表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/91

不条識な狼の理76

♗76


 病室でキアラに出来るだけ、一年前のこの世界に来た時の事を話していたら、ちょうど面会時間が終わってしまったので、あたしとヒカミは、今日の宿の安宿にチェックインした。

 ちなみに、ハクスイは戻ってこなかった。どちらにせよ、明日キアラは退院なので、明日には戻ってくるだろうし、まあ一人にしてやれとヒカミが言うので、とりあえず、ハクスイのことも探さずに、夕食だけ買いこんで部屋に戻って来たって感じだ。


 しかし、改めて思うけど酷い安宿だ。布団の汚さが異常。でも流石に無しだと寒いから汚くてもこれ使うしかないんだけどさ。


「おいおい。贅沢言うなよ。当たり前だけど、健康保険とかそんなシステムねえから、キアラさんの病院代、べらぼうに高いんだからよ。」


 まあヒカミに出してもらってる以上。あたしは何も文句は言えない。

 しかし、ここは流石、睡眠欲のヒカミだ。もう早速その汚い布団を敷いているのだ。


『え?もう寝るの?夕食は?』

「いらん。なんかずっと頭使いすぎて疲れた。寝たい。」


 本当に、今にも寝るようだ。まだ日が沈んだばっかだよ。爺さんかよ。あんたは。

 あたしは、ヒカミが寝る前に先に聞きたかった質問をぶつけることにした。


『あ、ごめん、ヒカミ寝る前に。ちょっと聞いていい?』

「あーなんだよ。」

『恋って何?』


 我ながら、幼稚な質問だとは思う。でも本当に分からないのだ。なんで、ハクスイとキアラがあんな中途半端なのかを。


「また、重い球投げてきたな。君は誰かを好きになった事はないのか?」

『その気持ちがよく分からない。だから、ハクスイのエロい話もついていけないし。ヒカミが実は恋人いる時期がちょこちょこあるのもあたしにはよく分からない。』

「おい。前の彼氏のクダリはまあ良いとしよう。毛の剃り具合だろ。よく見てた評価しよう。なんで彼女いるクダリとかバレてんだ。」


 明らかに、顔赤くなってる。この人本当に普段ポーカーフェイスですごい賢くて嘘が上手い人なのに、恋愛絡みになるとザルだ。だからこそ、あたしには恋ってよく分からない。このヒカミがべらぼうにボロ出してしまう恋ってのが本当に分からない。


『手帳。』

「あ、なんだよ?手帳には君に嫉妬されないように、あえてデートの日は書かないで、バイトのスケジュールしか書いてなかったぞ。」

『うん。だからデートの日じゃなくて、二十八と三十ってメモ、生理の予定日でしょ。』

「……」


 ヒカミは黙って、布団に顔を埋めた。


「……寝る。」

『ちょ、待ってよ!まだ質問に答えてないって。』

「っつさいいなあああ!!なんでそんなに鈍いキャラなのに、そういうところだけ、無駄に見てるんだよ!なんだよ。悪いかよ、生理の日付管理してて。そりゃ好きな人とは触れ合いたいし、そういう事したいし、ったら、その位管理ってか、ああああもうさ!はらたつ!腹立つわ!」


 腹立つと言われましても。


『だから、あたしには本当に分からないんだって。ヒカミの性格上さ、急にそんなにキッチリ管理し始めるのがさ。

 だってあんた恋人いない時期って九割、ナプキンくれって言い始まるじゃん。それがピタッと止むんだよ。

 この適当に野生的に生きる人を変えてしまう。それが恋。凄いと思う。あたしには、まだ分からない世界!』

「あーはいはい。普段生理の日付意識してない人が、日付意識し始めます。それが恋。終わり。もう寝るよ。」


 適当にあしらおうとしてるのが見え見えの回答だ。


『全然駄目。納得いかない。それなら、恋してないハクスイはちゃんと普段から、生理の日理解してる。』

「あのクソビッチと一緒にすんなよ。あいつ場合、出来る出来ないがあるから、それを把握しておかないと死活問題なんだよ。」

『だからそれも含めて分からないんだって。

 ヒカミは恋してる時って、露骨に態度変わるし、ハクスイと違って恋人じゃないと、エロい事もしないじゃん。でもハクスイは違うじゃん。別に恋人とか関係無しじゃん。だからより一層恋ってわかんなくなる。ってかなんで恋するとエロいことに発展するの?なんで?』


