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不条識な狼の理4

♗04


 ふっと気がつくと、大きな掲示板の前にいた。


 掲示板……といって良いのか。ここ自体がなんだかわからない。まず目の前の掲示物の壁と、天井まではぱっと見、三メートルといったところ。

 あたしは掲示板の前に立っていて、左右どちらも通路になっている。

 壁はレンガ張りで、床もレンガ張りでら砂や苔が混ざっている。

 通路自体も幅三メートルはあるから、そんなに閉塞感は無い。

 空が見えるわけでもないないのに、天井まで覆われたレンガ造りのここで、しっかりと光源があるのは、壁一メートル毎にしっかりと松明が着いている事だ。光源が設置してあるというか、壁に埋め込んであるスタイルだ。

 ご丁寧にも、目の前の掲示板には書いてある事がしっかり読めるように、松明が多めに設置してある。

 掲示板の内容はこうだった。




   ▲

 超ウェルカム!みんな楽しんでね!

 ここのダンジョンゲーム【ミノタウルス】の説明は超簡単、ここは大迷路だよ!こわーいモンスターや罠が沢山あるから、怪我や餓死に注意してゴールを目指してね❤

 ふるいにかける気ではあるけど、殺す気っ訳でもないから、生存できる条件もちゃんと用意してあるよ!休憩所や、お薬や食べ物、お洗濯出来る場所とか用意してあるので、賢く使ってね!

   ▲




 そして、二場のそっくりのデフォルメされたキャラがピースをしている絵で締められている。

 うーん察するに完全にダンジョンゲームってやつの模倣だ。

 あたし自身は全然ゲームとかやらないんだけど、プログラムの授業の時にヒカミが本気で作ってたからある程度の知識があったのが幸い。


 ちなみに、あたしはヒカミの作ったゲームは難し過ぎて最後までクリア出来なかった。

 そう。ヒカミのゲームであたしはクリア出来なかった。つまりは死んだ。

 ダンジョンゲームで動けなくなるってのはもう死ぬしかない。二場の説明が本当なら死んだら魂は永遠に戻らないで元の世界では植物人間となった肉体だけが残る。

 しかし。このシステム自体、一年前から運用はなされていた。そんな前から運用してるなら、現世ではこの場合、二場の言う壱の世界では一斉植物人間事件とか……そんな話が出ていてもおかしくない。


 駄目だ。分からない。あたしは本当に頭は良くない。こういった事はヒカミとハクスイ担当なんだ。

 えーっとあたしの担当?ムードメーカーかな。

 そもそも、こんな馬鹿げた掲示板も、あたしに至っては偶然が重なって被害者で強制参加なだけだし、死ぬとか本当は嘘な気がしてきた。



 そう。あまりにも現実味が無い。



 魂のなんちゃら測るなら、脳とか心臓に管とかついてそうだけどそんなもの無いし。

 あたしは自分の身を見渡しチェックしたが、先程の介護センターにいた時のまま、制服にスニーカー、そして学校指定のカバンを持っているだけだった。あーあとはさっきかけられた変な黒いネックレスも首から下げてる。

 スマホウォッチも身につけたままだったが、電源は完全に落ちていた。ちなみに先進国では、腕時計型はもう古くて、腕に直接チップを埋め込んで、眼球にそのまま映像情報を写せるらしい。未だにこの型を使っているのは発展離脱国ならでは。

 とりあえず、スマホも使えないあたりとかだいぶ凝った演出だけど、とっと出口を探して帰ろう。やってられない。

 あたしは取り敢えず、何も考えずに右へ歩きだした。

 少し歩くと壁にあたり、また分かれ道だ。右か左。何となく左に進んだ。




 しっかし。

 なんだろうこの違和感。なんとなく気配がする。

 人がいるって訳じゃなくて、かといってオバケなら、イレギュラーな事にあたしならではでオバケの位置はある程度察知出来る。なのにこの違和感。

 そして、やっと違和感の正体が片鱗を出してきた。後ろから、何かが走ってくる。気配、音。

 振り返った時には時すでに遅し、小さな黒い影はあたしに飛びかかり、あたしは派手に転んだ。

 ザッシューと、床のレンガと服が擦れる感覚で、背中が熱いのが分かる。

 ちなみに可愛らしい黄色い悲鳴は無かった。自分でもアホみたいだなぁ思う程度に、『あー』だった。

『あー』ズサーって感じ。




 影の正体は私の肩に乗っていた。転んだ私に覆い被さるように乗った影は、

 犬……?

