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不条識な狼の理82

♗82


 街を出て、約二時間。

 霧が濃くなってきた。


「流石に嫌な思い出しかねえから緊張するな。」


 確かに、ここは嘗てヒカミが死んだ場所だ。冷静でいららえなくなるのも当然だろう。

 いつもはだらっと落としている尻尾を立てて、先っぽだけ直角に曲げている。まるで猫が喧嘩する前の挙動だ。

 また一段と霧は濃くなるので、ハクスイがハンドサインで全員伏せろと指示。確かに、声に出すよりその方が良い。何せ敵はあたしたちを、聴覚で判断してるのか、嗅覚で判断してるのかがまだわからない。不要な音は立てない方が良い。

 伏せた状態で、ハクスイがあたしの顔の前まで来る。そして、あたしの鼻を指でつつく。多分「匂いする?」と聞きたいのだろう。


 あたしは目を瞑って神経を集中させる。


 そしてそれは、何かを振り下ろすような、音。

 突如、頭上。飛来物。通過。霧が一瞬裂かれる。

 全員が伏せたまま、上を見る、何かが通り過ぎたのというのは理解出来たんだろう。

 あたし以外には、そこまでしか理解出来てない。しかしあたしにはそれ以上が掴めた。

 方角十一時、何かを振り下ろす、スイング音だ。

 一気に全速力で、四足で音の方向へと走りだす。


 霧を抜ける、数秒間で敵の匂いを掴む。獣。猿。猿の匂いだ。独特の獣と色濃く人間の排泄物に近い匂いがするこの猿の匂いは。一年前。あの迷路の中で嗅いだ。間違えるはずがない。

 霧を抜けると、ハクスイの倍ぐらいの高さの大きな岩。

 いや、岩じゃなかった。その岩は動いた。岩なんかじゃない。生き物。猿だ。

 上腕二頭筋が異常に発達した逆三角のシェルエットの猿が、四つん這いのあたしを見下ろしていた。


 次の瞬間。長い腕を振り上げ、あたしに向かって振り下ろす。あたしはそれを横にステップを踏んで躱したけど、奴の腕の落下地点には砂埃と、乾いた石土が飛び散る。小さな隕石でも降ってきたのはと誤認する程の凄まじい力だ。

 こんなの受け止めるって選択肢はない。木っ端微塵だ。避けるしかない。

 振り下ろした腕をまた上げる。もう一撃来るかと、奴を見るが、来ない。振り上げたまま、止まり、何事かと見遣れば、次の瞬間あたしから少し逸れたあたりに、その腕は振り下ろされて、また砂埃が舞う。


 砂埃に視界をやられながら、見上げると、奴の命中の制度の悪さの秘密がわかった。

 目が無い。のだ。

 顔はある。鼻もある。口もある。耳もある。猿の顔に近い造形で。

 しかし、目という概念が存在しない。そこには、赤茶色の皮膚があるだけで、目が無いのだ。

 思ったより気持ち悪い見た目に、鳥肌が立ち上る。怖い。確かに圧倒的な強さもあるけど、この目が無い生き物というのを目の前にした、得体の知れない生き物に対する恐怖だ。

 なんだったら、見えなくても良いから取り敢えずデザインとして目付いておいて欲しかった。マジで怖い。

 そして、また腕が落ちる。砂埃。こんなに砂埃ばっか散らして、視界悪いだろくそって言いたいけど、奴には目そのものの概念が無いんだ。そりゃ派手に散らしてくるわ。




 さて。攻めるか。


 いかんせん。でかい。ハクスイの倍。四メートル弱。しかし、目は見えない。腕は長い。

 あたしは冷静に、あのミノタウルスの戦い。ヒカミがハクスイを土台に、ミノタウルスの肩に登った事を思い出していた。

 地面の石を拾い上げ、あたしから、少し離れた位置に投げる。なるべく音が出るように。

 直後、石の落ちた辺りにすぐに奴の腕が降ってくる。あたしはその隙を見逃さなかった。

 全力で蹴っぱり、奴の腕に乗る。そのまま、腕を伝い奴の肩まで一気に駆け上がる。

 勿論奴も黙っちゃいない。異物が腕を登ってくるのだ。

 奴がそれに気付いて、腕を震わすその頃にはあたしは、もう肩の上で、背負っていた斧を振り上げ、


 ボキ。首の骨に刃が当たる音。


 凄まじい咆哮ともに身体を捩って、振り落とされそうになるけど、異形の力を舐めてもらっては困る。狼の爪はがっちりと食い込んで、安息なんて許さない。

 また斧を振り上げ、二回、三回、四回と振りかぶっては下ろす。

 その度に血が舞って、奴は暴れ、あたしがしがみ付く爪はドンドン食い込んでいく。振り落とされそうになるけど、負けない。絶対負けない。今度は今度こそは、あたしが護るんだ。




