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不条識な狼の理77

♗77


 集合はキアラの退院から四日後の昼。

 キアラの職場。ロッカンバーテンズをオープン前に貸して頂いて、そこのホールの円卓を四人で囲んだ。


 なぜ今日になったかというと、予想外にヒカミの回復に時間がかかったこと。本来風邪とか一切引かない体質なのに、突然の高熱で三日以上寝込む姿をあたしは初めてみた。

 それと、キアラの抜糸が今日なのと、今日から仕事に復帰するそうなので、なんなら出勤前だったら場所借りれるとのことで、今日の集合になった。

 四日ぶりに会うキアラとハクスイは凄く雰囲気が変わった感じがした。なんだろう。見た目が変わったせいなのか。

 キアラは左目のガーゼではなく、左目を隠すように、黄緑色の絞り染めのような布を眼帯代わりに巻いている。


 ハクスイは、まあいつも通り、長髪を簪で止めて和服スタイルなんだが、その和服が今までのような地味なデザインじゃなくて、目も醒めるような水色の和服を着ているのだ。


「浅葱色っていうのよ、これ。水色じゃなくて。」


 らしい。そんな趣味な人だっけ。確かにヒカミが赤とかオレンジとか暖色のイメージで、ハクスイがいつも青とかの寒色のイメージはなんとなくあったけど、こんなオーガニックな色のイメージではなかったはずだ。


「亜美さんが昆虫詳しくてね。渡り蝶のアサギマダラを教えてくれてたの。なんだかそのイメージのする着物だったから新調したのよ。新調っても古着だけどね。」


 そう語る、ハクスイに首元に見た事のない痣があるのが気になった。まるで、ヒョウ柄のような歪な楕円の紫と黄色の痣が首にはっきりと刻まれてるのだ。あれだけの暴行だから、まあそんな傷あったような気もするけど、そんな目立つ位置にあったっけ?あの時は顔が腫れてるのに目がいきすぎて、あたしが見落としてただけかもしれないけど。




「とにかく。今日は皆様、お集まりいただきありがとうございます。とりあえず、何から説明するにしろ。かなり長い話になるので、何か飲みながら、食べながら聞いてください。」


 キアラがそう言いながら、紙袋からどんどん、飲み物や食べ物を出していく。ジュースとお茶と、ウイスキーと、スナック菓子や缶詰、あと



 カサカサカサカサカサカサ……



 最初に音が聞こえて、何が入ってるのか認識できなかった。

しかし、瓶の中のそれはカサカサと音を立てて黒い何かが蠢き回っているのだ。


「ああ。食用ですので、生で食べれますよ。」


 あたしは、本能的に約二メートル下がった。

 そりゃそうだ。だってキアラが食用と謳うそれは


『ゴキブリじゃん。』

「意外と美味しいんですよ。」


 何の躊躇いもなく、キアラが瓶の蓋を開けたので、あたしはさらに一メートル下がった。何の躊躇いもなく、キアラはそれを口に放り込み、咀嚼し始めたので、あたしは本能的に入り口まで下がった。

 ああ。思い出した。初めてキアラと出会った迷路の休憩所で、妙な体臭がするなあって思ったけど、これだ。食生活からくる体臭だ。それを、今更伏線回収しなくたって……知らないまま終わりたかった。


