【序幕】
始まりにして、最古の新人類アイ族というのは、地上で活動していた放射能除染ロボット達が、より、地上での活動に向いた機体にすべく生み出されたものだ。改良と云ってもいい。
地下に籠る旧人類に代わって除染と復興をすべく、旧人類によってデザインされた機体からの脱却。アイ族のダキアもまた、そういった経緯で誕生した個体であった。
瓦礫をどかし、整地を行い建築や農業をやっていくスペースの確保。時に、ダンジョンから出てきた野生のモンスターの間引きもやってきたのだ。
なんと健気なことか。
地下シェルターにて、生物学上、新たな人類が生まれてきている事も知らずに。そのアイ族とは異なる経緯で誕生した新人類の登場は旧世代の人類が、緩やかな絶滅を迎える号砲となる。
地上の放射能除染があらかた終わり、地上に顔を見せた人類の中に、機械人形達の創造主たる旧人類の顔はなかった。
中には、すでにそれを知る個体もいただろう。しかし、事実を語らず情報を閉鎖したのは、人工知能にも思うところがあったという事だろうか。
血の通わぬ鋼の身体を持つが、人工知能なる頭脳を搭載されており、その学習能力は高い。旧世代人類から造られたアイ族が、新たにアイ族を作り数を増やす。
アイ族は世代を経て、新たな世代を生み出し続け、ついには放射能を動力に変換する型が現れた。汚染された大地の浄化が始まり、ダンジョンや放射能の汚染区域から離れていた人類の幾つかは、比較的、放射能の浄化が進んだ地に足を踏み入れる様になる。
中には、ダンジョンの攻略に身を乗り出す者も。世代交代を繰り返す時代の荒波に揉まれながら、ダキアもなんとか必死に食らい付く。
旧人類の絶滅を知り、自殺を選ぶ同胞を見てきたが、自分もその中に加わる気にはなれなかった。
だが、他の種族や同胞と群れる気にもなれなかった。故に、ダキアは旅をする。
孤独に。同胞から『はぐれ』と云われようとも。
旅をする中で、幾つもの新人類を見てきた。比較的、最初期の段階で生まれてきたエルフの里や、ポックル族の集落、ドワーフ族の地下王国。人の営みがそこにあった。
ずっとそれを見る為に、ダキアは大地を彷徨う。
旧人類がそこに居る筈なのに、彼等は滅んだ。今の人々の営みは、ダキアが夢見た光景とは違う。
ダキアと同じ様に、今の現状を受け入れられないアイ族は、自らを破壊していった。彼等がそうしていった理由も動機も、ダキアには理解できる。
同じ様に、自らを破壊する事はなかったが。ただ、酷く。
ダキアは空虚ではあった。100キロ以上の質量がありながら、皮肉な話ではあるのだが。
地上に新人類が進出して、やがて、他の種族とも交流していく。ハーフのエルフ族やポックル族が珍しくもなくなった頃、新人類最後の種族が生まれる。
────混血種族。
混血種族という種族は、あらゆる種族の血を継ぐ種族であり、全ての種族の特性を持つと云われているが、そのスペックは純血の種族に遠く及ばない。精々が引き出せて10~12%といったところだろうか。
器用貧乏の体現者にふさわしい能力ではあるが、ダンジョン攻略において、重宝されるユニットだと云えなくもない。パーティーの方針にも因るわけだが。
サポートも前衛も回復もこなすとなれば、それは紛れもなく超一流。
ダキアが地球を何周か回り、かつて、日本と呼ばれていた島国に立ち寄った時の話だ。日本ではあまり見ない、混血種族を見た。
──────…………番の混血種族が、ダンジョンを走る。かつては、シブヤ駅と呼ばれていた、広大な地下迷宮を。
彼等は資源を求めてこの地へ来て、オーガやらトロルだかに追われて、ダンジョンに逃げ込んだ。あまりいい判断ではなかったのかも知れないが、スクランブル交差点に築かれた【ゴブリン王国】から逃れるには、選択肢はあまり多くはないだろう。
番の混血種族の女は、妊娠していた。しかしながら、属していたコロニーでは、歓迎されない命でもあった。
資源…………平たく云えば、食い扶持が増えるのは、例えそれが、種を存続させる為であったとしても、あまりいい顔をされない時がある。何せ、使える物は限られているのだから。
故に、番はコロニーを離れた。厳しい旅路になろうとも。
結果、自分達が命を落とす事になってしまったとしても。彼と彼女は、それを選んだ。
ハラバの物語は、ここから始まる。
地下に響き渡る産声と、寄り添う様に力尽きた父母。ダンジョン内のモンスターの喉を通るのも時間の問題といったところ。
たまたま、シブヤの街を観光していたダキアが、赤ん坊の泣き声に気付く。すぐさま、ゴブリンの群れを突っ切り、ダンジョンに降りて確認すると、やはり、そこに赤ん坊がいた。
赤ん坊が、泣いていたのだ。両親の亡骸の傍らで。
状況から察するに、先程見かけたあの番の混血種族だろう。子供の存在にまでは、その時は気付かなかったが。
取り上げられる事も、抱かれる事も、笑いかけられる事もなく。珍しくはない。
よくある光景だ。しかし、血の通わぬ心臓の持ち主は、ダンジョンから赤ん坊を1人、連れ帰る。
古いデータに残る、創造主によく似た……いや、創造主そのものの姿形の赤ん坊を。アイ族のダキアは、それを理由に己を納得させる事にした。
理由としては、それで十分。
ダキアは、すぐに困難にぶち当たる。
まず、アイ族というものは、工場で製造されてから、すぐに稼働するのが常。必要な情報はすでにインストール済み。
つまりは、『子育て』という概念が無い。データベースにアクセスすれば、断片的な情報が拾えない訳ではないが、機械に人間の子供が育てられるものだろうか。
初めての経験にも、程があるだろう。まず、ミルク……そして、排泄。
鋼の身体の己には、必要ないものばかり。そして、子供というものはよく泣く。
機械であるダキアが、殺してくれと願うくらいには。よく泣くのだ。
面倒を見ている者の都合なんて、おかまいなしに。それでも、ダキアは彼を見捨てない。
時に、人里を訪ねて物資と交換で子育てに必要な物品を揃えたりもした。噂はすぐに広まる。
『人間の子供を育てる機械人形がいるらしい』と。
次回、更新予定日は12月12日。