不条識な狼の理40
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〔南懐-なんかい-〕という街に辿り着いた時は、あの解散から半年近くが経っていた。この半年、とにかく転々と各地を周って、日雇いの力仕事で日銭を稼いで、食い繋ぐ生活をしていた。この日銭で出来るだけ、早い段階で、腹の呪印の傷は刺青に変えた。多分この傷痕が消える前に早い段階で残るものに変えないと、マズイ事になるってあの首輪と、この傷で狼化が止まった事からもう学習済みだ。
勿論日雇いなので、収入が無い時期もある。そうしたら答えは簡単だ。山に入る。
それと、あたし自身の呪いの所為もあって、成るべく遺体が手に入りそうなスラムが面している場所を選んで、そこに短期間で暮らす。その短期間ってのもしっかり理由があって、人食いの要因も確かにあるけど、一番の要因は嘘をついてそこに一時的に住むからだ。
嘘というのは、ムハ教の信者という事だ。あたしは宗教とかは本当に興味無いし、怖いから理解もしたくない世界なんだけど、堂々と顔を隠せる服装というのがこのムハ教の伝統衣装というものだったのだ。
そんな信仰もしていない信者のフリで一つの所に長く留まって、そこで人間関係が出来上がってしまって嘘だとバレた時に面倒臭い。
人を食う事より、信者の嘘の方が後ろめたいという倫理観は多分おかしいのかもしれないけど、こうも当たり前のように死体を貪るようになるとなんだが感覚が完全にバグってくる。人に見られないようにはしようと、たったそれだけの低いハードルになってしまう。習慣とは恐ろしい。
なので今回〔南懐〕には長く住んでも良いかもと思った理由は簡単だ。嘘を付かなくて良い。だから定職にも就ける。
この街。【異形】の者が普通に生活しているのだ。それも差別じゃなくて人種ぐらいの感覚で。
という事はだよ!このムハ教のふりという、暑苦しい恰好して、お祈りの時間に土下座という演技から解放されるのだ。これは大きい。信者じゃなくて、あたしという個性としてこの街に住めるなら、人間関係も築けるし、情報も集められる。
半年間止まってしまっていた、みんなの足取り。別に異教徒の嘘をつきながらでも、ヒカミとかハクスイみたく器用な人間なら上手く立ち周って情報集められるんだろうけど、不器用なあたしはそれは出来ない。というか、日雇いのその日暮らしで精一杯の日々だったし。
なので、あたしは定職を探して、頭の耳も出してありのままの姿で街をブラブラしていると、早速声をかけられた。
「お嬢ちゃん。仕事探してない?」
見た目は普通の若いお兄ちゃんって感じの人だ二十歳ぐらいの。特に怪しさもかといって安心させる要素もなにもない。
『探してます。』
それはあたしが探してそうな顔をしていたからではなく、求人のビラを持っているのが多分見えたからであろう。
「如何わしい商売ではないんだけど、ちょっと特殊な仕事でさ。」
特殊な仕事?
連れられて、辿り着いた場所は確かに特殊な場所であった。廃墟まではいかないけど、それなりに古い建物で、ナントカ座という看板もある。ナントカの部分はあたしが読めない字だったからじゃなくて、純粋に落書きで塗りつぶされて読めなくなっているのだ。幅から考えて多分三文字だか四文字ぐらいが入ったのだろう。
『小劇場?ですかね?』
「世の中の認知では、見世物小屋と言われる場所ですかね。」
そりゃ特殊だ。
見世物小屋と言えば、身寄りが無かったり、口減らしで売られた子や、生まれながらの奇形とかそういった子供達が買われて、生涯奴隷のように生きる。
見世物というくらいだから、見世物にならないような子は見世物になるべく育てられる。例えば変な所切られて障碍者の見た目にされたりとか、女だったらストリップとか、そんな世界だろう見世物小屋って。凄くブラックでアングラな世界。あたしもそう思ってた。絶対関わっちゃいけない世界だって。
でもその実態は、超絶ホワイト企業だった。いや凄い。なにこのホワイトっぷり。
体験入店といって、あたしも働かされるのかではなく今日は観客として普通に観て楽しめば良いらしい。職場体験というか職場見学というか。
まず見た目が普通の男性。その見世物は、超絶手品。凄い釘付け。縛られて箱に入って時間内脱出とか凄い。語彙力が無い。凄い。もう一回言う。凄い。
次の人、見た目普通のお爺さん。見世物は切り絵。裁ち鋏のような大きな鋏で一枚紙をどんどん切っていく。これも凄い。控えめに言って凄い。これ、ヒカミだったらその日のうちに家で練習するやつだ。
それで今度は、見た目普通の女性。
手にはギター首にはハーモニカ、右足にはドラム、左足にはタンバリン。
何を言ってるのか分からないだろうけど、彼女は一人で同時に全ての楽器を使って演奏した。只の事実。開いた口が閉じる事はなく、終わった瞬間に盛大な拍手を送った。
そして、今日のトリを務めたのは【異形】の猫の女の子だった。露出の高い衣装で跳びまくるダンスを披露してこれも圧巻だった。あんなにも軽い身のこなしはやはり猫の異形だからか。あたしと違って、バランスよく可愛く猫化してるので、身体を動かすのも寧ろ普通の人間より楽に飛べてそうだし、耳と尻尾、お腹周りがモフモフしていて、あと元の顔のスペックが高いからとにかく可愛い。ズルい。
さて、今日の四人の演者達は、いやいやここで働かされてお金を毟り取られてる訳ではなく、自らの意思でちゃんとプロ意識でステージ立っているただの凄い人だし、ここはただのホワイト企業である。
そんな超人達に囲まれて、あたしにはどんな仕事があるって……?