「それ美味いのか?」

「ヒカミさん興味あります?初めてだったら、足は捥いで食べた方が良いかもしれないです。足つきで食べるのは慣れないでやると、口の中痛いので。」


 ヒカミが変なこと聞いたせいで、キアラはゴキブリの足を、ブチブチ切って、切られたゴキブリはめっちゃ暴れるという地獄絵図にあたしはもう半ベソをかき始めてる。

 そして、ニコニコと、足の無いゴキブリをヒカミに差し出してるのだ。恐怖。控え目に言って恐怖。


「いやあ。おっ、おれは遠慮しとくよ。食わず嫌いはよく無いって知ってるけど、さすがに。これは……」

「ヒカミが要らないなら、私が足無しもらうわよ。」


 嫌がるヒカミをよそに、今度は、その足無しゴキブリを、ハクスイが取って……取って……ああうん。食べたよ。見たよ、今この人、ゴキブリ食べましたよ。


「ああ。樫山さんはそういえば虫苦手でしたか。」


 虫が苦手とかそういう次元じゃないって!!ねえ無理無理無理無理どうして食べるの。


「顔に無理って書いてありますが、嫌な話は最初に持ってきた方が良いですよね。長い話のスタートは最初は虫の話にしましょうか。」


 ひーっ勘弁して。虫の話って何その怖い話。

 冗談っぽく軽く笑いながら語っていた。キアラの声が急に真面目な落ち着いたトーンになった。




「蟲を身体に飼う異形の話ですよ。」


 ああ。思い出した。その言葉で一気にフラッシュバックした。あの顔の皮膚の中を黒く蠢く。死ねないと嘆く。


『シキ……』

「そうです。樫山さんが会った、私の親友の話です。」


 あたしはそのことをキアラに隠していた。それをキアラが知ってしまうとキアラが傷つくかもってのは確かにあったけど、本音を言えばあたし自身が思い出したくなくて蓋をしたかった記憶だというとこだ。あれは怖い。皮膚の中にゴキブリを飼いながら、死にたい殺されなきゃと呟きながらキアラを探すあの姿がただただ恐ろしかった。


「異形の話の前に、まずはわたしと、シキこと柴川希菜実との関係性を話しましょうか。なぜわたしとシキがこんな呪いを受けたのか、その辺も京香さんが佐竹から情報を引っ張ってくれたので、まあ今この話を客観的に見たら、受けるべくして受けた呪い。すなわち条理であると言えるのですが。」


 聞きたいことはいろいろあるが、あたしは話の腰を折らないように、ゆっくり円卓に近づき、席に着いた。

 気を使ってなのか、キアラは、ゴキブリの瓶をあたしから遠ざけ自らの手元に置いてくれた。




「単刀直入に言いますと、わたしとシキは半同棲状態にあって、当たり前ですが、一線を超えた関係にありました。皆様には最初、この世界に一緒に来た親友と言いましたが、親友と言う言葉では言い表せないようなもっと汚い関係でした。

 そうなってしまったのも、地主の一人娘であったシキは一族の血統と財産を守れるだけの力を持った家のフィアンセがいたんですよ。

 在学中だけ一人暮らしをしていたシキの家にわたしは毎週末転がりこみ、一緒に同人の原稿を書きながら、この部屋いる時だけは、わたしたちは夫婦であるというルールを決めて、現実逃避して淫らな関係を築いていました。

 といっても。両想いかというとまたここが微妙な話になってくるんですよね。

 どちらかと言えば、愛だとか支配だとかそう言ったもので、わたしを愛したのはシキの方で、わたしはシキのことを家族として姉として、同人活動の相棒として、親友として好きだったので、わたしがシキを求めてるかと言ったらそうじゃなくて、わたしがシキに向き合ってあげないと、またシキが自殺未遂を繰り返すので、わたしのせいでシキに死なれるのが嫌でそのエゴでわたしはシキと歪な関係を築いていました。

 まあそれはわたしとシキのプライベートの話であって、仕事というか、制作作品の方に関してはかなり完成度の高い良いものを頒布していたんですよ。

 シキが小説を書いて、その話の漫画版をわたしが書くという、小説と漫画一冊に収録されている二場オマージュ作品の【アダムとイヴ】って作品があります。

 上巻だけ出した状態で、わたしとシキはこの世界に来たのですが、まあその上巻の内容を書いつまんで説明すると。

 アダムはイブのことが好きで好きで堪らないのに、イヴは、蛇に唆されて、アダムを愛してくれない。いつか、イヴは蛇とともにどこかに行ってしまうのではと危惧したアダムは、自らとイブに呪いをかけます。

 【愛する人に殺してもらわないと死ねない呪い】を。

 そう。永遠に死ねない呪いを。

 なので、アダムとイヴ。お互いに愛し合って殺し合わないとこの呪いは終わらない。

 たとえイヴがアダムを殺せたとしても、じゃあ残ったイヴを誰が殺せるのか。まあ上巻はこの二人が呪われた所で終わります。」




「蛇だろ。」


 ボソッと、ヒカミは顔を上げずに言った。


「イヴがアダムを殺したら、今度は蛇がイヴを殺せば良い。そうしたら呪いは終わるが、汚れた手で愛しい人を失った蛇が残る。」


 そして、ヒカミは、ハクスイとキアラを見て言うのだ。


「その蛇は白水京香って名前なんじゃねえの。」


 そうやって、言われて。頭の悪いあたしはやっと仕掛けが理解できた。アダムはシキを表して、イヴがキアラを表していることを。

 そう。シキが生み出した呪い。キアラを欲しがるがあまりに、シキが生み出した呪い。

 シキとキアラはお互いに殺し合わないとこの呪いは終わらない。

 途端、キアラが笑い出した。可愛らしい笑顔じゃなくて、なんかこうツボに入ったような壊れた嗤いというか、正直言って、なんか怖い感じの。


「あははっはあははあああああ、流石ですよ。流石です。ヒカミさん。やはり頭良いですね。そして勘も鋭い。そうなんですよ。わたしは京香さんのことが好きだったんですよ。だから、家のことも顧みず、わたしを愛してくれたシキを愛せなくて。京香さんのことばかりが好きで。

