不条識な狼の理57
♗57
そこから暫く問題なく進んだ。
緩やかな勾配で降って行き、だんだん地面の湿り具合が割合を増していく。
「歩はさ。入り口近辺にしか、人はいないって推理だったけど。多分それで正解かもな。
こんなに地面がぬかるんでるのに、足跡が全然ないし、この更に行ったところで、その雨雲マシーンがあるんだろ。数時間の雨でここまで冠水してるんだから、マジで二、三ヶ月も雨降ったら、機械ごと沈むんじゃねえの?」
「そうなんだ。だから、機械ごと最終的には沈ませるつもりで、この設備にはスイッチを入れる一人だけを残した。
その一人だけは、海岸洞窟の出口からこっそり出た。流石にSOAで張ってても、一人ぐらい見落としたなら納得がいく。状況証拠だけ考えて、この奥に複数人待ち構えているのは考えにくいなぁと。」
「なあだとしたら、本当は君一人で十分だったんじゃねえの?なんだか、君の性格上。他の人は巻き込みたくないって一人で処理しそうな気もするんだが。」
「おいおい。アタイはそんな優秀じゃねえよ。怖い所にはやはり仲間と行った方が心強い。」
訝しげに、ヒカミは歩の顔を覗き込んでいる。
確かに、歩ってこんな人だったっけ?母になったことにより少し小心したのか。
「貴志さん一人に任せるって選択はなかったのか?夫婦で来るの場合は、息子の件があるから無理だろうとして。」
「それはないよ。機械をぶっ壊す過程で、アタイの左腕が必要になるんだ。アタイはメンツから外せない。」
歩が機械の腕を掲げる。
手袋をしていたら、生身の腕となんら遜色のない精巧な動きの腕。
「なあ。その腕、何で動いてるんだ?」
「動力源か?後で解体の時に教えてやるよ。」
しかし。ヒカミは本当に鋭いし賢い。
「歩。なんかおれたちに隠してねえか?」
ヒカミの言葉と同時に。歩は止まった。
歩に続いて、全員が立ち止まる。
「あとで説明する。今は察してくれ。」
下を向く歩に対し、ヒカミは歩の肩を掴む。
「駄目だ。今説明しろ。君は何を考えてる?」
見る人によっては脅してるように見えるけど、あたしにはわかる。ヒカミが、歩のことを心配するが故にこんな強い口調になっているのを。
「言えない。察してくれ。」
「おい。ふざけんなよ。ぶん殴ってでも聞きだすぞ。」
ヒカミも今回は本気だ。歩の胸ぐらを掴んで、あたしに持ってろと言わんばかりに松明を渡して来た。
「言えないもんは、言えねえんだよ。
でも、これだけは信じてくれ。これはアタイが弱いせいで、アタイの甘えでお前らに一緒についてきてもらった。お前らのことが本当に大好きだから。その時が来たら必ず説明するから。」
「だからこそだよ。その、君が事実を伝える時はもう後戻り出来ねえ時なんじゃねえか?今ならまだ。何か方法があるかもしれない。君がどんな重大なもの抱えてるが知らねえけど。辛いよお前。その面。」
すると、二人の間に、ハクスイが身を挟んで、ヒカミの手を取った。
「その辺にしときな。ヒカミ。
歩。気付いてないだろうけど。貴方、泣いてるわよ。」
ハクスイの言葉を聞いて、歩は驚いたように、自らの顔を手で擦った。
「本当だ。恥ずいな。泣いてたのか。ダセエな。」
「ここで私からの妥協案だけど、今はまだ私たちに隠してる事実を言わなくて良いわ。ただ、何故言えないのかを説明して欲しいの。その様子じゃ、私たちを心配して言えないだけじゃないと思うの。」
確かに。
というか、あたし以外も気付にいてたのか。歩の違和感に。でも明らかに度を超えた違和感。ただならぬ理由。言えない理由。
「わかった。説明する。確かに、お前らの心理的負担は少なからず、あるから言えないのはある。
でも、最大の理由は、それを説明する過程で言う言葉。それを言ったら、ロックが外れる。」
歩は、義手を指差した。
今日の計画は歩の義手がないと成立しない。
しかし、あたしたちに隠している何かを言ったら義手のロックが外れる?
「高圧電流か?」
ヒカミは相変わらず回転が早い。
「約束通り。そういう事情だからアタイの口から言えない。向こうに着いてからにしようぜ。
なあせめて、向こうに着くまでの間。楽しい話がしてえんだ。」
歩は、あたしたちを置いて先に暗闇へと歩き出した。
松明を持ってるのがあたしなので、あたしは急いで歩を追いかける。
「なあ。サク。お前たち三人いつからそんなに仲良しなんだ?」
これが歩の言う、楽しい話なんだろうか?
