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不条識な狼の理21

♗21


 一時間ほど経ったけど、三人が帰ってくる気配はまだなかった。こういった時に状況を確認することも出来ないというのは、あたしたちは携帯通信設備という随分便利なものに甘やかされてきたのだとも思う。


 ヒカミはベッドに入り、破けた袖のジャージを縫って、あたしは歩の指示通り、歩行訓練をしていた。真面目にサボらないで頑張ったお陰かさっきよりかはだいぶマシになった気がする。多分そろそろ二足歩行で走る事も可能なのでは。


「まあでも最初に壊れるのはハクスイだろうなぁ。」


 壊れる。とはまた妙な表現でヒカミが切り出した。


「だって見たろ。キアラさん。」


 ハクスイとキアラの話ってことは。なんとなくあの一瞬でも二人が仲良さそうにしてたことだろうか。だとしても壊れるって。


『まあ確かにお互い気に入ってる感じはしたけど。』

「違う違う、気に入ろうどころじゃない。ほらサクは副部長覚えてない?いや剣道部だから、副将か、あのハクスイと小学生の時からずっと一緒に剣道部続けてたあの子。」


 ああ、たしか男っ気の一切ない。ザ真面目で少し地味なあの子。表では真面目ぶって裏では手癖の悪さは天下一品のハクスイとは真逆のような人が確かいた。あたしの中ではたまに廊下で避けられる程度の接点が無さすぎて影の薄い眼鏡ちゃんのポジションなんだけど。


「サクは気付いて無いだろうけど、アイツ副将の事をマジで好きだったっぽいんだよな。やーその片思いを埋める為の手癖の悪さもあったんだけどさ。」


 いつもながら、あたしはヒカミが何故今副将の話をしているのかがわからない。


「よく思い出してみなよ。副将の方は眼鏡だったけど、副将が眼鏡外したらキアラさんとそっくりだよ。」

『あ……』


 言われてみればそうだ。完全に陰キャラ眼鏡でしか映像が出てこなかったけど、確かに眼鏡を抜いた顔を想像すると似ている。


「あの三日に一回は誰かと寝てるんじゃねぇっていうクソゴミアバズレが、こんな閉鎖空間で、自分の好きな子と凄く似てるやつと一緒にいて純粋な関係性を保てる?」


 ヒカミの言い方は本当に酷い差別用語だけど、本当にフォローのしようがないほどにハクスイの手癖の悪さは異常なのだ。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能の主人公のような完璧な彼女は、表の顔であって、あたしらが普段接してるハクスイはクソみたいな下ネタしか喋らないし、大体の会話はボケで返してくる。そしてあたしらの知らないところで、何人と関係を持ったが知らんが、とにかく手癖が悪い。本人曰く。「どんなに優秀な車だって、ガソリンが無いと走れないでしょう。」なんだけど。かといって気の許した友人の前でのどうしようもない会話と手癖の悪さはガソリンなのかと。


『全然そんなこと考えて無かったけど、なんか不安になってきた。え?でも、ほらさ、キアラもハクスイの事を好きみたいだし、純粋にほら、付き合っちゃえばねえ。』


 どうせ浮気するだろうは置いておいて取り敢えず言ってみた。


「そっちの方が問題なんだって。」


 そう言ったヒカミの溜息は深かった。


「いや、いいよ。好きなら付き合えよ。浮気してもバレないように責任取れよ。同性だから、餓鬼出来る問題も起きねえだろうし。おれが言いたいのはキアラさんの言ってる事は全部真実なのか?って事。」

『どういうこと?』

「しかし、嘘を付いている様子は無いんだよ。

 でも明らかに話がおかしい。親友に刺された。刺された傷は何故か治っている。そして一番気になってるのが二場派である事なんだよ。

 歩はああいった性格だから、狼になって力を手に入れたって前向きにすぐ判断するんだろうけど、あんなにおどおどしたやつが、サクが狼になってるのを普通に捉えるのはどうもおかしい。かといえば別段後ろ向きでもない。普通の人間なら飲み込めない事実としてあるはずなのに彼女に限っては、納得してるんだよ。完全なる二場思想で。

