不条識な狼の理64
♗64
「奇跡って何だろうな。
絶対に起きないからいつだって取捨選択。
でも世の中には奇跡は信じる人にだけ起こるって都合の良い解釈もある。
兄ちゃんと会えたのは多分奇跡なんだ。
でも、その奇跡の前提に、兄ちゃんとおれ、どっちもが助かるって奇跡はあの事故の時には起きなかった。
ハクスイのお母さんが助かるって奇跡も起きなかった。
歩が助かるって奇跡も起きなかった。歩の選択でこの世界は命拾いをした。
この世界では常識は一切通用しない。通用するのは条理のみ。奇跡は条理によって引き起こされる。
なあ、二場。君の目的は一体何なんだ。
なあ、二場。神様っているのか?いたとしたら、随分気まぐれすぎる気がするんだ。」
そして、横になっているあたしとヒカミは目が合った。
「ああ。サク起きてたのか。すまない。流石に色々納得いかなくて、声に出して頭を整理していた。」
あたりを見渡すと。見覚えのある、歩の診療所であった。
どうやら、あたしはここに寝かされてたみたい。
『ハクスイは?』
「先に〔塔下街〕に行ったよ。貴志さんの判断で。
ノア教があんな攻撃を食らった以上、つい数日前までノア教の本拠地〔那坐〕にいたあんな目立つ女が急にいなくなったとなれば、もしかしたら追われる可能性もあると。SOA自治区から〔塔下街〕までは百キロほどだから、そこまで逃げればそう簡単には追えないだろうと。」
続いて、歩は?と聞こうとしてる自分がいることに気づいた。
歩は……死んだ。身を持って理解させられた。あの爆発と崩落に巻きまれ、あたしたちも死にかけた。
「おれも寝てたから知らないんだけど、どうやら、おれたちが救出された時、一時的に雨が止んでたらしいな。そのタイミングでハクスイだけでも先に送って、おれたちはまた明日、雨が止んだら〔塔下街〕まで単車で送ってくれるってよ。それまで、ゆっくり休んでてって。あと貴志さんが、歩の最後の勇姿の話をしてくれってよ。」
雨が止んだらと言われて、外の雨の音に気づいた。
雨が降ってるってことは、阻止計画はまだ実行されていない。歩は生きてるのではないか?そんな辻褄の合わない思考が生まれる。
そんなことはない。歩の死と引き換えに雨を止める。その話は、実行の直前に聞かされたんだ。そんな夢だと時系列が狂う。歩は死んだ。雨はまだ降ってるけど、歩は死んだ。
『雨……止むのかな?』
「止むよ。歩が命を支払ったんだ。ただ、雨雲の生成は止めれても、今ある雨雲が消えるわけじゃないから、次期に今の雨雲だけ気が済むまで降ったら、止むよ。」
ヒカミは、あたしが寝ているベットに腰掛けてきた。もちろん、あたしの身体を潰さないように。
「歩は、仕方無かった。あればっかりは仕方無かった。」
そういえば、歩の腕の中身の話をしていた時、今思えばヒカミもハクスイも真っ青だった。そして、仲間に関しては諦めの悪いヒカミですら、一瞬で降伏を認めるほどだ。
『ごめん。歩の腕の中身の話。あたし全然わからなかったんだけど。』
「そうか、聞きたいのか?」
『そりゃ。気になるよ。』
ヒカミは露骨に言いたくなさそうな顔をしたけど、あたしの顔を見て、話さないといけないと判断したみたいで、嫌々口を開いた。
「ハクスイが過呼吸になった時、覚えてるよな。というか、その事を覚えてたから、おれの過呼吸も対処出来たんだよな。あの時、なんでハクスイが過呼吸になったかは覚えてるか?」
『ごめん。ハクスイの過呼吸ってクダリはしっかり覚えてるけど、理由までは覚えてないなあ。確か、社会科資材室の掃除の日だよね。』
「そう。そもそも、おれとハクスイがあの大掃除の日に資材室の担当になったのも、ハクスイの計らいだったんだ。」
頭の良い人の考えることは分からない。どうしてそんなの事をする必要があったのか。
「普段さ。資材室って鍵かかってるだろ。だから、あの資材室でしか見れない資料を見るのがハクスイの目的だったんだ。」
『どうして?』
「更栄の大改革の時に、ネットの検閲があったって話は知ってるだろ。あの時に旧大和国に都合の悪い情報は全て、ネットから消されたんだ。だから、おれたちはどんなに検索しても、国に都合の悪い情報は見れないんだ。ネットだとね。でも、昔からある、紙に書かれた情報なら、全部は消されてない。もちろん資材室に残っている。ハクスイが探してたのは、発電所の事故の資料だ。」
『ごめん。もっと分かりやすく。』
というか、この話、歩の腕の関係あるの?
「分かりやすく話してるよ。結論より、過程がわからないと、どれだけ恐ろしいものかが、わかんねえからさ。
まあ、ハクスイの母親、えらい若くして亡くなってるだろ。病気でさ。その病気ってハクスイから聞いたの覚えてる?」
『なんだっけ、はっける?』
自分で言っておいて、あれだけど、何人の名前だよ。と。ちなみにふざけてない。
「惜しいな。白血病だ。血液の癌だ。
遺伝性なんだ。しかし、絶対遺伝するとは言い切れない。確率が高くなるって話だ。その確率がすごく高くなる要因の一つにその、旧大和国が隠した発電所の事故がある。」
『……うん。』
難しい。
「なあ、今でこそ、発電所って、火力、火山地熱が主力で、最近他国からの援助で水素発電にも力を入れ始めたろ。しかし、おれたちが生まれる前、令和時代には、原子力発電と言う頭がおかしいとしか思えない発電方法が主力だったんだ。」
原子力?
