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不条識な狼の理88

♗88


 階段はまだ長い。

 また何もないフロアが現れたので、一度休憩することになった。


「なぁ。もしもなんだけどさ。おれたちが一人しか生き残れなかったらどうする?」


 ヒカミが言ったことは、あたしの中には一切無い考えであった。


『なにそれ。この階段以外に試練がまだあるっていうの?』

「まあ、今のところ何かいる気配は無いけどさ。」


 確かに、あたしが狼の力で本気で、嗅覚と聴覚を研ぎ澄ましたところで、あたしたち三人以外の気配が一切ない。


「取り敢えず、今後何かがあったとしても。もし一人だけしかゴール出来なかった場合。亜美さんに伝えられた通り、この世界で死んだ魂は元の世界の肉体に戻るって願いを言うしかないでしょ。」


 それはつまり、記憶は引き継げないって事で……


「なぁハクスイ。君だったらどうやって記憶を取り返す?」


 ハクスイは少し考えた後。


「亜美さん次第ね。」


 どういう事だろう。


「彼女は二場マニアという立場上。いつかはまたこの世界に戻ってくる。

 そこには彼女が残した、一周目の記憶のヒントがロッカンバーテンズには隠してある。それを見た上で、彼女が今後、どう周回して、どう願いを叶えて、どうこの世界を変えていくのか。

 きっと成し遂げられなかった、記憶の相続と、二場の魂の解放。それが済んだら、私に記憶を渡す為に、また周回すると思うの。」




 何度もこの世界を周回する?

 何度もクリアして、何度も願い事を叶える……?


「そう。あの子。そんなに喧嘩強くないくせに、心だけは強いのよ。多分そのくらい平気で腹括ると思うのよね。

 多分。私に記憶を返す為に必死になると思うのよ。二人で過ごした大切な思い出だからね。」


 そう語るハクスイの目は穏やかで。


 さっき、キアラの事を殺したのはハクスイなんだ。その殺した張本人が、キアラの事を穏やかに語る。それって、ハクスイの心がもう、色んなものを飛び越えてしまったのか、それとも壊れてしまったのか。

 ただ、さっき殺した人の話を、穏やかに語るその様子は、見方によっては美しい。見方によっては恐ろしい。人それぞれ捉え方次第って感じだ。ちなみにあたしは後者なので、やっぱりハクスイがなんとなく怖かった。





「おれたちこの世界来て良かったかもしれねえな。

 なんつーか。辛い事もある。いや辛い事が殆どなんだけどさ。その辛い事を知った上で生きてるのと知らない上で生きてるのでは、全然人生の価値観が変わってくる。

 確かにおれたちの元いた、世界はクソみてぇな崩壊直前の弱小国家だけどさ。

 なんだろ。あんな世界でも絶対幸せはあるって小さな幸せを見出して生きれる。そう思って、好きなもの追っかけたりして、希望を持って生きたのがキアラさんであって。

 歩はそうじゃない側で希望を持てなくてグレちまってさ。

 でも二人とも、共通して誰かの為に命を落としている。

 不思議だよな。根本が違う選択で生きてきた二人なのに、最後の選択は、自分じゃない。誰かの為。託す為の対価として自分の命の灯を使ったんだ。

 そんな素敵な人に出会えたんだ。それって、おれたちが普通に新生区で過ごしてたら、出会えなかった。

 あの二人のお陰でおれたちの知らない世界の話いっぱい知れたよな。

 歩のいる旧ショーナン地区は、もう完全に犯罪都市だし、キアラの住んでるとこは、どこか知らんが、まあ実質政略結婚みたいのがまだ当たり前にある土地なんだろ。

 おれたちさ。新生区で幸せに生き過ぎたな。

 おれたちが幸せになってはいけないってわけじゃないんだけどさ。どう考えてもおれたちよりシンドイ思いで生きてる人は沢山いる。だからおれたちは今の幸せを当たり前のものじゃなくて、もっと大事に捉えないといけないよなぁって。

 なんだか、ここに来れなかったあの二人の姿や、人ざらぬ姿になっちまったサク。心を殺して戦うハクスイ。そんな姿を見てたらさ。

 おれ、今の今まで幸せに感謝してこなかったなぁって。」



 あたしらに言ってるようだけど、実際ヒカミが自分に向かって語っているようだった。

 確かに言う通りだ。新生区に住んでいたあたし達はあの生活あの幸せを当たり前だと思って生きてきた。

 でもあれは当たり前では無いことを、この世界に来たことや、あの二人に出会えたことで知れたのはあたしの人生にとって大きな収穫だ。

 それとあたし自身。この狼の姿。

 何度も苦しめられたなぁこの姿には。人間より明らかに力を持っているし、二足歩行も、慣れたとは言え、身体に負担かけてないと言ったら嘘になる、妙な骨格。満月の夜には人を食う。