 と形を認識した瞬間。右肩には熱を帯びた痛みが走った。

 いや、もともと痛かったのかもしれない。転んで背中を擦りむいた事に気をとられていただけで。驚く程に、肩のあたりにゆるゆると液体を感じる。

 突然の展開で理解するのに時間がかかった。

 右肩に鋭い熱と、生暖かい液体がじわっと広がる感触と、覆い被さる犬の口からなにや液体が溢れていて、それがあたしにベトベトと落ちてくる。

 押し倒されて、噛まれて、上に乗られてる。

 犬……じゃなくて狼に。


 と理解した瞬間。

 一気に緊張が走った。あっこれまずいやつだ。逃げようにも、右側が痺れて全然うごかない。

 狼はあたしを見つめ様子を伺ってるようだけど、このままってわけには多分いかない。

 どうする?

 蹴り上げようと、脚をあげた。しかしその躯体は思った以上に小さくて、尻尾を掠めるだけだったか、返ってそれがいけなかったらしい。

 威嚇を超えた、唸る様な声をあげ、第二波、口を開けるとこまで見えた。




 ここであたしは弱虫なのだった。咄嗟に目を瞑ってしまった。

 そして。

 何か叩いたような、バンって音、打撃音。

 乗っかっていた重さが無くなり、一気に身体が軽くなる。


『……あれ?』

 目を開けて体を起こすと、そこには、見覚えのあるジャージとデニムとそして便所サンダルのあいつの姿がだった。

『ヒカミ!』

「よう!危機一髪。まだ終わってねえから、ちっと待ってな。」

 ヒカミは私の方を振り返らず、狼と睨み合いながら言った。

 どうして持ってるのか分からない、短剣を構えて狼の動きを待っている。

 そして、数秒待つまでもなく、狼はヒカミの方へと突っ込んで行き、ヒカミは見事に狼の軌道を読んで、短剣で殴り切るように、振り抜いた。

 狼は声も上げす、血を撒きながら壁に激突した。




『勝った。』

 あたしは思わず呟いた。

「やー待ちな。まだ動くかもしれね。」

 安易に勝ち判定のあたしと違ってヒカミは壁際で痙攣する狼をまだ見ていた。

 やがて狼の痙攣は小さくなり、完全に止まった。

「よし。勝ったな。」

 あたしの方を振り向いて、ヒカミがニッカリと笑う。

 ああ。そうだ。何とか危機を逃れた。

 それとヒカミが来てくれた。なによりも心強い。そうあたしのなかで安堵をついた途端に。

『ってか、ものっそい痛い!!』

 右肩からまだ血止まらなくてまともに力が入らないし、強烈に痛みだした。

「あーそれってね。安心すると痛くなるんだよなぁ。気張ってる時ってそんなに痛くないのに。」

 ヒカミはあたしに近付き、あたしを上から下まで一瞥する。

「肩だけで、他は怪我してないな?」

『うん。あとは転んだ時に、背中擦りむいたぐらい。』

「おっけ。そのまま傷口しっかり抑えてて。壁際に移動しよう。まずは止血しないと。」

 ヒカミはあたしをお姫さま抱っこで壁際に寄りかからせてくれた。

 あたり前だけど、普通体型のあたしに対し、学年一小柄のヒカミに余分な腕力などあるはずもなく。



 このほんの数歩の距離を運ぶだけでも、かなりよろついて、いつ落とされるかヒヤヒヤした。

「おっもいなぁ。君は。」

『普通体型です!ヒカミがめちゃくちゃ小さいだけじゃない。』

「あーそうかもなー。ちょいと止血に使えるもの欲しいから、カバンの中見てもいいかい?」

 いいかい?と聴いてる割には返答を聞く前に、ヒカミはあたしのカバンの中を漁っていた。

 っても、普通に学校カバンだから、救急セットとかそんな気の利いたものなんて入ってない。

 タオルが一枚入ってた気がするけど、短めのやつだ。包帯には出来ない。

「今、生理?」

『へ?何突然そんな質問?』

「いいから。今日明日中に来る予定とかない?」

『無いけど、なんで?』

「おっけ。ならこれが使える。」

 ヒカミがあたしのカバンから出したのは、あの短いおまけタオルは予想通りとはいえ、予想外の生理用ナプキンであったのだ。


