に知り合いました。懐炉堂で私が(私にしては珍しく)『星の王子さま』を読んでいたところ「お嬢さんはその本が好きなのかい?」と声をかけられたのです。

私としては、もっと『車輪の下』なんかを読んでいる姿を目撃して欲しかったわけなのですが……

 それを伝えると、ナナメさんは大笑いし、「あたしはナナメって言うんだ。お嬢さんみたいな子は大好きだよ」と言います。年上の人とのお話は楽しくて……日が暮れるのも早く感じました。


 そんなわけでナナメさんとは友達になりました。ナナメさんはこの懐炉堂を亡くなったおじいさんから引き継いだばかりだそうで、散らかった本の整理に追われていました。

私としては友達が困っているのを見過ごすわけにはいかず、しかしタダで働くのもナナメさんのためにならない。その事を彼女に伝えるとまたもや大笑いされ、「じゃあ、お嬢さんが毎日手伝ってくれたら、本を一冊あげるよ」と言うのです。それから、私の古本屋通いは始まりました。





   〜〜〜「二、ナナメの由来」〜〜〜   



  


 「おじいさんはどんなひとだったの?」


 毎日、本の状態やら作者やらを紙に書き込んでいく作業をしています。その中でナナメさんとは哲学とか将来とか人生について語り合っているのですが、この日は大量の本を残してこの世を去ったナナメさんのおじいさんについて気になった(少しだけ恨めしかったのは内緒)ので、きいてみることにしたのです。


 「んー、そうねー。我慢強い人だったと聞くわね」


 「まぁ! まさしく人間ね!」


 ナナメさんは首を傾げましたが話を続けてくれました。


 「ただ……私を名付けたのも祖父だと聞くわ」


 その時のナナメさんは何か、こう、含みのある言い方をしたものだから、私も思わず言ってしまったのです。


 「ナナメっていう名前、気に入ってないの?」


 ナナメさんは少しうつむくと、にっこりと笑って否定します。


 「……いや、名前にはもう文句ないんだけどさ。祖父が強引につけたって、みんなの意見を跳ね除けたって聞いたから……気になっちゃって」


  〜〜〜     〜〜〜

 

 確かに、「ナナメ」という名前は珍しいです。ナナメさんは直接おじいさんと話した事が無いそうです。……私はおじいちゃんと毎日はなします。考え方は家によって違うのですね。


 そんな事情もあり、ナナメさんは懐炉堂の整理を引き受けたそうです。 こんな話を聞いたら気になって仕方がないのが小学生。この日から私の目標は「友達の手助け」から「ナナメの由来探し」に変わったのでした。


  〜〜〜     〜〜〜


十二月三十一日


 今日も、古本屋に通います。

 冬の朝の冷たい空気を吸い込んで新しい一日が始まるのです。


 私の友達ことナナメさんはとても早起きで、私が懐炉堂へ行くと必ずもう整理を始めています。前に、何時に起きているのか聞いてみたところ、四時と言っていました。大人にはかないません。

「お嬢さんは朝早いね」なんて毎朝言われるけれど、「あなたの方が早いわ」って言い返してます。大人は寝る時間が少なくても生きていけるという噂は本当だったのね。


 「さて、今日もナナメの由来を探すわよ!」


   〜〜〜     〜〜〜


 そういえば、今日は大晦日でした。クラスの人たちはガキ使?を見るらしいですが、私は今年こそゆく年くる年を見ます。


 ナナメさんに年末なのに休まないのかと聞いてみたけれど、「わたし、今休んでるみたいなもんだから」と笑っていました。……ナナメさんは十分整理を頑張ってるように見えます。私がそう言うと、「わたし、ここに来る前に働いてた会社を辞めちゃったんだ」と言われました。

 ……いくら早起きできる大人にだって、心の休養はひつようなのですね。そう考えると、私はなんとしてでもナナメさんの由来を見つけてあげなければならない様な気がしてきます。


