不条識な狼の理45
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ノア教の街那坐
街のほとんどに電気と水道が開通している。都市に分類される街であった。
ノア教というのは、世界はいつか人々への断罪の雨を降らせる時が来るから、その時にノア教を信仰している者だけが救われるという考えを持った宗教。ムハ教のライバルみたいな宗教だ。
その断罪の雨の日を乗り越える箱船といって、どうやら本気で馬鹿でかい船を作ってるみたいだし、街のいたるところにはノア教のシンボルの箱舟のイラストがあるから多分本気で信じてるんだと思う。
あたしとヒカミはとりあえず、情報収集がてら、腹ごしらえということで。街の中央の酒場兼食堂のような大きな店に来ていた。カウンターに自分で注文して、各自テーブルに持っていって飲食をするというスタイルなので、新生区風に言うと、大型ショッピングモールのフードコートの西部劇版という言い回しが近い。まあお酒もあるから大人ばっかだけど、このゴミゴミした人の多さはフードコートとしかいい回せないし。建物が木製なのと、砂漠の手前の街のせいか、店内にサボテンが置いてるのが、なんとなく西部感を漂わせる。
しかし。それは箱物や無機物だけの話である。
肝心の人種というのは殆ど大和民族の顔立ちなのである。まあ二場が大和国でこのシステムを稼働させたから、当然こっちに来るのは大和民族なわけで。しかし、このサボテンと西部感の中、ほぼ大和民族で溢れるこの世界の違和感がすごい。
大和民族は宗教には無頓着なはずなのに、こんだけ信仰が根付いてるのも違和感の一つなのかもしれない。
「さっき。ゲイのカップルが連行されてったぜ。良いじゃん同性愛ぐらい。」
ヒカミは本当に周りをよく見ている。観察力と知識と。
なぜ同性愛がタブーなのかヒカミに教えてもらった情報だと、いかんせん発展途上だと如何しても国力に人口が関わってくるので、なるべく子供を増やすためにも、同性愛は罰して、中絶も罰するらしい。あたし達が元いた大和国では信じられないような話だ。
しかし。この現状が大和民族の発展途上だよ。とヒカミに言われた時。いかにあたし達が幸せな時代に生まれたのかを考えさせられた。
一番人気の食べ物を下さいと言って、買ってきたのは、ナンのような食べ物とカレーのような食べ物であった。
「砂漠近くの気候でも取れる食べ物で、大和民族の口合うものねぇ。小麦が取れるってことはわりかし小規模な砂漠なんだろうな。まあ小規模じゃないと、キアラも勧めるルートじゃないだろうし。」
ヒカミの観察力と思考には本当に感心する。初めて来た街でご飯なんて、好きなもの食べれば良いのに、わざわざ、人気の食べ物を選んで、少しでも情報を得ようとしているのは、まあもうこれに関してはヒカミ自身の癖みたいなもんなんだろう。今思えば、あのミノタウルスの迷路だって、すごい勢いで道を暗記してるぐらいだ。常に乾燥したスポンジのようになんでも吸収していく。一体何時になったらいっぱいになるのか。
ヒカミは、食べながらビラを見つめる。キアラが描いた、あたし達五人が描かれたビラを。
「にしても、キアラさんの画力はすげえな。歩の目付きの悪さも完全再現だぜ。ハクスイは目の下に傷があるかもという追記はやっぱ一年前のあの怪我か。あれは傷跡残る感じだったもんな。少しはこの傷跡薄くなってると良いな。」
そう言いながら、ヒカミは、ハクスイの似顔絵の頬を傷を思い出すように指でなぞった。
「そうなんや。偉いべっぴんさんなんやけどなぁ。この傷で美人が台無しやけん。っても、テクは保証するわ。」
あたし達を見下ろしながらそう話しかけてきた、妙な訛りの男がいた。訛り以外特徴の無いごくごく普通の男だ。多分明日会っても分からない程度に何処にでもいる顔だ。
「お兄さん。なんか用?おれたち今日初めてここにきたから、詐欺だったら困るよ。」
「まま。そう言わんといてや。探しとるんやろ。この傷のべっぴんさん。」
男は一枚の似顔絵をあたし達に見せてきた。
その似顔絵は、
「マッサージも髪結いもできる、うちの売れっ子キョウちゃんだ。」
キョウちゃんと言われたその似顔絵はどう見もハクスイだった。傷のない側の横顔で、タバコを吸ってる似顔絵であった。
あたしが、ハクスイって言おうとした瞬間。ヒカミがテーブル下で、あたしの足を小突いた。喋るなの合図だ。
「髪結いってどういう事だ?」
「またまた。君のようなお嬢さんが好きなところだよ。」
この男は、普段、男なのか女なのかわからないヒカミの事を、女だと見破ってるのだ。というか、その上で話しかけてきたのだろう。
「へえ。んじゃあ、おれの好きなところ。そのキョウちゃんのところへお兄さんは案内してくれるんだ?」
「もちろん。五万円でな。」
高っ。
「もう少し安くなんねえの?」
「お嬢ちゃん商人だねえ。それはキョウちゃん次第かな。あの子のお気に入りになれば全然安くできる。俺はただの客引きだから、実際の値段を決める権限はねえし。ただ、基本は五万ってだけだ。」
「わかった。少し考えさせてくれ。」
「おう。俺は向こうのカウンターで酒飲んでるから声かけてくれよ。」
男は、ハクスイの似顔絵をテーブルに置きカウンターへと去っていった。
改めてその似顔絵を見ると、どう見てもハクスイである。切れ長の眼で可愛いじゃなくて美人としか形容しようのない。ただ、煙草を咥えてる絵面のせいなのか。
『なんか老けた感じしない?』
といった印象だ。
「実際。老け込んだと思うぜ。多分ろくな商売してねえ。」
『というと。』
「マッサージって多分、風俗の隠語だと思うぞ。髪結いの意味はわからなかったけど、まあなんか意味はあるんだろ。」
まあハクスイならさ。そんな如何わしい仕事でも、本当に納得しちゃうんだけどさ。申し訳ないけど。
『でも。なんで、あの男。ヒカミにすぐ話しかけてきたんだろう。そういう商売って男に声かけるんじゃないの?ヒカミを男だと思ってるならまだしも、女だと思って話しかけてるじゃん。』
「多分な。このキアラの探し人のビラにハクスイが載ってるからだろ。だから、おれに対してはエロいサービスとしてでの五万じゃなくて、対面して会話ってとこに五万要求されてんだろ。」
ヒカミが、椅子から立ち上がった。
「任せろ。だとしたら、その五万は安いもんだ。ちょっと話つけてくるからここで待っててくれ。」
まあヒカミに任せてうまくいかなかった事はないから、全然問題はないけど。
先程の男とヒカミは話をつけ。外に出て行った。
今更なんだけど、ハクスイが支払った対価ってなんだろう……って。




