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不条識な狼の理75

♗75


 病院の入り口で、ハクスイとすれ違った。どうやら、あたしたちより先に来てたみたい。

 呼び止めようと思ったけど、ハクスイはすぐに行ってしまったし、ヒカミにも追いかけなくて良いって言われてしまったので、そのままキアラの病室に向かった。



「黙れって言ってんだろ。」


 病室の入り口で中から聞こえた怒声。最初誰の声か分からなかったけど、病室からはキアラの匂いしかしなかったので、キアラの声だと分かる。初めて聞いた。キアラの怒声。ってか一人の筈なのに誰と話してるんだろう。

 そう思いながら、そっと中を覗くとやっぱりそこにはキアラしかいなかった。独り言で怒鳴ったのだろうか。


「今、辛気臭せえハクスイとすれ違ったぜ。ったく。何言ったんだよ。」


 なのに、ヒカミはそれに言及しなかった。


「ええまあはい。それは色々と。」


 キアラはベッドに座ったまま露骨に気不味い感じで、隻眼の表情を伏せた。


「まあ言いたくねえなら、別に良いんだけどさ。」

「というか、ヒカミさんすみません。わたしヒカミさんに輸血して貰ったって。しかも倒れたって。」

「ああ。おれは構わないよ。そんくらい。なんなら自業自得だし。おれさ、習慣で小便するとき必ず空気椅子で出すんだけど、輸血直後なの忘れて、空気椅子で小便しようとてさ。」


 ああ、やっぱりあの場で倒れたのって、そんな阿呆みたいな習慣のせいだったんだ。


「ここの病院代と手術代。全部ハクスイが持ってるから、ちゃんと礼言っとけよ。」


 またここでヒカミの良い人発揮だ。本当はヒカミも払った事をあたしは知っている。


『えーごめん。あたしからも言わせてもらうけど、ヒカミも出してくれたんだよ。』


 ちなみにあたしは一円も出していない……ごめん。


「んなの。おれのは大した事ないって。ハクスイに比べたら雀の涙分しか出してねぇ。」


 やめてよ。そんな言い方。一円も出してないあたしが更に惨めじゃん。


「うああ。すみません。ちゃんと返します。そもそも、いくらかかったんですか?」

「うーん目の手術がだいぶ高ついたみてぇだな。ちゃんと光彩が入った普通の義眼は取り寄せで時間かかるみたいだから、取り敢えずは形保つ用の黒玉入れたみたいだけど、それでもかなりの金額だよ。」


 形を保つ為の黒玉って聞いた事ないけど、医術が発達してないこっちの世界ならではなのだろうか。


「あいつとしては、いつかちゃんとした義眼入れる時の金を工面するつもりで、また昨日から、ろくな商売してないっぽいんだよなぁ。あのボロッボロの身体なのに、マニアには売れるからって。」

「なんで、止めなかったんですか?」


 普段は優しく喋るキアラの声が強くなった気がした。なんか怒ってるみたいな。


「止めたよ。いつだって止めたよ。記憶を失う前の新生区に居た頃だって止めたよ。

 ただ、あいつはおれの言葉聞かねぇんだよ。頑固だから他人の言葉に耳を傾けないんじゃなくて、おれだから、聞かねぇんだよ。

 でも君の言葉なら、聞いてくれるかもな。」


 売り言葉に買い言葉であるかのようにヒカミの態度も頑と正面から攻める感じの態度だ。お互い口論一歩手前の態度。再会して直ぐにこんな空気になるなんて、やっぱりSOAにいる時点でキアラの前でハクスイの話題は地雷だったのだ。


「それはどういうつもりですか?」

「あいつ。君の事は本気で好きなんだと思うぞ。」

「京香さんが好きなのは、その部活の副将さんで、」


 それってハクスイが記憶は失っていても、結局好みのタイプは変わらないからまた似たような人に惚れてるって事なんだろうか。

 まあでもSOAでの待機時もあんな変な電話してくるぐらいだし、やっぱりキアラとハクスイってただらならぬ関係で。


「ああ、そりゃそうだよ。

 君と、副将は偶然にもそっくりだ。おれだってビビった程だよ。正直言って、第一印象ではおれは君が苦手だったんだ。おれ自身が副将の事が苦手だったからね。だから、どうしても副将の事を意識せずにはいられない程に似てる。

