不条識な狼の理7
♗07
更に一時間ほど歩いたのかな。
歩き続けたけどどれくらい進んだかと言ったらあまり進んで無いというのが本音だと思う。
というのも、さっきから分かれ道が多いのだ。
二択に一つで進むと行き止まりというのをかれこれ五回はやった。行き止まりに行き着く度に当然元来た道を戻るしかないので、今のところ行き止まりになっては戻って残った道をの繰り返しで進んでいるので、こっちが順路だと思って進んでるけど、この道も最後は行き止まりで、本当はスタート地点の時点で左に曲がるのが正解でしたってのがオチだったらどうしようかと不安になる。
この間。狼の襲撃は遂に二桁を超えた。
「なぁ。さっきからずっと感じてた違和感なんだけどさ。」
ヒカミが死んだ狼。否、ヒカミが殺した狼を見ながら言う。
「なんでこいつら、こんなに飢えてる感じなんだろうな。最初は気付かなかったけど、ベストコンディションじゃなねえんだよな。腹減って、おれたちに食いつこうとしてる感じだから攻撃がずっと直線的だ。慣れれば簡単に殺せる。」
確かに。最初でこそハクスイ主力で、ヒカミは守りの姿勢で戦ってきたけど、こうも数をこなすとヒカミはあたしを守りながらでも余裕を持って倒せるようになってきていた。
「二場の悪趣味で、ダンジョンゲームとかほざいてはいたけど、なんか練習させてる感が否めないんだよな。」
「確かにレベルアップしてる気はするわね。私がレベル四でヒカミがレベル三ぐらいにはなってる気はするわね。」
そう話していると、また目の前に気配を感じだ。
最初はハクスイにしか分からなかったんだろうけど、流石に全く戦ってないあたしでも、もう来たっていうあの感じはすぐに分かるようになっていた。
すかさずハクスイが前に出て、目にも止まらぬ居合抜きで、狼を斬りつける。狼は一瞬で事切れた。
「殺すことに躊躇いがなくなってる事も嫌なのよ。慣れって怖いわ。」
ハクスイの目がいつもより座ってることにあたしは若干恐怖を覚えた。しかし、ヒカミがふざけながらもっと怖いことを言い始める。
「今は狼だろ。四足歩行の動物だ。でもこれがだんだん猿みたいな二足歩行の動物になって、最後は人間も躊躇いなく殺せるように、慣れちまってる。そうなったら嫌だから、そろそろスライムとかゴブリンとか出てきてくれねーかな。」
「嫌ね。ちょうど人だけは斬りたくないって思ってたところだったのに、こういう時にヒカミの頭の回転の早さにはヘドが出るわね。」
「そりゃどーも。」
一見喧嘩しているように見えるけど、この二人はいつもこうやって口の悪い皮肉やブラックジョークを言い合うのだ。お互い傷付けている気は全くない。
ハクスイに人は斬りたくないと言われ。ふとあたしは頭に浮かんだ疑問を口にした。
『この世界で死んだら、魂は永遠に壱の世界に戻らないって二場には言われたけど、この肉体はどうなるんだろう。』
「あーやっぱ。サク気付いてないのか。」
ヒカミがそういった。気付いてないって。全然意味がわからない。根本的に質問の意図もわからない。
『気付いてないって。何を?』
「二つ前の曲がり角、端に、割れた人骨があった。それも太い部分しか残ってなくて、綺麗に骨以外がなくなってる。本来なら残った肉体は腐って悲惨なことになってるはずなんだけどね。」
『人骨?』
そんなの本当に知らない。
「やっぱ気付いてなかったのね。私とヒカミはすぐ気付いて、あたりを警戒して歩いてたのよ。ご丁寧に最初に罠があるって忠告してくれてたからね。下手に近付かないで、通れるなら、越したことないって、距離をとって警戒しながら歩いてただけよ。」
『でも、何も起きなかったよ。あたしは気付かなかったぐらいだし。』
「だから、簡単だろ。さっきの場所に罠はなかった。食われただけだよ。」
ゾッとした。怖いと思った。ここは夢の世界じゃない現実だ。殺されるし死肉は食われる。そんな現実を目の当たりにしても、至って冷静な二人も前にあたしは怖い感情を押し殺して、冷静に言い返した。