『キャッチ……ですか?』
「そうです。うちの演者達の技術は凄いもんですよ。ただ、毎日見るものでもないのもまた事実です。常に新規のお客様を探しています。そこで、異形で目立つ見た目のあなたにビラを撒いてもらうというお仕事です。」
『それって、つまりあたしが何か見世物を演じる訳じゃなくて、外販要因って事ですよね。』
「まあ強いて言えば、外の見世物を演じるといったとこですかね。演じるまでも無いですけどね。あなたはその見た目自体がもう芸ですし、それを差別するような街でも無いですし。あまり気構え無いで今日みたショーがどれほど面白かったかって話をしながらビラを撒くだけだと考えてもらえれば。」
というわけで、あたしはここの見世物小屋で働く事になった。お給料で週払いで格安の長期滞在用ゲストルームも紹介してもらえた。一部屋三畳の共同トイレ風呂だけど、全然問題ない。基本的に野宿が多かったので屋根のある場所最高としか言えない。
そんな住む場所と勤務内容。なんだかんだ言って条件が良すぎた。見世物小屋の客引きというニッチな商売はあたしにはどうやら天職だったらしく、バンバン客を引ける。面白いぐらいに引ける。多分あたしがこんな見た目してるのと、もともとあたしって社交性はある方だし。知らない人に話しかけるのも得意なのだ。
勿論この社交性のお陰で演者達との関係も良好だ。歳も近いし同じく異形である半猫のミャアの家には何度もお邪魔した。ミャアってステージネームだけど本名は知らない。あたしの中で人生で初めて本名を知らない友人である。ちなみにミャアもあたしの本名なんて知らないと思う。
ミャアは休みの前日になると必ずマタタビを服用する。これがおっそろしくガン決まりで、ダラダラしながら何故かあたしにお腹をモフモフさせてくれる。猫のお腹って良いよね。どうして同じく獣毛種なのに、猫と犬って根本的に匂いが違うんだろう。あたしは飼うなら絶対猫派だ。猫の方が良い匂いがする。犬はあたしの匂いというか、ボンジロウの匂いだ。
そういえば、ボンジロウはどうしてるだろう。ボンジロウというかヒカミのお父さんだったり、あたしの両親やハクスイの家の爺さんと婆さんも。そして、あたし自身の身体も。
歩の話によると、魂がこっちの来てしまっている身体は起こしても起きない状態だという。つまりあたしの身体も介護センターで倒れた状態になっていて、あれ程ベッドは余ってるんだから、誰か運んではくれてるんだろう。
こちらの世界での一日が元の世界で約一分。という事は、未だ長い昼寝程度に思われてるんだろうか。
元の世界も大事だけど、こっちの世界の出来事も当然大事だ。あたしが今を生きる為に働くのもそうだけど、そもそも二場が言っていた、対価とはなんなのか。あたしの対価が人間の肉体というなら、他の人たちはどんな対価を要求されたのか。何より、キアラは……生きているのか?あの言い方ってもう死んだかのような言い方な気がしてならない。
〔南懐〕に住みだしてから半年。つまりあの解散から一年。この世界に来てから一年一ヶ月。
突如歯車は回り出した。