 でも今のハクスイが好きなのは君だぞ。」


 そして、今からヒカミの言う言葉は、まるでハクスイがキアラに告白したかのように、強い言葉だった。

 



「本当に自分の身も顧みずに愛せなきゃ、あんなズタボロの身体売る商売するかよ。あいつは確かに君の事思ってるよ。」




 その言葉を受けて喧嘩腰に返すキアラはもうそこにはいない。泣いていた。片方のだけの目でぼたぼたと。

 


「それは、京香さんから直接聞いたわけではないので、まだわかりませんよ。それに、それが事実だとしたら、嬉しいですけど、わたしには、対価の支払いがあるから、シキの呪いがあるから。」


 ああ。やっとわかった。ヒカミはずっと察してて、こんな態度だったんだ。

 キアラは本当に苦しかったんだ。この呪いに向き合う為にシキだけを愛さないといけないという制約に。


「なあ、キアラさん。少し足掻いてみねぇか。ごめん。これは本当におれの勝手だ。

 おれさ。本当はハクスイの件だっておれが行くべきだったと思うんだ。おれが行けばキアラさんだってこんな怪我せずに済んだだろうし。

 でもこの怪我が無ければ、ハクスイの本当の気持ちに気付くキッカケにもならなかったろうし。

 なんだろう。そうあるべき流れ、条理って確かに存在すると思う。だから、君もそんな怪我を負ったし。

 でもさ。全てが条理の中では無いと思う。抗えるとまだ信じたいんだ。

 おれが今まで繰り返してきた輪廻の中でずっと後悔してたように。

 呪いってさ。ごめん。おれ実はサクから聞いてたんだ。【愛する人に殺してもらわないと死ねない呪い】ってやつだろ。

 それでその親友のシキさんを殺さないといけない。でもキアラさんもその呪いを受けてるから、キアラさんも相打ちで死ぬしかない。そうしないと、おれの魂をこっちに引っ張った対価が成立しないからだ。」



 つまりは、望まれない愛を掴んで殺し合え。これが二場から要求された対価。こんな残酷な事実に一年間ずっと向き合わされてきたのか。


「そうですね。大方間違ってはいません。わたしは一年前、京香さんに助けられたあの時点でもうあの呪いが埋められてたんですよね。」


「そのだからさ、今一年その呪いは暴発せずに耐えたわけじゃん。でもおれの魂の死神との契約で、リミットは秒読みってのが現状だろ。そのさ、ほら分かってるんだけどさ。そうなってしまう条理って運命って分かってんだけどさ、

なんとか直ぐにこの世界をクリア出来ないか?

 そのシキさんが生んだ呪いに捕まる前に先にクリアして、呪いの終結と、この世界で死んだ人も、君とハクスイの想いも、四人で頭使って願い事言えば、なんとかなんねぇか?

 まあ、ほらおれはキアラさんのような二場思想とか持ってないから、正しい願い事とか分かんねえから、キアラさんに台本考えてもらう事になるんだけどさ、キアラさん的には歩が言ってた救済措置の願い事だとか、そんな考えもあるんだろ。

 なぁ。抗おうぜ。」


 ヒカミの提案に対し、キアラの返答は遅かった。返答を躊躇っているというかは、返事は決まってるけど、話す内容を探しているという感じに。


「確かにわたしにはもう、この世界の全貌もほぼ見えています。何を願えば全てが救われるのかも。

 ただ、最終確認。もう少し情報が欲しいです。

 ヒカミさん。樫山さん。

 あなた方は、この世界に来るときに二場さんに何て言われましたか?出来るだけ事細かに思い出して下さい。

 最後の謎解きが済んだら、この世界のゴールへと一緒に向かいましょう。」


「おう。抗おうぜ。」


 無論。二人の会話が、あの口論ではなく、優しい口調に戻っていた。

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