不条識な狼の理22
♗22
一時間くらいしたら調査隊三人は帰って来た。
あたしはまあまあ右足も少しまともに動かせるようになった頃で、ヒカミに至っては寝ていた。やっぱりこいつ睡眠時間異常だ。今に始まった事じゃないけど、油断するとすぐ寝る。
「報告会と会議としたいが、ヒカミも爆睡こいてるし、キアラも疲れ切ってるからなあ。おい狼、ちょっとスパーリングだ来い。」
あたしは歩に連れ出されて、スパーリングとやらをやらされる事になった。あとで知ったけどボクシング用語で練習試合らしい。
動いて良い範囲はここからここまでと指示を受けて、取り敢えず喧嘩のつもりで歩に殴りかかれば良いらしい。あたし多分相当腕力上がってるはずだけど、本気でやって良いみたい。まあ元ボクサーと言うぐらいだから、あたしはレフィリーにキアラを迎えて、三分ぐらいの殴り合いが始まった。
結論から言うと。あたしはこの力を全然使いこなせてないし、歩がめちゃくちゃ強い。ありえない。
左利きの歩の攻撃は主に左から来るから、あたしの狼側である右半身にボコスカ当たる。まあ歩も、気を遣って人間側の半身にあまりダメージを与えないようにしてくれたんだろうけど、こっち側でも痛いものは痛い。腫れてる。ただでさえ、右半身の方が一回り大きくなってるのに、腫れたせいでさらに大きい。
本当にさ、ヒカミもハクスイもどうしてこんなに痛い思いしてまでして大喧嘩したりするんだろう。理由がどうであれ、殴られると痛い。喧嘩は痛い。どうして、あいつらは異常だ。痛い。本当痛い。
「狼の今の体は、スペックは誰よりも上なんだよ。なのに全然使いこなせてない。目がダメだ。動体視力が全然だから、反応がまるでダメだ。明日からお前は目を鍛えるトレーニングだ。あと右足ももうチョイ早く動かせるようになれ。」
歩先生にボロクソ言われながら、あたしはこの全員集合のテーブルに席ついた。
ええと。次は何だっけ。ああそう。身体の休憩がてら、先ほどのミノタウルス視察の報告会。これが終わったら、歩は次はハクスイとのトレーニングに入るって言うんだから、どんだけ体力あるんだよこの人。
「すまん。おれがガチ寝してたせいで、先に違うことしてたみてえだな。気を遣わしちまったな。」
「おう。お前本当に起きねえんだな。」
歩が呆れたように言うが、ヒカミの過眠は筋金入りだ。あたしは何度ヒカミの遅刻を起こしに行ったのか数え切れない。ボンジロウ飼い始める前までは本当に週一回で起こしに行ってた思う。ボンジロウが来てからは、ボンジロウが朝ごはん欲しさに、ものすごい勢いでヒカミを起こすようになったから、あたしが起こしに行く回数は月一に減った。
「まあとりあえず、ミノタウルスに関する報告と、キアラの使い道に関して話す。」
使い道って表現。ちょっとそれはって思ったけど、悪びれた様子が一切ないので、歩はこういう人なのだ。
「アタイとシラミズでキアラを守りながらの行動かと覚悟して、まあぶっちゃけシラミズの人を守りながら動くスキルがどれほどあるのか確認したかったのもあったのだが、予想外なことにキアラはめちゃくちゃ足が速い。」
この見た目。このキャラで?