 再び振り落とした斧の先から、噴水のように血が噴き出した。

 今までとは違う。本当に噴水のように、バシャーっと。

 一番太い血管まで刃が辿りついたのだろう。

 あたしは勝ちをを確信して、肩から飛び降りた。

 盛大に血を吹き出しながら、奴の身体は地面に転がった。その吹き上がる血が弱まると同時に痙攣を止め。

 そして、死んだ。




 勝った。

 一人で。




 思えば。一人でこうやって何かを成し遂げたの初めてなのかもしれない。

 だって何をするにも、いつだって隣にはヒカミかハクスイがいたし。この一年だってあたしが何をしたかといえば、月一で死体を探して人目に隠れて食うという。それって成し遂げたものか聞かれれば何か違う。


 この呪いを受けてからも一人も殺してません!ってそれって自慢になるのか?それも何か違う。普通の人は人を殺しません。

 というかあたしの場合、人を食う呪いが別に死体でも構わないというトリックに気付く事が出来たのは、奇跡的に最初に食ったのが、死体だったからだ。それに気付かなかったら、多分。あたし自ら死にたくなってると思う。

 ああ。そうだ。その最初の死体って。

 ハクスイが殺したからじゃないの?

 今は記憶の無いハクスイがあの時、キアラを守ろうとして、勢いで逆上して、当たり所が悪かったって。


 うんそうだ。偶然。偶然。

 でも二、三週間前に。同じ事が起きてる。これは偶然か?ハクスイは確かに記憶が無い。でも記憶は無いのに、またキアラを守ろうとしてまた一人殺してる。

 あたしは、異形だ。爺さんの呪いの対価に使われたから、それを佐竹を通じて、こっちの世界では目に見える姿に変えられた。そう考えると、現実壱世界での人間の姿が偽物の姿で、この半分狼の姿で、自分から狩りに行くことはなく、おこぼれの死体集めで食事しているこの姿こそが真実なのではないか。

 ヒカミも異形だ。


 しかし、ここで佐竹は妙な事を言っていた。

 ヒカミの本質は鳥であり、理想は獅子であると。だからグリフォンだってふざけた事を言っていたが、的を射ている。今のあの姿がヒカミの真実を映してるとしたら。

 キアラも今となっては異形だ。しかし、あのシキとお揃いとも言える、呪いによって生まれたあの異形は、全般的にキアラが自分も悪いとか、責任を取るとかそう言った、自分にも非があるようなニュアンスで喋る。

 なので、自らの異形に異を唱えるのでなく、納得している。まるであの蟲が本来の姿であるかのように。


 じゃあ、ハクスイは?


 唯一の人間だ。歩の義手を異形とカウントするのは少し変かもしれないけど、この五人の中で、唯一まともな形をしている人間だ。

 じゃあ。中身は?

 あいつだけ、中身が異形なのでは?

 記憶があれば、人によっては、もう一人ぐらい殺してもって発想があるのかもしれない。あまり良くない考え方だし、誰もがそうじゃないってのもわかってるけど。

 でもあいつ。本当に記憶無いのに、また同じ人を好きになって、その人の為なら人殺しも厭わないと。


 ずっと一緒にいたはずなのに、何かが根本的に欠落している。それは、この一年で記憶の無いままの生活であいつが変わったのではなく、あいつは変わってない。記憶はなくても本質的にハクスイだ。そうじゃなかったら、同じ行動とるか?

 二人も殺すか?




 妙な胸騒ぎだった。

 何だろう。あたしだって、ヒカミを食おうとしてる。全部が呪いのせいってそういう訳じゃないけど、あたしだってそれなりに悪人だ。

 でも、何、このハクスイの本質的な。この。うん。違和感。



「サク!やったじゃん。」


 大型の猿のモンスターを見下ろしたまま、立ち竦むあたしの後ろから勢いよく抱きついてきたのだ。

 その、人間の姿をした異形の者が。胸から腹まで、長い腕を絡ませてくる。


「私だったら、こんな凄いやつ絶対に殺せなかったよ。」


 なぜ。わざわざ殺せなかったなんだろう。

 倒せなかったじゃないんだ。


「サクすげーじゃん。おれの仇討ったじゃん!ヤベェよ。」

「それ本人が言うってまずありえないですよね。ってか生き返ってるって設定が普通じゃまずありえないですからね。」

「はははそうだよな。しっかし、コイツの腕の長さすげぇな。

 こんなのに遠心力つけられて、この辺の岩でも石でも投げられたら、そりゃ身体吹っ飛ぶわ。サク。頑張ったな!」



 ヒカミがハイタッチを求めて来たので、あたしはハクスイを振り払ってヒカミとハイタッチを交わした。


 ああ良かった。


 今何故か、後ろから抱きしめてくるハクスイが何となく嫌でたまらなかった。

 蛇のように絡みつく感じが。

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