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不条識な狼の理37

♗37


 こんなにも長い夜は初めてだった。


 ごきり。という鈍い音。骨格が軋む音が今度は左足から響いた。

 凄まじい痛みで反動のように咳き込むと吐き出したものが、ただの吐瀉物ではなく、血であることぐらい、この暗さでも見える。


 今度こそ、あたしはあたしでなくなるのかもしれない。

 喘息のように喉が鳴り。何がどう、説明つかない程度には痛い。痛い。いや痒い。気持ち悪い。全身の血管を虫が這いずり回ってるのではないかとヤク中のような表現だが、そんな気になるくらい、関節部は痛痒く。手足の爪先、身体の末端に当たる部分は切断されたかのように痛い。割れるように痛い。


 先程から、自分が声にならないような呻きをあげているのは分かる。しかし、本来女性の呻きってどっちかといえいば、喘ぎに近いような、もっと絞りだしたような湿っぽい声が出るはずなのに、あたしのそれは程遠く。犬の威嚇のような低いがなるような呻きがずっと漏れている。呼吸に合わせて、短く。何度も犬の威嚇のような声が漏れる。



 左手は、違う。左手も。



 もうあたしの知っているあたしの手ではなくなっていた。灰色の獣毛は、どこまであたしを覆っているのか把握こそ出来ないが、左手はもう完了したようだった。

 いつ。終わるんだ?本当にもう全身狼になってしまうのでは?さっきから少しずつ、自分の身体がなくなっていくのかが分かる。痛い。


 もう。あたしが限界だった。意識が朦朧とする。痛い。でも、今飛んだら目が覚めた時には完全に人間ではなくなってる気がする。それは嫌だ。痛い。

 そうか。今まではあの首輪のおかげでこの侵食が止まっていたのか。呪術と科学の合成で細胞単位で組み替える。って話。だとしたあの首輪はどう考えても呪術なのだろう。

 呪術と云うワードで思い出した。あたしは妙なものを首からぶら下げていたはずだ。

 死神と出会ったら割るように言われたこの妙なネックレスを。

 右手で、ネックレスを引きちぎると、右の手の平に限ってはうっすらと肉球のようなものができ始めていた。もう本当に狼になるのね。このままだと。


 ペンダントトップを勢い良く叩き割ると、小さく折りたたまれた紙が出てきた。

 その紙を、広げると、見覚えのあるアルファベットと楔形文字の中間をとったような何か呪文のような文字が書かれていた。見覚えが……



 思い出した。これはあの首輪に刻まれていた文字だ。

 と同時に、あたしはなぜか、歩の刺青の腕を思い出した。よって今はこれしかないというアイディアは出てきたが、そんなに進んでやるような事ではない。でも仕方ない。それしかないのだ。


『ああああ。腹括るよもう。え?低いんだけど。』


 思わず独り言。そして自分の声が思った以上に低くなったことに驚いている。

 腹を括ると自分で自分に宣言したあたしは、とにかく痛む全身を、気力だけで動かし。服を破り、この紙に書かれた呪詛を、まだ人間の皮膚が残る腹部に爪で彫り始めた。

 本来ならめちゃくちゃ痛くてすぐ辞めるんだろうけど、もう十分に全部痛いので、今更切り傷ぐらいどうってことない。全く痛くないといえば嘘になるけど、全然耐え切れる痛みいうのが一番適切。

 どんどん血が出て、どこまで書いたのか分からなくなる。そして、ぐらんぐらんと視界は揺れ、意識が遠のく。


『ほら頑張れよ。次で五文字目だから。もう少し。』


 もはや、自分の意識を保つだけの無駄な独り言。


『ああもうー痛いーかゆいーあーもうあああああーーあーあー』


 飛ぶ。本当飛ぶ。


「なんで、あの時、ハクスイはあたしが処女だってバラしたんだよー恥ずかしかったんだよー」


 あと一文字。


『なんでヒカミはあたしをかばって死んだんだよーバーカバーカ。許せないー一発ぶん殴るー』


 最後の一画。


『終わった!寝る!』




 飛んだ。

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