『使えるって。いきなり出されると恥ずかしいわね。』

 そんな事御構い無しに、ヒカミはテープを剥いでいく。

「まーまー。下手なもんより、よっぽど役に立つんだよ。これ。」

 ヒカミはあたしの前に座ると、手際よく、あたしのブラウスのボタンに手をかけて、外していく。

 そして、肩の傷口を抑えてる、あたしの手を退けて、ナプキンを滑りこませて、短いタオルで縛ってくれた。

『え?なにこれ?』

「普通のティッシュだと、傷口に繊維が残るからね。こっちの方がよっぽど賢い。あと、生理でも無いのに、ナプキン持ち歩いてるってことは、鎮痛剤とかも持ち歩いてるんだろ。」

 図星だ。


『カバンの前ポッケの中。』

 ヒカミは再度、あたしのカバンを漁り、錠剤を取り出して、あたしに渡してくれた。

「流石に水は持ってきてねえか。」

『この大きさは、あたしは水無しじゃ飲めないよ。』

 ヒカミは、ジャージのポケットに手を入れると、小さいペッドボトルに入った、水をだした。

『え?準備良すぎない?』

「そんな事ねぇ。逆にそれしか持ってないんだ。君がヤバいって言われてこっちの世界に招待される時、ちょうどボンジロウの散歩から帰ってきた時だから、ボンジロウの小便用に持ってた水道水。これしか持ってない状態でこっちの世界に来ちまったもんだから、靴だって、サンダルのままだ。こんな事になるなら、スニーカーで来たかったわ。」

 確かに、事前に狼のいる迷路に入る事がわかってたら、もっと準備すべきものはものはあったのに。突然の身ひとつでここに来るのは随分厳しいルールだ。

 あたしはヒカミからペッドボトルを受け取り、錠剤を飲み込んだ。

「さて。とりあえず。諸々整理しよう。君はアイツから何もらったんだ?おれは扱える武器って名目で、柳刃ぐらいの短剣をもらったんだけど。」

 ヒカミの格好は、いつものジャージとボトムはデニムで腰のベルトで短剣を固定していた。全然どうでも良い話だけど、もし、ボトムもジャージだった場合どうやって持ち歩くんだろう。

『あたしは武器より強いものを手に入れるから、死神に会ったら壊しなって言われてこの変なネックレスつけられたよ。めちゃくちゃ嫌な予感しかしないんだけど。』

 というか、今自分で喋って思ったけど、圧倒的に武器がないと不利な状況じゃない。あんな狼相手に丸腰で挑むって。



「死神とかと露骨に嫌な言い回しだな。とにかくさ、おれも全部を聞けたわけじゃないけど、あの二場ってやつは人間を概念に進化させる為の研究で魂のデータが必要だから、アイツらの言う弐番の世界にこのシステムを構築した。

 かなり危険を伴うので、同意の上ではないと、参加出来ないし、クリアしたら、クリア特典として願い事を叶えてくれる。まあなんでも叶えてくれるだけあって、それなりの魂の負荷でこのシステムは構築されている。

 そんなんサクだったら絶対に同意しないであろう、このシステムに持ち前のオバケが視えすぎる体質のせいで、サクは巻き込まれてしまった。ってのがおれの把握してる話だけど、大体合ってる?」

 確かに。全部合ってる。どうしてあたし抜きで話をしていたはずなのに、この人はこんなにも理解力に長けているのか。

 あたしはうんうんと頷いた。



「なら、問題ない。とりあえず、ゴールを目指せば良いだけだ。と言いたいのだが、スタートから、怪我してる君を見てると、問題ないとは言えないなあ。命懸けってのは多分本当なんだろうな。

 招待状が一人一通まで、そして招待された側にも拒否権がある。この世界は本当に危険。

 ここまで閉鎖的に運営する条件が揃ってるのなら、おれたちが元いた世界でこのシステムが表沙汰にならないのも納得がいく。」

 そして、ヒカミはさらに考えたそぶりで続ける。

「死んだら、魂は永遠に現世に戻らないで、現世には魂が戻らない肉体が残る。

 もしかしたら、現世の植物人間の素性と人間関係を全部調べたらこの世界は表沙汰になるんだろうけど、まだ先の話なんだろうな。招待状のルール聞いた?一人一通とかそんなルールのやつ。」