 自我を失って人食うのではなく、倫理観を失って人を食うもんだから、記憶も残ってて、次の日が一番地獄。慣れたっても、明らかに人道に反して、返り血を浴びながら、臓物を引っ張り出して、肉に食らいつくのは、終わった昨日の話だとしても、まあ、前向きで居られるかと言ったらなかなか難しい問題だ。


 しかし、これ自体。あたしが何かをしたわけではなく、爺さんのツケ払いってのが厄介だ。あたしが代わりに反省して、罪を償ったところで、爺さんは何も失ってないわけだから、一回ぐらい、この姿で爺さんの目の前には現れてみたいところ。まあそれは無理な話だけど。

 こっちの世界では爺さんの行った呪いがこうやって、狼となって可視化したわけだけど。

 元いた壱世界においては、あたしはオバケが視えるのが悩み。それが爺さんの呪いのせいで。

 でも一から頭を整理して考えてみれば、あたしが招待状無しでこの世界に来たのは、あたしが爺さんの呪いのオバケ視える体質の一環で、二場の黒煙を見てしまって、こっちの世界へと巻き込まれてしまったんだ。

 となると、きっかけは全て爺さんの呪いのせいだから、なんだかなぁ。条理に沿っている。あたしが爺さんのツケを払うために、こっちで二場の手伝いさせられた。ってので成立してしまう。



『……あれ?』


 予想外の出来事に、あたしは声に出してしまった。


『ヒカミーハクスイー』


 いないのだ。二人とも。

 あたしが何か考え事をしているうちに二人ともいなくなってしまった、先に行ってしまった?いや階段の音はしなかった。ってか、二人があたしを置いてくはずないし。

 あたりを見渡すと、フロアの端に人影が見える。

 でも、何だろう。警戒対象じゃない。そんな匂いはしない。むしろ親近感というか、前から知っていたような。


 あたしは、その人影の方へ歩いて行った。

 あたしに気付いて、その人影は立ち上がった。

 後ろ姿。知ってる。新生区第二中学の制服に、スニーカー。どうやらお金がないのか、ヨレた制服で、スニーカーもボロボロだ。

 見間違えるはずがない、あたしはこの姿を知っている。


『どうして、あたしがここに。』


 どう見てみても、自分のと同じ姿をしたその人影は、あたしの顔で振り向き、邪に微笑んだ。


「あなたが最も、会いたいと思った姿で現れる。

 あの二人はどうか知らないけど、あなたに至っては、元の姿のあなただったわけね。」


 見た目はあたしなのに、あたしからは絶対でないであろう言葉口にする。いや、見た目があたしってのは少し変だ。

 正しくは過去のあたしだ。狼になる前の。人間の姿であるあたしだ。現にほら、立ち姿があたしより少し高い。骨格が普通の人間だからだと思う。


『あなたは一体何者?』

「ああ、私はですね。最後の審判の代弁者ですよ。樫山さくらさん。あなたの魂がここを通れる器かどうか、通達しにきました。」


 え?ってことは、ここで脱落したらあたしはクリアできないってこと?ここまで来たのに?


「結論から言いましょう。」

『まっ、待って。』


 心の準備が。


「いや焦らさなくても、あなたは合格なので大丈夫です。」


 うわ。さらっと言われた。今の緊張感返せ。

 微妙な表情を浮かべるあたしの事を置いて、目の前のあたしは淡々と喋り続ける。


「あなたの罪に関しては、元々なかったようなものなので。ただ、あなたの血縁者が犯した罪により、あなたが代わりに対価を支払うと云う形で、あなたはその姿になりました。

 もっと人間の姿を残しても良かったのですが。田中ヒカミの魂の件もあったので、さらに狼になってもらいましたが。

 実は一年前の件で、お気づきではないでしょうが、あなたは田中ヒカミの件での対価の支払いさえなければ、そこまで人食に走らなくて良かったのですよ。

 田中ヒカミの件で、ほぼ狼になったあなたは、人食の為に殺人を犯し、罪を重ねるかと危惧していましたが、あなたは賢く死体だけを摂取し続けるという、罪も犯さず呪いと向き合う最も賢い選択をしました。

 よって、あなたの魂はここを通れます。合格です。」


 ああ。死体だけを食べ続けるという、自分の逃げの選択がまさかの正解だったとは。

 いやでも待って。

 殺人を犯し、罪を重ねるって。

 ハクスイは……?ハクスイはどうなるの?


『ねえ。その罪って、』




 あたしが、それを問おうとしたその時には、もうそいつの姿はどこにもなく。

 あたしは何もない石壁のフロアに佇んでいた。

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