『なんで?言ってよ。教えてよ。いつも二人だけで、あたしばっか置いてかれるみたいじゃん。実際。今は肩抑えながら一番ゆっくり歩いてるわけだけど。なんか嫌だよそういうの。』
これは今思ったことを言ったわけじゃなくて、普段からのあたしの一方的な劣等感をぶつけただけなのかもしれない。
「別に。言っても良かったけどよ。初っ端から、巻き込んでごめんとか辛気くせツラしてるやつにあんまし追い込んで不安にさせる必要ねえだろ。」
『でも。言ってよ。ただでさえ鈍いんだから。あたし。』
「わかったよ。なるべく言う。でも、怪我してる君をなるべく巻き込まない行動をとる。やばいとこ確認するのは、おれかハクスイだ。」
それでも一方的に守られている状況に納得したくなかったけど、あたしが出しゃ張ることによって、返って手間が増える事は想像ついたので、守られるこの状況を受け入れることにして……
蠅が目の前を通り過ぎた。
「じゃあ、報告するぜ。この先良くないものがあるな。」
独特の正体不明の吐き気を誘う臭気が鼻を突いた。腐ったようなゴミのようなそれでいて動物のような。
目の前の通路を見やると、ずっとレンガ貼りであった床が、急に銅板に変えられている箇所がある。横壁までしっかり銅板があるので、ちゃんと気づいて飛び越えないと、何かありそうな気がする。
「ここは幅跳びしないと何かありますよ。気付かないで踏んだら何かありますよってアピールやばいわね。」
「どうする?おれが見ようか?」
「いや、こういうのは多分、全体的に短いヒカミより、手足の長い私の方がすぐ退けるから、私が行くわ。」
「わかった。全体的に長いハクスイに頼むわ。」
本来なら嫌味に聞こえる会話も二人にとっては嫌味でも何でもなく、唯の事実でしかないって見解だから、何も知らない人が見たら二人は仲が悪いって思われても仕方ないと思う。
ヒカミとあたしは、少し下がったところで、待つ事になった。少し下がったっても、ハクスイもあの謎の銅板エリアもちゃんと見える程度の距離だけど、ここまで下がれば大丈夫だと言い張るヒカミにはきっとあの罠がどんなものなのか想像ついているのだろう。即戦して行くと宣言したハクスイもきっと何があるか想像ついてでの行動なんだと思う。あたしは想像つかないんだけど。
床に張られた謎の銅板。踏んではいけない。蠅。臭気。
ハクスイが、銅板のあたりを、鞘に収まったままの、日本刀を突いた。
ガッシャンを盛大な音を立て、銅板が下に開いた。
一斉に蠅がふきあがり。またガッシャンと金属音が響いて、蠅の噴射が止まったので多分。開いた蓋が閉まったのだろう。一連の事は多分三秒くらい。しかしこのたった三秒の間に、あたりに蠅が舞って正直言って気持ち悪い。
あたしが蠅の行方に気を取られていると、ビチャビチャと水音が聞こえてきた。なぜ水がと、水音の方向を見ると、ハクスイが嘔吐している。結構苦しそうなのに、ちょっとあまりにも深夜の駅前のように盛大やるもんだから、あたしも貰いそうになる。
ヒカミは耳をふさいでいる。
「ごめん。汚いもの見せた。」
座り込んだまま粗い息遣いでハクスイが言った。
「もう出し終わった?」
「ごめん。ヒカミはこの音苦手なんだよね。っても我慢出来るもんでもないからね。」
「悪いな。匂いも、現物見るのも平気なんだけどな。音だけが苦手でな。」
「いくらヒカミが平気でも、私は吐いたもの見られるの平気じゃないからこっち見ないで歩いてきて欲しいな。」
ほとんどの人が得意でないであろう嘔吐音がヒカミとって天敵なのはちゃんとした理由がある。
やはり、あの事故。吐いてる時のあの窒息感があの恐怖を思い出すから、本気で苦手らしい。音ってのはどうしても最中にしか出ないから、直接、窒息の記憶が開くらしく本当に無理だけど、出終わってしまったものはわりかし平気らしく、手早く掃除する。
ちなみにあたしは介護職なので、音もブツもなんならシタも……この話はいいや。
ヒカミがハクスイに近付き。ポケットから僅かしか水の入ってないペットボトルを取り出す。