『いや、あたしはもう最初からヒカミしか思いつかなかったから、先にヒカミに送っておくって言われてちゃって。ルールとか全然聞いてない。』



「そうか。一通しか送れないのに、ルール適応の人を指名されたら、それ以上説明の必要はないからな。

 とりあえず、おれの招待状を誰に送るか、の上で聞いて欲しい。

 招待状を出せるのは、完全に顔と名前を知っていてちゃんとお互いに人間関係が構築されている人。

 つまり本名を知っていてもこちらが一方的に知っている芸能人とかアウトだ。

 それでいくとこの危険な場所に、圧倒的な強さを持った人を呼ぶのが一番という事で、ハクスイの親父さんに招待状を送るってアイディアがあったんだが、それもアウト。

 どうやら、魂のデータを取るのが目的のシステムだから、高負荷時にしっかりデータが出る魂でないと選定から漏れるらしい。

 女は十三歳から十九歳

 男は十六歳から二十二歳

 この年齢ゾーンじゃないと、魂が未熟過ぎる、または完熟していてるとみなされ、選定から漏れるらしい。まぁ例外もあるみたいだけどね。たまに実年齢すごいいってるはずなのにめちゃくちゃ若い人とかいるじゃん。ああいうのは魂がまだ成熟期だから、こちらの世界にこれるらしい。」

 それって、思春期ってことかな?だとしたら、ちょっと遅すぎるけど、解釈的には多分合ってるよね。


『それってあたしアホだから、あんましわからないんだけど、子供はまだ知性的に幼稚だし、大人は何をするにも冷めてたり、諦めてるから、魂の測定やらなんやらには向いてないって事?』

 というか、この状況下でヒカミは二場にここまで質問してくるあたり。やはり主人公的なセンスを感じる。

「まあー平たくいうとそれで合ってるんじゃねえの?

 よく厨二病って言うじゃん。あながち間違ってないんだよねあれ。意味わかんない方向に全力で振り切れるじゃん。んで思わぬ結果やら、思わぬ成長が得れるのは間違いじゃない。」

 十五歳のヒカミがこんなにも達観した発言をする事に驚いたが、いつもあたしより頭の回転が速くて物事をよく見て冷静な判断力を持ったヒカミなら、たった一つ年齢が下の子ですらそう映るのには仕方ないのかと納得した。

「まあ、年齢制限はおれの方からでも理解出来る。問題はもう一つの選定条件。魂の転成回数だ。」

『なにそれ?いよいよわかんなくなってきたよ。』

「いや。多分普段から視える君の方が分かるよ。」

 即答されたけど、あたしにはヒカミの言ってる意味が分からなかった。



「ヒトの魂は一度死ぬと、また魂の器に戻り。そこで再構成され、また現世に放たれる。

 その再構成の際に前世の記憶は消されるけど、魂の本質の経験値は持ったままで、現世に現れるから、魂は成長するんだ。

 おれの魂は十三回目の転生だから、今回で最後の現世らしい。

 ここで死んだら。十三個の構築エネルギーとなって、また宇宙の真理に戻って、新しい魂の核として構成され、た現世で十三回修行させられる。」

 ヒカミの言ってる意味はやっぱり全然分からないけど、あたしはさっきの二場の言う、七回目の黄色い魂という言葉を思い出していた。


「まだ魂の転成回数が三回以下の魂も弾かれるらしい。未熟な魂では万が一であってもクリア率は低いし、良いデータが取れないって。

 慈善事業でやってるわけではないから、そんなに門は広くしねぇ。だとよ。」

 まあ、たしかに、一つの魂の肉体をこっちに作り出すだけでもそれなりの労力だと言っていた。

「それで言うと、魂が何回転生してるかなんて、おれにはわかんないねぇから、この招待状を書いてみたところで、本当に届くのかどうか分からねえよな。」

 確かにヒカミの言う通りだ。

「なーんてね。そんな事うだうだ話してたたら、またきたよ。」

 突然ヒカミが言い出したので何を言っているのだろう?と思っていたらヒカミはまた短剣を握りしめ、新たに現れたと思われる狼と対峙していた。




『ヒカミ戦えるの?』

「さっきの見たろ。おれも強いし、あの狼もボンジロウより全然っ遅い。君もまだちゃんと血が止まった訳じゃないから、そのまま座っててくれ。」

 ボンジロウより全然遅いって言うけど、もうそれに至ってはヒカミがボンジロウを英才教育し過ぎたと思う。だって、傍から見て小型犬であの運動能力って異常としか言えないし、そのボンジロウと一緒になって散歩という名のランニングをしているヒカミも異常な能力なんだから、そりゃヒカミは狼より強くても何一つ間違ってない。