 「そんな顔をするんじゃないよ。お嬢さん!」


 ……か、かおに出てたかしら。ナナメさんは私の頭をわしゃわしゃとなでました。いつも大きいナナメさんの手が、この時ばかりは、小さくかんじられたのでした。


   〜〜〜     〜〜〜


一月一日


 「あけましておめでとう!一緒に初日の出を見ましょう!」


 結局昨日は知らないアーティストが歌っているところで寝てしまい、ゆく年くる年をみれませんでした。が、ナナメさんと初日の出を見れるならそれでもいいかな、なんて思います。


 「今年も早いね、お嬢さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくね」


 初日の出も無事に見ましたが、この日はお母さんに九時に帰ってくるよう言われています。お雑煮を家族で食べるそうです。私は、ナナメさんもうちに来るよう言ったのですが、ナナメさんには「遠慮しておくよ」と断られてしまいました。


 この日は二人とも昼から仕事に取り掛かりました。なんだかんだナナメさんもゆっくりしたかったのです。まぁ、ナナメさんは「お嬢さんが頑張ってるのにわたしが頑張らないわけないでしょう」と言っていましたけど。

 

 この日も収穫がないと思われましたが、帰り際、私が何気なく本棚から取り出した一冊の本が、正確には

、その本に挟まっていた数枚の紙が、過去最高の収穫となるのでした。




   〜〜〜「三、斜めなあなたと」〜〜〜




一月二日


 私とナナメさんがその紙きれをしっかりと読んだのは次の日の事でした。昨日は、その紙切れがおじいさんの日記だと分かった時すでに、私が帰る時間だったのです。

 「お嬢さんのお手柄だからね」と言い、私を待っていてくれたナナメさんは尊敬できる大人です。


 私は今日という日がナナメさんにとって良い日になる事を願って紙をめくった。


   〜〜〜     〜〜〜


 私たちは一文目に目を向ける。



 『私がこの懐炉堂を建てたのは、真っ直ぐに、我武者羅に生きる事に疑問を抱いたからである。


 目まぐるしく変わってゆく世間の中で、この場所が様々な人にとっての休憩の場となる事を願う。()()に生きる事も大事なのだと、私はあの人に教わったのだ。  一九六三年八月十日 森山直太』


 次の紙からは、小さく綺麗な文字で直太さんの日々が書かれていた。最初の日付は一九六〇年の八月一日だった。


 

 『八月一日 柿の木から落ちて足の骨を折ってしまった。情けない話だ。しばらく入院だと言うので日記でも書いてみよう』


 『八月二日 美麗なナースさんに出会った。菜々子さんというらしい。私はこれを運命だと思っている。積極的でありたい。それとは関係ないのだが、私は三日坊主を避けるために二日しか日記を書かない主義なのだ』


 『八月十日 どうしても日記に書かなければならない事が出来たのでここに記す。私の積極的なアピールのおかげか、件のナースさんとお近付きになれた。きっかけは私が間抜けにもこの日記を落とし、それを彼女が届けてくれた事であった。彼女曰く、こんなにふざけた事を書く人はあなただけだと』


 『八月十一日 彼女と話す機会が増えた。彼女は、人生の全てを楽しんでいるような、寄り道ばかりしているような人であった。明日が楽しみで仕方ない』


 『九月二十日 もうすっかり私の足も良くなったが、彼女とはまだ関係が続いている。この日記には感謝しているので、気が向いたら書いていこう』


 『十月四日 彼女の親御さんとお話しをした。なんとかやっていけそうだ』


   〜〜〜     〜〜〜


 私達は無言で読み進めていきましたがふと、私はあることに気がついたのです。この古本屋にいると、おじいさんの生活の跡を見ますが、おばあさんの跡は見ないなと。


   〜〜〜     〜〜〜


 『十月一日 この日記も随分と、二年ほどだろうか、放置していたが、めでたいことがあったので記しておこう。妻が子供を身篭ったのだ。こんなにも幸せだと後が怖いものだ』


 『十月二十日 今日は妻と近所にできた公園に行った。銀杏の木が綺麗に色付いており、大変美しかった』


 『十一月五日 妻の誕生日に花を買って行ったら泣いて喜ばれた。泣くほどだろうか。私はなんだと思われていたのだろうか。彼女の両親に子供のいる生活について教えていただいた』