『第二次世界大戦の爆弾の?』
「そう。それだ。ただ、ものすごい爆発起こすだけじゃねえ。原子力ってのは放射能だ。DNAに直接食らわすから、そのまま間違った情報の細胞を体内に作ってしまう。つまりは癌だ。放射能イコール癌の誘発だと考えて良い。」
放射能は人体に危険を及ぼすので〜原子力爆弾の投下された後は〜みたいな事はテストに出たけど、それが癌になるなんて、そんな怖い事聞いてない。
そんなのを発電に使ってたのも聞いてない。
『そんな取り返しのつかない危ない物を発電に使って、事故とか起きたら、』
「起きたんだよ。」
その怖い事実が。事実というか、史実が。やけに冷たくて怖かった。
「ハクスイの母親の出身地だよ。それが起きたのが。
ハクスイの婆さんがそんな事をこそこそ話してたのを聞いてちまったらしく、自分の目で事実を確認したいから、資材室に入り込めないか。って、おれに相談してきたんだ。だから、大掃除の場所決めるくじ引きで、おれとハクスイでイカサマって言えば聞こえは悪いけど、まあ手品使って、おれらの班が資材室に担当になったんだ。」
『それで、ハクスイは?』
遺伝性の癌っていうのは?
「長生き出来る可能性は低いと思う。」
怖かった。
ああ。そうだ。思い出した。
ハクスイは何か、新聞のスクラップのようなものを見ていて、急に過呼吸になったんだ。
自分はきっと長く生きれないってわりかし子供の頃に知るって、どれほどの恐怖なんだろう。
「まあ長い話になったな。
歩の腕の中身はソレだったんだよ。だから、あんな風に人が入ってこれない場所で、山の洞窟の中で奴らの機械壊しがてら、放射能ごとあの洞窟の中で臭いものに蓋をしたかったのが、中立派の本当の目的だよ。
どんな経緯で、こっちの世界にあの危険物が持ち込まれたかはわからんが。きっと、誰にも知られずに早く処分したかったんだと思う。」
『それで歩は……一人で寂しくあの場所で死ぬしかなくて、ヒカミですらそれが最善だって考えたの?』
「まあほら、一年前あの迷路の休憩所で話したろ、二場の考えを、とある村で疫病が発生しましたって例え話。」
確か、全滅する前に、一人を人体実験して、ワクチンを作るという例え話だ。いち早く一人を犠牲にする判断を下せば、他の人々は助かるという。
「歩一人の長く生きたいという気持ちで、自分の家族や仲間を巻き込んでどこかである日爆発して、そしてそこには放射能が残り、そこに今後訪れる人にも被害が及ぶ。
そんな事になるくらいだったら、世界を救うついでに、独りで死ぬ。永遠に誰も訪れないところで。
多分その役目が歩じゃない誰かでも、世界の人はその役目の人はその役を担うべきだと囃し立てるよ。」
『それじゃあ、あんまりじゃない……?なんか不公平だよ。全部全部。不公平だよ。』
「な。おれもそう思うよ。でも、歩があの場所で死ぬ事を選んでくれたお陰で。ノア教の計画も阻止できたし、おれたちは今も生きている。歩に生きていて欲しいってこんなにも腹の底から願ってるのに、歩が死んでくれたお陰でおれたちが生きている。皮肉だし。なんかさ。」
ヒカミの声は震え。
「おれ、だってっ、うぐっ。わかんねえよ。」
最後には嗚咽交じりのものに変わった。
普段泣かないヒカミの涙をこんなにも早いスパンで見てしまった。普段泣かない人の涙はこうも重い。
歩が死んだ。たった一つの事実。人は誰だって死ぬ。明日には事故で死ぬかもしれない。簡単に死ぬ。
でも歩の死の真相。死なないといけなかった事情を知ってしまった時、逃げれない死の約束という、底知れぬ恐怖に眩暈を覚えた。
耐えきれない重圧。普段聞かないヒカミの嗚咽。つい数時間前のパニクった他人のような泣き声じゃなくて、ヒカミ本人のどうにもならない絶望の叫び。
あたしも泣くしかなかった。
歩の遺体すら手に入らない。もしかしたら余村歩はという人は幻だったのかもしれない。あまりにも怖い真実ばかりだからそんな妄想までしてしまう。
でも、動物のようなヒカミの本気の泣き声と。あたしからも止まらない涙は、余村歩というあたしのヒーローの存在を証明していた。
しばらく。泣いた。どうにもなんないぐらい泣いた。
この空気を最初に破ったのは、隣の部屋から現れた貴志さんであった。
「そろそろ、泣き疲れて、喉も渇いた頃じゃないですか。お茶入れたので、こちらに来てください。」
そして、向こうの部屋に先に戻りながら。
「ありがとうございます。妻の為に泣いてくれて。妻の最期に立ち会ってくれて。」
全てを受け入れて達観したかのように、貴志さんは冷静であった。