 今の質問は、あたしは、全世界の思春期女子を代表した質問だと思う。

 さて、それを誰もが認めるヘタレの右キャラ、田中ヒカミはどんな回答をするのか。


「恋人になると、エロいことしたくなる。メカニズムねぇ。」


 急に真面目なトーンになった。あたしに数学を教える時のあの喋り方だ。

 布団に寝転がってるヒカミがあたしに手招きをして、同じ布団に入るように指示してくる。

 これ、ハクスイだったら確実に拒否したけど、ヒカミならではの何かがあるのだろうと、あたしはヒカミの布団に入り込んだ。


「そもそもさ。生物として、エロいことしたくなるのって本能なんだよ。発情期ってやつ。子孫残す為に。

 んでも人間は、進化の過程で発情期を失ってしまった。ここまで生物の授業でやった内容。理解出来るか?」

『うん。ある意味常に発情期であるって話のやつでしょ。』

「まあその常に発情期ってのは今回はあまり関係ないんだけどさ。

 とにかく、人間ってさ。他の生き物と違って、大人になるまでが時間かかるんだ。

 今、更栄時代だからこそ、この国は十六歳で成人扱いだけど、旧大和国時代は、二十歳で成人扱いでそれまでは子供なんだ。まあだから、子育てって十六年から二十年かかる。そんな時間のかかるものなら、本当に愛し合ってる者同士じゃないと上手くいかねえんだよ。」


 突如、ヒカミはあたしに抱きついてきた。と言っても、ヒカミの方が圧倒的に小さいので、ヒカミがあたしの胸に顔を埋める感じだ。


「なあ、おれが今君にこうしてみて、今君はおれにもっと触れたいと思う?」


 いや、別に。なんとも思わない。ああヒカミがここにいるって程度。


「好きってそういう事。もっと相手を知りたいし触れたいし、その過程で、まあエロい事に発展するんだけど、それ自体はまあなんつーか、それなりに気持ち良い行為ではあるから、そっちばっかにハマってしまうのがハクスイ。

 本来は好きすぎて、どうしようもなく相手のことが欲しくて欲しくて堪らなくて、その結果が餓鬼が出来る。それが、古来からあった人間の形だ。」

『それが、古来なら、現在は違うの?』


「有史以前は、避妊具なんてないから、繁殖の為の性交だったけど、有史以降は、望まない妊娠の為にも避妊具がある。

 そして、現在は性別の概念も曖昧になって、同性愛も当然だし、なんなら同性愛者でも、お金さえあれば体外遺伝子修正で餓鬼が造れる。そんな時代だ。

 かつては、好きすぎてその結果で、餓鬼が出来る。それが自然な形だったけど、今は、餓鬼は作ろうとして作る。

 だから、相手に触れたい気持ちの良い行為として、まあその本能だけが残っている。

 どうだ。これで分かったか。」


『そりゃ、恋するとエロい事したくなるのメカニズムは解決したけど、じゃあ最初の質問に戻って、恋って何?』


 ヒカミは、ぎゅっと、あたしをもっと強く抱きしめてきたので、思わずあたしももっと身を寄せて、ヒカミを抱きしめる。


「こうでもしてないと、不安に襲われるのか恋。

 目の前の愛おしい人が、どこかに行ってしまうかもしれない、誰かに取られてしまうかもしれない。自分のものだけにしたい。だからずっと自分の腕の中にいて欲しいし、この腕から離れるのが不安で仕方ない。それが恋。」