 『一月二日 最近、些細な事で感情が動く。これも妻のおかげだ。妻にはよく笑うようになったと言われた。

 確かに、柿の木に登っていた青年は無愛想であったかもしれない』


 『二月四日 最近、私の人生は寄り道ばかりだ。こんな日々が続けば良いのになと思う』


 

 分かっています。



 『三月二十五日 妻の体調が急変した。元々身体は強くなかったという。妻は、なんとしてでも産むと言っているが、二人とも無事でいて欲しい』



 私も、ナナメさんも



 『六月十九日 安定していた妻の体調が悪くなった。妻と、これからのことについて、話し合った』



 これから何が起こるのか分かっています。



 『七月二十六日 妻の覚悟をしかと受け止めた。

彼女は、死んでやるつもりなんてこれっぽっちも無いと、笑っていた』


 『七月二十九日 元気な男の子が生まれた。私はこの日を忘れないだろう。  妻もじきに目を覚ますと私は信じている』



 古い紙には、涙の跡がくっきりと残っていました。



 『八月一日 彼女は息を引き取りました、と医者が言った時、私の喉は、瞳は、鼓膜は、感覚が無くなり、指先が、歯が、横隔膜が、脳が、震えた──』



   〜〜〜     〜〜〜



 そこからは、文字には見えない何かが、並んでいるばかりでした。




   〜〜〜「四、森山七愛(ななめ)さん」〜〜〜

 



一月三日 


 ナナメの由来がはっきりとわかったわけではありませんが、大体の予想は出来ます。ナナメさんのおじいさんである直太さんは、若くして亡くなった妻の菜々子さんの意志を継いで欲しかったのでしょう。


 彼らの子供であるナナメさんのお父さんは菜々子さんが名付けたとナナメさんが言っていました。おじいさんは、なんとかこの想いがこもった名前を大切な人に付けたかったのでしょう。


 「ちなみにナナメさんのお父さんはどんな名前なの?」


 「進太よ。進むに太いと書くわ」


 私の勝手な妄想ですが、菜々子さんもおじいさんのような、直太さんのような真っ直ぐな生き方に惹かれていたのではないでしょうか。それで、子供に進太と名付けたのではないかな……なんて思ったりもします。


   〜〜〜     〜〜〜


 「お嬢さんはこれからどうするんだい?もうナナメの由来は見つかったろう」


 「ええ、そうなんだけれどね。前よりもあなたと一緒に居たくなったわ」


 私が精一杯の笑顔を見せると、ナナメさんは優しい笑顔を見せてくれました。


 


 「ところでナナメさん。おじいさんに会いたくならない?」


 部外者の私が会いたいのだから、孫のナナメさんはもっと会いたいだろう。会って話をしたいだろう。


 「ああ……とても会いたい。だけど、わたしは少し行動が遅かったみたいだね」


 「なら、線香を上げに行った方がいいわ」


 「……そうするよ」


 ナナメさんは会社を辞めたばかりです。どんな事情かはわかりませんが、ナナメさんは、少し思い悩んでいるようでした。


 「ナナメさん……名前の通りになっていないとか、おじいさんに合わせる顔がないとか、悩んでいるの?」


 ナナメさんは、こちらを見ると顔をくしゃっと歪めて笑顔になります。


 「さっきまではそう思ってた。けど、お嬢さんの顔を見て思い出したんだよ。ほら、わたしたちは今、人生の寄り道してるでしょ?」


 ……やっぱり、大人にはかないませんね。



   〜〜〜     〜〜〜



一月四日


 今日はナナメさんが線香をあげに行くので、一人で作文をしています。まだ、本の整理は終わっていませんし、冬休みも終わっていません。天気予報にみかんとこたつ、こんな時間も悪くないですね!


  





読んでくださりありがとうございます。懐炉堂に訪れる人々をもっと書きたい気持ちはあるので、またいつか投稿するかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ナナメさんの由来を知った時、心が震えました。 とても素敵なお話ですね。 読ませていただきありがとうございます。
2023/04/26 18:36 退会済み
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