 おれたちがアンチ二場派に対し、それを諌める訳でもなく、二場の思想を吹き込んでいるんだ。

 確かに俺もあの後は二場が悪いやつじゃないのかって考えも出てきたんだ。

 二場は、二場の中の正義で、人類を考えて人類を進化させようとしている。その一環でこのシステムも構築している。」


 あたしたちはこれだけの事をされたのに、二場は悪ではないという発想。





「例えばだよ。とある村で疫病が発生しました。

 一人を人体実験すればワクチンが作れるかもしれない。

 でもその判断を躊躇っていたら、村は全滅しました。

 そうなった時に本来の正解はすぐに一人殺す判断を下してワクチンを作る事にある。

 二場がおれらにやってることがまさにソレな気がしてならないから、おれらが何されようと、それは広い視点で見た時に善行となる。」


『じゃあヒカミは、今あたしたちがこれだけ辛い思いをしてるいるのは、本当の善のために仕方ないって事?』

「まあ、視点によってはそうなってしまう。でもな。これがどんなに正しい事であっても、次二場に会ったら絶対ぶん殴る。

 まあごめん。二場の倫理観の考察は今じゃ無いな。

 おれが言いたいのは、キアラさんは本当に仲間で良いのか?

 下手したらハクスイが籠絡されんじゃねえかって。

 現実世界でめちゃくちゃ片想いだった人が、完全なる二場思想で突然仲間になってくるって違和感がありすぎる。っても本当に顔が似てるだけだから、偶然の可能性もデカイんだけどな。」


 あたしに、そこまでは考えになかった。というか、歩ともまだ出会ったばかりなのに、歩の方はすぐ信用できても、キアラの方はまだ信用出来ないというヒカミの観察眼はやはり、あたしにはない視点だ。


『もし、キアラが敵だった場合、どうすれば角を立てないで、ハクスイをこっちに戻せるかな。』

「唆られる匂いの君が、ハクスイと寝て解消させてやれば万事解決だ。」

『嘘なのか本当なのかわかんないから怖い。』


「まー半分嘘で本当だな。おれの中で白水京香さま三つの名言語録に

 一、浮気ってのはバレなければ浮気じゃない

 二、隠毛が生えそろったら発情期

 三、異性のセフレは身体だけだけど、同性のセフレは、セックスもする友人って意味であって、身体だけの関係ではない

 ってのがあってね。」


『多分世間的な認知は一だけで、残りの二と三はぶち飛んだ発言だ。』

「二には続きがあって。だから、私の初体験は十歳だと続く。」


 きっついなソレ。純粋にはえーよ。


「だから、君がこの三番の名言通りになれば、きっとあいつは他の人と、不用意に込み入った関係性にはならないよ。」

『いや。マジで無理。なんか癖が怖そうだし。』


 ああもう。仲間内に下の世話心配されるってなんだよあいつ。それでいて、学校じゃあ、あのキャラを崩さないから色々許せない。

 ヒカミを見ると、いつの間にジャージは縫い終わり、他の布に手を出して、また何かを縫って作り始めていた。

 ハクスイはハクスイであれだけ厄介な個性ってか設定があって、スペックも高い。対しヒカミもとんでもない高スペックだ。異常な小柄さのお陰か、異常な身軽さで、敵を翻弄する。この場合の敵はあたしが一度だけ見た事のある、あの集団リンチ事件の喧嘩の話なんだけど。

 そういえば、ボンジロウの散歩ついでに公園でバク転の練習していたら、忍者ショーのバイトにスカウトされて、それでカラクリ村のヒーロー業火丸になったという経緯がヒカミにはある。

 加えて、この手先の器用さだ。猿は知性が高く身軽で手先が器用とはいうけど、まあとにかく、あたしの親友二人はとんでもなく高スペックだ。

 対し、あたしは……



 何ひとつ取り柄のなかったあたしに、この大きい対価の右半身の怪力は、やはり二場が何か意味を持たせて付随したものなのだろうか。

 色々考えても、頭の悪いあたしには答えなんて見つけられるはずはないので、マイナス思考は捨てて、とりあえずこの力を使いこなせるように、歩行訓練を続けた。

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