 あたしも肩の怪我からして動がない方が良い事ぐらいはわかったので、ヒカミに任せる事にした。

 狼はまた先に動いた。ヒカミに一直線に飛びかかる。

 あたしなら多分避けるのも怪しいぐらいの勢いなのに、完全にヒカミは軌道を読んで、狼を一線に切りつけて、血を撒きながら狼の躯体は、私の直ぐ横に着地した。



『ひっ……!!』

 かろうじてまだ動く狼を、ヒカミは狼の頭を思いっきし便所サンダルで踏みつけて。そして、狼は動かなくなった。

「うわ。足になんか着いたわ。全般的に返り血が厄介だな。服が臭くなりそうだ。」

 ヒカミが顔を擦りながら言う。多分顔に血が飛んだんだろう。

「今ので決めた。ハクスイを呼ぶ。」

 ヒカミはデニムのポッケから一枚の紙を取り出した。

『え?もしかして招待状ってそんな感じなの?』

「ああそうだ。間違って鼻かんじまいそうだろ。」

 たしかに、その辺の紙のなんの代わり映えもない。A4のコピー用紙ような紙であった。

 ヒカミは、狼の死体に近付き、血を指で取ると、そのまま紙に文字を書き始めた。

『え?あたしペン持ってるのに。』

「よく考えてみろよ。呼ばれた時のミテクレでこっちに召喚されるんだぜ。ペン持ってる時にこっちに来れるとは限らない。これで招待が出来ないのなら、このシステムの根本的な脆弱性が問題になる。」



 脆弱性なんて普段使わないような難しい言葉を言いながら、狼の血で書きあがった、[白水京香]と呪いのような紙を完成させた。

 すると。

 その紙は音も無く、砂になって消えた。

 あたしとヒカミは黙ってそれを見ていた。

『届いたっぽいね。』

「ああ。でも参加するかどうかはアイツの自由だ。ただ、アイツはアイツでメリットはある。本当に願いが叶うなら、アイツの願いは決まってるだろうし。

 おれとしては、一人ならもしかしたらクリア出来るかもしれないけど、君を守りながら進むには、アイツの力は必要。人としては糞だけど強さだけは本物だからねあの女。」

 ヒカミはさらっと言ったけど、あたしは一人ならクリア出来るかもしれないって言葉に傷付いた。

『ごめん。あたしが足引っ張ってるせいで。』

「いや、そういうつもりじゃないんだ。気に障ったならごめん。手負いの君を守るのが難しいんだ。

 回復したら、勿論戦力になるよ。おれよりサクの方が全然体格も良いし。コツさえ掴めば全然おれより強くなれるよ。」



 確かに。ヒカミはとんでもなく小柄なのに、とんでもなく強い。

 去年ハクスイが他校の不良と大きくトラブった時に、積極的に大喧嘩に参加していったせいで、うちの学校から数年ぶりの自宅謹慎処分を食らった程の大物だ。矛盾してるけど、小さな巨人って表現が一番近い。