「ミネラルウォーターじゃなくて、水道水だけど。しかもこれしかないけど、無いよりましだろ。」
「助かる。」
ハクスイが残った水で口をの中をすすいでるけど、ヒカミに気を使って音が出ないようにしているのがわかる。
「んで。予想通り落とし穴だったようだな。予想よりエグかったみたいだけど。」
「そうね。鉄杭と、三体は確認出来たけど、もっとあるわね。あれ。作り物じゃなくて本物ってしんどいわね。まだ心拍数高いわ。」
「そうか。嫌な仕事引き受けさせちまったな。」
ハクスイがあまりにも冷静に話すから、最初二人が何を話してるのか理解出来なかったけど、銅板が開いた瞬間と、流れる蠅と臭いを思い出して、三体というのが、ヒトであった事に気づく。
「しばらく夢に出そうだわ。」
「夢に出そうって言い回しは、無意識に今が現実だって認めてる発言だよね。あーやだやだ。悪趣味だね。虚勢を張り続けるこっちの身にもなって欲しいぜ。」
二人してあまりにも冷静なので、あたしも冷静に考えてみようと、例の落とし穴をもう一度見た。ヒカミは悪趣味と一言で片付けてケロリとしているけど、いや本人曰く虚勢だから平気じゃない可能性もあるか。
とにかくあの悪趣味と称された、落とし穴の底には鉄杭と、ハクスイ曰く三人以上のヒトが被害に遭っていて、この臭いの原因と蠅を吹き出している。さっきは気付かなかった白骨は肉が削がれてるから、臭いがないだけで、実際ヒトが三人も死体になっていると蠅と臭いが、銅板で普段は蓋がされていてもこの一帯だけでもこんなに充満するのか。
あたしはなぜか、三人という響きだけで、あたし達三人が、あの穴に落ちて杭に刺されて、出れずに閉まる天井を想像してしまった。
「うっ、、おえ」
そのせいか、あたしも一気に酸っぱいものが、
「うああああああああああああああ、、吐くなぁぁぁぁぁあああああああああああああああ。」
あ、出るかもって思ったところでヒカミの大声の阻害によりなんとか抑える事が出来た。
いや分かってるよ。本気で苦手なの分かってるよ。
いつもは恐ろしく冷静で、とんでもない判断力を発揮するヒカミでも、水と窒息関連だけは普通の人は比にならない程に一瞬でパニックを起こす。
ハクスイの一難を越えたのに、結構マジで吐きそうになったあたしをヒカミは睨んでくる。ハクスイのは身構えていたけど、完全にノーマークであったあたしが急に不意打ちを放ったんだ。多少怒られても仕方ない。怒るってか、取り乱して、興奮に近いんだろう。
ハクスイがヒカミのことを抱きしめた。体格差が大きいので、男女であるかのように、ハクスイの腕にヒカミの頭はすっぽりと包まれた。
「はい。取り乱した時は、自分以外の心音を聞いて深呼吸。サクだってワザとじゃないんだから。生理現象なんだから仕方ないって。」
ここから見ても、ヒカミの両肩が呼吸のたびに大きく動いてるのが見えるので、ハクスイの言い分は正しいにしろ、普段ってか今もかけるだけかけ続けている迷惑を更に増やしてしまったので申し訳ない気分になった。
「悪い。取り乱した。ごめん。」
『あたしこそ。ごめん。』
「おれが一方的にトラウマなのがいけないんだ。確かに、ハクスイの言う通り生理現象だ。気にしなでくれ。」
まるでヒカミが悪いみたいな空気になってしまった。ヒカミのトラウマだって何をどう考えてもヒカミに非は一切ないのに。こういう時になんて言ったら良いのか分からないのがあたしの悪い所である。ハクスイだったらなんて言うんだろう。
「でも、確かにサクもなるべくなら吐かないで我慢したほうが良いわよ。現状、トイレも食べ物も水も無いわけだからね。吐くと体力消費するし……お腹空いたわね。」
死臭と蠅が舞う中、更に自分のゲロの匂いの中、この女の適応力と言うか神経の図太さときたら、多分世界一強い女はハクスイで間違い無いんだろうなあと思った。
「この状況下で腹減る奴は多分世界中探しても君だけだ。」
ヒカミも同じことを考えていたらしい。