 でもね。それは、過去形なんですよ。好きだった。の話です。」


 徐に、キアラはナイフを取り出す。

 そして、自らの手首に当てる。


『キアラ、一体何を。』

「ああ樫山さん。大丈夫ですよ。ちょっとした実験と実践です。呪いに関して百聞は一見に如かず。というやつです。」


 さっと、ナイフを引きキアラの手首にはうっすらと血がにじんだ。

 あたしはその瞬間を、あの傷口をシキのゴキブリが皮膚を覆う瞬間を思いだしていたので、変かもしれないが、血が出てよかったと妙な解釈をしてしまった。

 しかし、これは決して妙な解釈ではなかったのだ。


「さすがに、死ぬ気ない傷に反応する前はまだ育ってないです。でも、本当に死に直結する怪我に関しては、」


 キアラがそう言いかけた最中、ハクスイが立ち上がり、抜刀し、





 刀身を、キアラの首へとおろした。



 何が起こったか分からなかった。

 それは確かにハクスイの動きも予想外だったし、ありえないくらい俊敏だったし、もちろんそれだ。それもあるけど、何よりもおかしい要因といえば

 刀身は確かに、キアラの首へ振るわれた。あたしの目の前で起きたことだ、前の鈍臭いあたしじゃない。動体視力でちゃんと追える。

 ただこの状況下でも、キアラの首から血が一滴も流れる事はなかったし。



 ボタっ……ボタッ……


 キアラの首から落ちるその異物は。

 毛糸。だと思った。黄緑と黒斑の。キアラが眼帯代わりに巻いてる布と似た色の。

 しかしそれの毛糸は動いた。風でなびいただけかと思いきや、そんな風なんて吹いていない。それどころから無数に落ちたそれは、同じ方向に吹かれるわけでなく、右往左往と動く……


 【芋虫】だと理解出来た時には、あたしは椅子から盛大に転げ落ち、尻もちをつきながら後退りしていた。


「驚きすぎですよ。樫山さん。ヒカミさんなら初見なのでまだわかりますが。樫山さんは二回目じゃないですか。」


 キアラは未だに壊れた笑みを絶やさずに、今度は自らのシャツのボタンを上から、下まで外していき、あたしに見えるように、シャツの中を広げて、下着は身につけていない上裸をさらけ出して来たのだ。一見にすれば奇行。しかし今は違う。だって普通の女性の身体じゃないんだ。あたしも人のことは言えないけど。

 黄緑色、いや、翡翠色に片胸は腫れ上がり、その腫れた部分から、翡翠色の芋虫が無数に這い出て、首周りまで覆ってる。

 そう。さっきの刀身も、この芋虫が身代わりになって抑えてた。この芋虫たちが、キアラの身体を守ろうと動いてる。

 まるでシキのゴキブリのように。


「どうですか。ヒカミさん。これが百聞は一見に如かず。これがシキの呪いです。わたしの事はわたしが愛するシキにしか殺せません。京香さんにはわたしを殺せないのが何よりもの証拠です。好きだったのは過去の話です。」


 相変わらず、キアラは薄ら笑いで喋るのだ。胸から、ボタボタと芋虫落としながら、ニヤニヤと。


「わかったよ。とりあえずおれは、納得したから、早くしまってやってくれ。そろそろ、サクが小便漏らす。」


 失礼な。と思ったりはしたが、這い出る芋虫の三匹ほど、あたしの方に向かってくるので、あたしは何も反論出来ずに震えながら後退りすることしか出来なかった。

 怖い。身体に蟲がいる。怖い。


 でも、なんか違う。根本的に何かが違う、キアラとハクスイが今日は怖い。だって本当に蟲が怖いだけなら、あたしはキアラだけが怖いはずなのに、さっきからというか、会った時からハクスイも怖い。

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