 本人曰く、自分の身体の限界を理解した上で、プラスアルファで目が良いだけらしいけど、元が血の気の多い人のせいか、経験値が高いってのもあると思う。

 そんな、ヒカミにおれより強くなれるよと言われるのは、全然説得力が無かった。

「しかし、ハクスイはいつ来るのかなぁ。動くならハクスイと合流してからが良いんだ。君の痛みが引いてきた段階でまだ合流出来なかったら少し動くか。」

 痛みと言われて思い出したけど、先程より痛みが引いてきたような気はする鎮痛剤が効いてきたのか。




「なぁ。サク。君はオバケが視えるって悩んでるじゃないか。前世とか見えるのかい?」

 さっき魂の転生回数とか話していて、あたしの方が分かるであろうと言ってきたのはこの話の為だったのかな。

『流石に前世は分からないなあ。たまに前世きっと悪いことした人なんだろうなあって念の色を纏っている人はいるけど、前世が何かははっきり見えないよ。』

「そうか。前も話したじゃないか、中佐の夢を見るって。今日の予行練習でまた中佐の夢を見ていたんだ。

 あまりにもリアルに殺される夢だったから、前世だったのかなぁ。あれって。」

『えっ、中佐殺されたの?』

「ああ。なんかまずいもの指揮してて、軍内部の奴に殺された。仲間を守る為に戦ってたのに、仲間に殺されたんだ。」

 ヒカミの中佐の夢は以前から聞いていた。


 どうやら戦時中で、ありとあらゆるところで指揮を執っていたようで、ヒカミはいつもその夢を見た時は話をしてくれた。

 まるで、連載小説のように英談が進むから楽しみにしていたのに、殺されてしまったのか。

『そうなんだ。』

「でもね。なんか中佐、何も抵抗しないでなんか救われたように殺されたような気もするんだ。なんとなくだけどね。」

 さっきのヒカミの話。十三回目の魂という話を思い出した。

 もしかしたら本当に中佐の話はヒカミの十三回のどれかなのかもしれない。



『ねえ。ヒカミ。二場に十三回目の魂以外になんか引っかかること言われた?』

「十一回目の人生は潜水艦に閉じ込められた後の溺死の話とか、全般的に引っかかる内容ではあったけど、そのおれが十三回目の魂だから、来世は無いよって言われたのが一番引っかかる内容だったなぁ。引っかかるってか少し悲しいっていうか。サクはなんか言われた?」

『うん。あたしさ。呪詛巻きだってよ。』

「また不吉な内容だねぇ。」

『前さ、本家が多分おかしいかもって話したじゃん。爺さん家と墓参り行ったあと、めちゃくちゃ具合悪くなって帰って来た時。

 はっきり見えなかったけど、あたしがオバケ視えるのも関係している、なんか呪いの類があたしにかけられてるのかもって勘付いてはいたんだけど、はっきり言われちゃったからねぇ。呪詛巻きの汚れた血だって。

【狼に愛されるし、狼に嫌われる】って意味深な事も言われたし。』

「狼ね……」

 ヒカミとあたしは同時に、死体になった狼を見つめていた。

 そうえば昨日。



【狼の呪いを受けた孫娘は、満月の夜になると夜な夜な人間を喰って周る】そんな放送を聞いた。呪詛巻きの汚れた血。爺さんは孫を対価にした。狼に愛されるし、狼に嫌われる。

 まあ、ほらまさかね。だから何って。ね。




「ってもおれの溺死ってのは納得だなぁ。確かにあの事件の怖さもあったけど、未だに大浴場とかの水場ですら怖くて近付けない。

 ほら、小学生の時のさ、理科の授業でカエルの観察日記の提出とかもさ、毎回サクとハクスイに桶にカエル入れてきてもらって書いてたじゃん、。学校の浅い観察池にすら近づけないんだよ。

 潜水艦に閉じ込められた末の溺死って、前世のおれスッゲー可哀想な最期だったんだな。」

 あの事件と一言で、あっさりと言った事件。


 うん。この事件があたしとヒカミが仲良くなる直接的な出来事だったんだけど、出来れば無いに越した事ないし、今のヒカミとの関係性を考えればあの事件無しでも、あたしたちは仲良くなれたと思う。