「あ……なんていうか。わたし、弱虫なので逃げ足だけは多分速くって。」
「いえ。キアラの足の速さ、本当になんで今までなぜ美術部なのか不思議なほどよ。私も歩も、最初の襲撃でキアラが走って逃げ出した時、追いかけるの本気で大変だったからね。」
ハクスイが走って追いつくのが大変ってことは、キアラは本当に速いんだろう。何せハクスイだってスポーツ万能だけじゃなくこの身長だ。めちゃくちゃ速いのだ。そのハクスイが追い付くの大変なら、途中に守ってくれた親友と逸れた時も、この迷路で生き残れたのも、敵が出た時に逃げ切れる脚があったからこそと考えれば納得がいく。
そして、今、ハクスイが美術部と言っていたが、この少しの調査時間の間に、あたしの知らない情報が新たにハクスイに公開されていることから察するに、キアラとハクスイの距離が少し縮まった気がして、少し不安になる。
「まあ、だから今後のミノタウルス討伐作戦において、彼女の俊足は作戦の一環として使えるわけだ。」
討伐において足の速さが必要というのはどういう事かと。
「そして、キアラの凄いところがもう一つある。観察眼と画力だ。」
歩がそう言うと、キアラは絵が描かれた、一枚の紙をテーブルの上に置いた。一同がその絵の描かれた紙に注目する。
これがミノタウルスの絵なのであろうとすぐに直感した。ヒカミに教わった通りの上半身が牛で下半身が人間のフォルムをした魔物の絵であったからだ。ただ予想外なのは、その魔物は甲冑で覆われてたことと。
絵がめちゃくちゃ上手いことだ。
いや、普通に考えてみて。甲冑に覆われた、牛人間の絵を描いてください。ってなった場合。甲冑の時点で、中に何が入ってるのか分からない絵を描くと思う。なのに、この絵に至ってはまるで写真のように、写実的過ぎて、甲冑を着ているのに、上半身が牛のフォルムで、頭とか顎の形も牛の形を模して綺麗に甲冑が描かれているのだ。
「おい。これキアラさんが描いたのか、美術部っても。上手すぎじゃないか。」
「いえ。美術部ってよりかは、職業柄、紙とペンは常に持ってるって言ったじゃないですか。あの、なんていうか……同人活動で漫画を描いてまして。」
これは驚いた。あたしはミノタウルスを見たわけではないけど、きっと凄まじい模写力なんだろう。
「多分。アタイたちがあの場でミノタウルスを覗いていたのは五分ほどだ。たったそれだけの時間で、ここまで細部まで覚えて絵に起こせるのは、本当に、キアラが凄いのか、その同人とやらが凄いのか。まあとりあえず、キアラのお陰でこの会議が出来るわけだ。」
歩が喋ってる間にも、キアラはもう一枚、紙を出し、ミノタウルスの隣でまた何かを描き始めてる。
「見ての通り。奴は全身甲冑で包まれている。シラミズがいくら凄腕でも、まず斬撃は通らない。アタイの持ってる拳銃も小型のコピー型の粗悪品だから、この甲冑相手じゃ逆に弾が跳ねて危険だ。普通に考えたら絶対に倒せない相手だ。」
「なるほど。このキアラさんの絵を元に、ここの関節部が甲冑を無視して攻撃できるから、ここを狙う訓練って事か?」
ヒカミがミノタウルスの、関節部分を指差して言う。確かにその部分は甲冑で覆われていない。
「さすがだな。良い筋は言ってる。しかし、分厚い牛皮と筋肉骨が的となると、狙って入ったとしても致命傷にはならない。刀と小銃ってのは、あくまで対人と対小動物だ。熊はギリギリ倒せても、マンモスは倒せねえだろ。甲冑牛男もマンモス規模の防御力だ。」
マンモスを見たことも戦ったこともないけど、歩の中では、マンモスとミノタウルスは同じ強さらしい。
「なるほど。そりゃ、誰かを生贄にして、食わせてる間に生き残りでゴールに向かうのが公式から出される攻略法になるわけか。確かに難しい。」
「そこで。これだ。」
ごとっと無機物な音を立て、歩はテーブルの上に何か置いた。
拳大の大きさの。松ぼっくりのような、映画でしか見たことのない。
「手榴弾だ。」
あたしと、キアラは咄嗟に椅子から立ち上がった。
「待って待って待って待って。初めて見た。」
キアラが待ってと騒ぐのと正反対に、その手榴弾を手の上で転がして遊び始めた……ハクスイが。
「大丈夫。キアラ。ずっと待ってるから。」
いや、何か全然会話成立してない。
「おれも触りたい。」
ヒカミも目を輝かせながら、ハクスイからそれを受け取る。何で怖くないの!!!!?????
「思ったよりも軽いんだな。一個しかねえの?」
お願い。りんごみたく無駄に上に投げて遊ばないで。
「そうだ。一個しかないから作戦が重要になってくる。」
一個で良かった。複数だったらあたしはあたしが足りなくなる(?)
「まあ作戦を一言で説明するなら。この手榴弾を、奴の口の中に突っ込んで爆発させる。ということだ。」