「ごめん。それ私も聞きたい。」
確かに、ハクスイは記憶が無いんだから、あたしたち三人の仲良くなった経緯とか気になるんだろう。
まず、あたしとヒカミが仲良くなったのは、小学校一年生の時かな。
こっちの世界に来てからは全く視えないんだけど、あたし元の世界にいた時はさ、超視える人でさ。生きてる人とオバケの区別がつかなくて喋ってるから、友達全然出来なくて。でもヒカミだけは、あたしが何か違うものと会話してるのを興味持って話しかけてくれたんだ。
それから、毎日、ヒカミと過ごすのが当たり前になってさ。何気にヒカミとは小一からずっと同じクラスなんだ。
多分ね、あたしが昔オバケと話してたので、不思議ちゃん過ぎて、クラス替えの問題児指定に入れられてたと思うんだよね。だから、ヒカミとくっつけておかないとイジメが起きるとかそういう問題を危惧されて……じゃないと九年間同じクラスってすごい確率だと思う。
ハクスイはね。小学校二年生の時同じクラスで、記憶無いところ、申し訳ないけど。ハクスイのお母さん、その年の夏前ぐらいかな。病気で亡くなって。
結局ハクスイ学校来たの二、三週間後なんだけどさ。子供ながらに憔悴しきってるのが分かって、誰も話しかけられる空気じゃなくて、ハクスイ孤立しちゃってさ。
その時はぶっちゃけ、あたしもヒカミもハクスイと全然喋った事なかったんだけど、そこは流石ヒカミだよね。クラスの空気見て、真っ先に絡みに行くんだよ。
その時にヒカミがハクスイってあだ名を付けたんだよね。なんかハクスイって、学年で一番背高いし、子供なのに顔も整ってて大人っぽいから、みんな〔さん〕付けで呼ぶ空気でさ。誰も京香ちゃんって呼ばないんだよ。みんなシラミズさんか、京香さんって呼んでるから、そんな距離のある呼び方が悪いんだよ、ってヒカミが言い出して、最初ね。ヒカミは、京香って呼びつけで呼ぶんだけど「これじゃあダメだ。まるでおれの女みたいだ」って言うからさ。その言葉がめっちゃ面白くて三人でめちゃくちゃ笑って、じゃああだ名を作ろうってなって、最終的にヒカミ案のハクスイが採用になったんだよね。
それからさ、何かと三人でいつも会ってさ。
あっ、そうそう。小四の時にさ、三人で帰り道に、子犬が溺れてるの見つけてさ。当時のあたしは体力ないし、ヒカミは体力はあるけど、泳げないからさ。
ハクスイが一人で泳いで、犬を助けたんだよね。その犬さ。ヒカミが飼っててボンジロウって名前で。
それまではあたしが朝、ヒカミを起こしにいくことが多かったんだけど、あたしの代わりにボンジロウが起こしてくれることが多くなったから、前は週一だったけど、起こす回数は月一に減ったよ。
そうそう。ヒカミがカラクリ村でバイトするキッカケになったのも、ボンジロウの散歩中に、ヒカミがバク転の練習してるのを、カラクリ村の人が見てたみたいで、そこでバイトのオファーがかかったんだよ。
どうしても、忍者ショーの人数足りない日があって、ハクスイがピンチヒッターで侍役で出演したこともあったよ。
ああ。そう。ヒカミに一ヶ月だけ彼氏がいたのも、このカラクリ村のバイトのお陰で。
「おい。そこは黙れ。」
すかさず、ヒカミのストップが入った。
「いや。サク話すんだ。アタイはその話すげえ気になる。」
「ってか、凄い今更だけど、なんで彼氏いたの気付いたんだよ。おれサクにばれたら嫉妬されると思って、隠してたんだけど。」
『ああ。あれ?いつも雑にしか剃ってないのに、ヒカミのムダ毛が奇跡的に綺麗に剃られてる日があったから、もしやと思って。』
光源はこの松明一つしかないのに、ヒカミが耳まで真っ赤なのがわかる。
「君さ。わりかし鈍いキャラのはずなのに、その辺だけは鋭いよな。」
『まーね。そこはヒカミの親友としてね。で?なんで一ヶ月で別れたの?』
「それ言わないと駄目か?」
「記憶のない私としては、大変興味があるわね。記憶がない分、何でも良いから知りたいもの。」
横槍を入れてきたハクスイのことをヒカミは意味深に見つめて……
「君に寝取られたんだよ!」
酷いことを言った。いや、ヒカミが酷いんじゃなくて、内容が。
歩は、うわ。と小さく呻いてから、ハクスイを軽蔑の眼で見る。
「ああどうせ。おれは下手だよ。なあ!下手くそだよ。色気もねえよ。くそ。」
あたしから見たヒカミは男でも女でもなくヒカミはヒカミって感じだったけど。こんなにも乙女であった事を知り、驚いている。
そして、ハクスイの下衆さにも驚いている。え?大丈夫?今後もあたしたち親友でやっていける?
「え……あ。なんかごめん。記憶ないけどごめん。代わりに、今後どんな男も落とせるように、床指導しようか?手取り足取り腰取り。」
ハクスイ。それって謝ってるの?まあ記憶ないから仕方ないだろうけど。
「うるさいなあ。もう。どうせおれだけじゃなくて、誰だって君には敵わないからもういいよ。この話終わり。」
「そんなこと言ったら、ヒカミ一生右固定よ。」
「黙れゴルァ!!!!」
凄い剣幕で、ヒカミはハクスイを黙らせたけど、このハクスイの言った右固定とはどういう意味なんだろうとあたしにはわからなかった。気になってしょうがない。そういえば、前もヒカミは右だ左だって分からないこと言ってたし。
『ねえごめん。右ってどういう意味?』
「ヒカミみたいのを右固定っていうのよ。」
全然意味が分からない。
歩はなぜか、哀れんだ目で見てくる。ヒカミは……めっちゃ睨んでくる。
すると、ハクスイはあたしに小さく耳打ちしてくれた。
(セッ〇スの時に受け身しかできない人のことよ。)
なんか。凄く納得した。ヒカミごめん。