 あたしとヒカミが出会って二ヶ月ぐらい。初夏。

 新聞に載るほどの、水難事故があった。

 五つ上の兄は妹を助ける為にその尊い命を散らした。妹のほうも意識不明の重体。

 そう。これは本当にあったヒカミの話。

 まだ小学一年生って頭そんな良くないからさ。目の前で事が起きないと事の重大さってわからないもんじゃん。

 なのにあたしは何故か、どうしてもヒカミに会いたいと、行った事のない病院にバスに乗って自力で辿り付き。

 病室も分からないはずなのに何故か、ヒカミの病室まで行き……あたしの中では寝ているヒカミに何か話したという記憶しかないんだけど、ヒカミ曰く

「兄ちゃんがおれの手を引いてくれた。目が覚めたらサクが手を握っていた」らしい。

 ヒカミの兄が亡くなっていたという話をあたしはその時知らなかった。あの病室にはヒカミのお母さんとお父さん以外に、ヒカミに良く似たお兄ちゃんがいたのだ。

 ヒカミが起きた時に、お兄ちゃんは、あたしに向かってありがとうと言って、病室から消えていった。

 ね。嘘みたいだよね。





 しかし、この事件の大オチはそれから三年後。

 小学校四年生の時に、ヒカミの母親の姉。つまりは叔母に当たる存在が逮捕された事だ。

 保険金目当てで旦那を毒殺しようとしたとかなんとかの事件で、余罪が出てしまった。

 三年前の海水浴場で姪っ子のお茶に大量の睡眠薬を入れて殺害しようとしたと。

 あたしが視えざるものが視える事より、嘘みたいに恐ろしいのはその現実だった。

 睡眠薬を飲まされて、海に落とされる恐怖を体験した人が水を克服するのは、きっと無理だろうし、本人も分かっている。

 学校のプールの授業は、表向きには体調不良だけど、この事件ばっかりは地元の大人たちはみんな知ってるから実質免除扱い。当然だと思う。

 ヒカミはそんな暗い過去を感じさせないくらい良く笑うし、ものすごい行動力で、たまに危険すぎる行動をとる。裏を返せば、水が一番怖いから、水以外は何も怖くない論理なんだろう。多分。





「にしても、ハクスイ来ないなら進むしかないなぁ。肩の痛みはどうよ。」

『うん。だいぶ。全く痛くないって程ではないけど、我慢出来る程度には。』

「そうか。傷口開かないように。なるべく動かさないように。ゆっくり歩こう。利き腕なのが痛手だな。さっき見た感じだと。一番深い部分だけ、縫ったほうが良さそうな程度の傷ではあるし。消毒液と糸と針があればなぁ。」

 まるで医療関係の仕事をしているような発言をするが、ヒカミが医療に関わっているなんて一度も聞いた事ない。

『やめてよ。いくら器用なヒカミでも素人に縫われるのは怖いよ。』

「そう言うなって。おれ上手いよ。ほら、ここ足のとこ自分で縫って自分で抜糸したけど、めっちゃ綺麗でしょ。」

 ヒカミはデニムの裾をまくりあげ。五センチ大の傷口を自慢げに見せてくる。えっと。

『何、自分で縫ったって。』

「へ。そのまんまの意味だよ。病院いくのめんどくさて。」

 うん。ちょっと言ってる意味が分かんない。


「ほら、子供の頃さ。まだハクスイとつるむ前に、おれがガラスに突っ込んだ時あったじゃん。壁にめり込んでるのはオバケだけ理論の日。

 あの時さ。サクが先生呼びに行ってる間に、おれマジであんだけガラスぶっ壊したから、めちゃくちゃ怒られると思って逃げたんだよね。

 掃除用具入れに隠れてたんだけど、その移動中も全然血が止まんないから、ヘンゼルとグレーテル状態さ。

 だからあの後病院で、自分で治療出来る力を持っていないと、いざという時にバックれられねーって思って。もうさ。医者がおれの腕縫うとこ必死に見て覚えたよね。痛いから見なくて良いよとか言われたけど、こんな事学べる機会今しかないって必死こいて見て覚えたよ。」


 なんて事だ。いくらヒカミとはいえ、あたしは完全に言葉を失った。

 ってか。あたしも子供の頃の記憶で曖昧だったけど。ガラスから自力で腕を引き抜いたヒカミが何故か掃除用具入れにいたのも言われて思い出した。その所為で警察沙汰になったんだった。だって普通に考えておかしいでしょ。大怪我した子供が掃除用具入れにいるって。誰か第三者が関与した事件じゃないかって疑いがかかって、学校にも警察が来たんだった。あたしはヒカミが死んじゃうかもって大泣きした記憶で全部持ってかれてたけど、よくよく考えたら、この目の前の可能性しか秘めていない餓鬼は問題を大きくしてる。


「な。だからもし、ちゃんと清潔な場所とモノが確保できたら、サクの傷も縫ってやるよ」

『あっ、うん。ありが……とう。』



 本当に思うけど、ヒカミもハクスイも大胆不敵といか、怖いもの知らずというか、毎回やってのける事がすごい。なんでこの二人が親友なのか度々分からなくなる。この二人はいつ見ても主人公キャラであたしは完全にサブキャラポジションなのに、いつだって二人は当たり前のようにあたしを呼んでくれる。端から見たら、なんでこの三人の組み合わせなんだろうってみんな思うんだろう。あたしだってそう思う。

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