 はあ。難しい。言ってることは理解出来たけど、あたしにはその気持ちがまるでわからない世界だ。

 しかし、そんなヒカミを抱きしめる上で、あたしは極めて重要な事に気付いたのだ。


『わかったよ。なんとなく恋って納得した。ありがとう。それで、今気づいたんだけど、ヒカミ、異常に熱くない?』


 純粋に発熱してる感じでさ。


「だから、早く寝たかったんだよ。」

『何で言わなかったの?』

「あの状況で言えるかよ。ちょっと風邪ひいだけだよ。寝れば治る。」

『とりあえず、この部屋明日朝チェックアウトで借りちゃったけど、ヒカミがそんな状況なら、あと二日ぐらい抑えておこうか?』

「そうして、もらえると助かる。」


 あたしは早速、フロントへ行こうと、布団から出ようとしたが、ヒカミに強く抱かれて阻害された。


「まだここにいて。」

『はあ?何言ってるの?』

「いいから、おれが寝付くまでの間。ここにいて。」

『何?こうでもしてないと不安になるって言ってた恋?』

「そんな単純なものじゃないよ。なあ、君はおれからいなくならないよな?おれを殺したりしないよな。」

『言ってること、全然意味わからないんだけど。』


 ってか何であたしがヒカミを殺すの?

 まー以前。食べようとはしたけどさ。


「ずっとずっと、守りたくて、おれだけの犠牲で全部丸く上手く行くなら、孤独でも耐えようって。ずっと気張って、でもその結果が、今まで十二回本当に大切な人に殺されて。」


 全然話が噛み合わない。十二回殺されたって何?


『ねえヒカミ。大切な人に殺されるって何?』


 しかし、このチビやってくれた。

 もう。寝てやがる。

 子供のように、スースーと寝息を立てて普通に寝てるのだ。早すぎない?

 今の発言は若干寝言なんだろうけど、それでまたあのことを思い出した。

 キアラの抱える。愛する人に殺されないと、死ねない呪い。

 不可解な言葉の羅列だ。そもそも、死ぬことに主軸を置いてるのも謎だ。ヒカミもキアラも何を問題視してるんだろう。そもそも死ぬことが重要なのが、何故なのかあたしには辿り着けない。




 あたしは浅はかな人間だ。

 この世界で死ねないことがどれほど問題なのか、少しも気付かなかったのだから。




 寝ているヒカミをどかそう動くと、ヒカミの耳が見えた。なんか懐かしい人間の耳ってあたしは両方とも陥没してしまったから、そういえば耳ってこんな形だよねとか思ってしまう。


『あれ?』


 ふと。気付いた。ヒカミの片耳だけピアスが開いてるのだ。それも普段だと絶対見えないような軟骨に隠れて本当に小さいものがついている。ハクスイは髪を掻き上げる癖があるから見える事もあったけど、ヒカミの髪型って、ショートで毛量が多いタイプの人だからここにピアスがあっても全然気付かなかった。

 そういえば、あのノア計画の爆破時に暗闇の洞窟で暴れるヒカミを抑えつけた時に、急にあたしはヒカミの兄の言葉を喋って。


 そうか。


〈兄ちゃんが唯一残してくれたのがこのピアスだから、おれはピアスを開けて不良になる。〉


 そんな事言ってたなあ。あたしは痛いから辞めなよとかそんな事を言った気がする。本当に開けてたんだ。でも、これも条理なのかな。視えない条件下での試練なのに、このピアスの残留思念のお陰であたしはヒカミと一緒に助かる事が出来た。

 それもこれも、ヒカミがああやって水と狼という二つのトラウマと向き合う事によって、たまたま視える体質のあたしがあの思念に触れた。


 二場の言う通りなら、感情も魂もこの世界は回収される。しかし、人間の身体に魂が定着しているように、物に定着した思念もまた同じ。

 全ての偶然が重なる。いや偶然じゃなくて、



『それが条理ね。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