不条識な狼の理66
♗66
雨が止むまでの待機時間。
理解もしたし納得もしたんだけど、やっぱり辛かった。歩が死んだという現実。歩を犠牲にしないといけなかったという残酷なお話。
二ヶ月の歩の息子もどうやらママが居なくなった事には気付いたらしく、一昨日より泣くようになった気がする。貴志さんも色々悩んでるみたいだったので、あたしはなるべく歩の息子に構った。
もちろん二ヶ月の赤ん坊に出来る事は限られている。主にミルクとオムツのお世話なんだけど、どうやら目は多少見えているようで動く物を認識してるみたい。耳は普通に聞こえてるようだったから、あたしはずっと歌いながら目の前で手を動かしたり、抱っこして部屋の中を歩き回ったりしていた。雨が降ってければ外にお散歩にでも行ったんだけど、流石にこの雨は家にいるしかない。
ヒカミは気晴らしに出てくると言って、雨なのに街に向かったようだった。今思えば買い物頼めば良かったと後悔しながら、貴志さんと一緒に夕飯の支度をしている。
ちなみに買い物を頼みたかったのは、何か手頃な武器が欲しいというものだった。その、ハクスイが追われる可能性があると聞かされた時にやはり武装は必要だなあとヒカミも漏らしていたので、だったらあたしも何か欲しいなって。いや爪とかで十分戦えるだろうけどさ。嫌なんだよ。毎回爪先血塗れになるのが。あと、見た目だけでも武器があるぞ戦えるぞって威圧する事によって余計な争いも避けれるだろうし。基本的にこの爪とか手袋で隠してるからやっぱり武器を持ってるアピールは欲しい。
夕飯時にヒカミは大量の買い物袋を抱えて帰ってきた。お金持ってはいただろうけど、そんなにあったっけ?と聞いてみたら、賭博場でかなり増やしたらしい。えっと。どうしてどの世界に行ってもお金に困らない人ってとことん困らない星回りで生きていけるんだろうか。
ヒカミは新しい服と、短剣を買っていた。軽くて切れ味が良くて一番高価な物を買ったらしい。やっぱりお金持ちは凄い。
そして、貴志さんへのお土産は生ハムの原木という謎過ぎるチョイス。まあ喜んでたから正解なんだろうけど。そしてあたしは買ってきてと頼んでなくて頭で念じてただけなのに、なんと、斧を買ってきてくれたのだ。凄い大きいわけでもなくて比較的小ぶりなんだけど、ちゃんと背中に背負うベルトもセットで。これで見た目だけで脅せる。ナイス過ぎる。
「あーお金?いらんよ。身体で払って。」
『えっ、それハクスイ的な意味で?』
「んなワケねえだろ。おれを護るんだろ。そういう事だよ。おれも佐竹の悪趣味のお陰で普通の人間よりかは強いだろうけど、まだサクの強さには敵わねえからな。」
良かった下ネタじゃなくて。
「そういやさ。ハクスイで思い出したんだけど、一年前ハクスイがあの迷路の中でボディビルダー並みに身体バッキバキに鍛えて人間凶器になった時に面白い事言ってたんだよな。チェスの駒でいうヒカミがキングでクイーンが私って。」
どういう意味だろう。たしかにハクスイは女らしさはあるけどさ。
「チェスって不思議なゲームでさ。キング取られたら負けなのに、一番強い駒はクイーンなんだ。」
『へえ。あたしは全然ルール知らないんだけど、どう強いの?』
「キングは縦横斜め何処にでも一マス動けるんだけど、クイーンは縦横斜め複数個マスでも進めるんだ。」
『確かに、それだったら分かりやすいかも。ヒカミって色々出来るブレーンだけど、飛び抜けて戦力が高いワケじゃないもんね。』
「面白いのはその後の言葉なんだよ。」
それで終わりじゃないんだ。
「ルークが歩で、ビショップがサク。ナイトがキアラって言ったんだよあいつ。」
『駒の全然意味わからないけど、キアラが騎士ってのはちょっと違う気がする。オタクだし。』
「だと思うだろ。ルークってのは縦横複数マス自由に動けて、ビショップは斜めに複数マス動ける。しかし、ナイトだけでは、跳びマスなんだ。前後ニマス進んだ後に左右に一マス動けるという。」
『え?全然意味わからないんだけど。』
「マス事体は分からなくて良いよ。この喩えだけ伝われば良い。」
どのマスに動くのかもヒカミの言おうとしてる事も全然意味が分からない。
「ナイトだけは、最強のクイーンですら動けない場所へ動けるんだ。」
キアラはあたし達の行けない所へ……
「二場思想を始め、おれの魂を取り返す契約。多分この世界の真理に一番近いところにいるのがキアラさんだ。
多分。ただ塔を登ればクリアってオチじゃない気がするんだ。根本的な二場の言う【条理】の正体を見定めないとそう簡単に辿りつけない気がする。
だからおれたちは一度バラバラもされて、また集まるのに一年近く時間を使わされた。無意味とは考えにくい。」
やっぱりヒカミの思考は無限大だ。あたしの脳筋と比べ物にならない。
ヒカミなら絶対ゴールするって信じて疑わなかった。少なくとももし誰かが欠けても、あたしが欠けてもヒカミだけはゴールするって。
最もクリア率が高い十三回目の赤い魂という意味深な言葉を久々に思い出した。




