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不条識な狼の理10

♗10


 身体が揺れるような違和感を覚えて、うとうとしながら目を開けた。

 何もかも意識がぼーっとする。揺れるというか運ばれたというか、自由の効かない身体で目だけをぐるりと回して辺りを確認すると、蝋燭の火が目に入った。



 あれ?ここは学校じゃない。卒業式じゃない。はて、蝋燭?



 目の前、数メートル先に蝋燭。薄暗いが灯されたのが一つだとしたら、疑問が湧く程度には明るいので、視線を足元に方へと向けるとそちらにも蝋燭が見える。

 とにかく起きようと、身体を傾けようとしたが、ここであたしは自分の身に起きている重大な異変に気付いた。





 ……え?

 そして声すら出せない事に気付く。



 もう一度確認のように動こうとすると、やはり現実は無情で事実は変わら無い事を突きつけられる。




 あたし、縛られている。




 腕も、足も。そして、口からはダラダラと涎が落ちるように舌を押さえられ猿履が嵌められているのだ。腕に至っては後ろに回されて、手首から縛られてるみたいで起き上がるは愚か、まともに寝がえりも打てないので土壁の床に転がされて抵抗しなくとももう既に身体が痛い。

 何故こんな事に?とにかく回らない頭で情報を集めようと視線を頭頂部の方へと向けると、あたしをこんな人質にした犯人はそこにいた。

「お目覚めだね。樫山さくらちゃん。」



 返答に皮肉でも返してやりたくても、そんな声すら出なかった。

 自称モブキャラの佐竹であった。

「っても返答も出来ないからね。それだと。僕の方から一方的に説明するよ。」

 そう言いながら、佐竹は無駄に私の周りをくるくると歩きながら、ゆっくりと解説を始めた。

「先ほども軽くは説明したけどね。僕は主要モブキャラだ。よって君の情報も、手に取るようにわかる。

 例えば君がサクって呼ばれてる事も。その大事なあだ名も憧れのヒカミにつけてもらった事も。そして、現実世界の君が、人ざらぬモノが視えるのが悩みで、一族の狼の因果の呪いの血が流れてる事も。一番の被害者は君なのに、君自身は知らない事がほとんどである事も。」

 あたしが多分、爺さん側の家からの何か呪いの類を被っているのは、あたしの親も知らない。呪詛巻き、汚れた血、狼。その辺の謎も、二場言われてやっと知った事だし、曖昧が確信に変わった部分も大きい。

 二場といい、なぜこの自称モブキャラのこいつまで、あたしの知らない事知っているんだ。

 精一杯、佐竹を睨みつけた。



「そう。君も知らない事。君は自分の血が汚れてるのは、知っていたが、まさか狼に恨まれてる事は君だって知らなかった事実だろう?

 君のお爺さんはね。村中から、恨まれたのに、村の人たちへの復讐で何匹も何匹もの狼を殺してそれを生贄にしたのと、自分の息子は可愛いからね。まだ見ぬいつか生まれる孫である君に呪いの因果を繋いで対価として支払ったんだ。その因果で繋がれたのが、汚れた血の君。樫山さくらちゃんだ。」



 対価として、まだ生まれて無かった孫娘を呪いの因果で繋いだ……

 全て初耳だけど、恐ろしく辻褄が合う。

 あたしは幼い頃一度だけ行った、祖父の家が途轍もなく獣臭い事を思い出していた。

 あたしの考えの整理の前に佐竹は続けた。




「今から君の身に起こるのは僕だけの力ではない事を理解してほしい。

 僕は、科学的根拠に基づき、科学の力と、常人には見えざる呪いの力を合成応用するだけだ。」


 呪いの力と言われて、あたしは周りの蝋燭の法則性に気付いた。何か円を描くように均等に置かれているのだ。

 そして、無数の飢えた狼に囲まれている事も、この狼はあたしにしか視えていない事も。


「さあ。不確かな見えない呪いの力も、僕の物理的法則、医学的根拠の前には証明される。

 今から君に投与する薬は劇的に細胞分裂を早めて、脳内のシナプスを活性化させる。これで脳のリミットが外れる。」



 解説が終わるや否や、頭を髪の毛から掴まれて振り払う前に首に鋭い痛みが走った。


 刺された。


 首を刺された。いやナイフとか刃物じゃなくて、針だ。切れ味の良い針だ。ああこれは全部悟った注射器だ。





 一気に心拍数が上がる。





 嫌だ。止まんない何が起きる。壁が広がる。天井が広がる。狼が一斉に私に襲いかかる。しかし、少しも動けない。何も出来ない、痺れる動かない。

 どっくんどっくんとものすごい爆音で心臓が鳴ってるのがわかる。嫌だ。酸っぱい。吐き気。咳き込む。縛られた口元に胃液だけが漏れる。びちゃびちゃと短い嘔吐音。あれ?狼は狼は?心臓がうるさい。



   ◆



 何処だ?此処。

「確かに君の仮説は興味深い。学者ではなく作家という人間の発想の方が余程真実に近いかもしれない。しかし、突然人間が肉体を捨てて概念に進化するなど、人間は納得するのだろうか?」

 白衣の男。研究室?本とパソコンと、複数の試験官が置いてある。

「ああ確かに無理だな。絶対無理。みんな怖がるだろ。オバケも同じで基本的に知らないものを恐れるからね。人間という生き物は。肉体を捨てるという選択は今の世代の人間には出来ないよ。早くても二千年後の話だ。その早くて二千年の最初の一年がこのシステムの運用だ。」

 ああ。この声は知っている。数時間前に会話した。二場三命だ。確かに赤い髪をしている。和服で、椅子に腰掛ている。

「魅力的な話ではあるけど、僕は協力出来ないなあ。如何せん僕にメリットが無さすぎる。」

 その二場と会話をする白衣の男は佐竹のようだった。

「おいおい。そんな事言うなって。ケモナーのロリコン百合ばっかりの薄い本趣味なのぐらい知ってるぜ。」

 そして、二場は複数ある試験官の一本を取り出して、覗き込んで。その試験官越しに佐竹を見据えて言う。

「なあ。呪いの狼の血の少女の話興味無い?」



 ニタリと笑う二場の眼付きはまるで悪魔のような死神のような嫌な顔だった。



   ◆




 今度は何だ?

 唄が聞こえる。


 

 煩い。うるさい。五月蠅い。この唄は聞いてはいけない。聞いたら死んでしまう。

 耳を地面に擦りつけて唄が聞こえないように。



 血と泥の匂い。獣の匂い。天井が高く高く広がる。あたしは空を飛んでいる。そんな事ない?では、この浮遊感は?

 ああまた吐き気。震える。痺れる。あ。

 怖い怖い怖い怖い怖いしぬのは、こわい



 あたしはどうなる?あたしじゃなくなる?

 痛い怖い気持ち悪い痺れる。血生臭い。

 狼はあたしのかおのみぎはんぶんを食いちぎって食べていた



 声とはまた違った。感情が直接流れてくる。イメージで〔彼〕の心の声を感じ取れた。

 低い視界で山の中を進む。川の水を飲む映像。

 手で救って飲むわけではなく、顔を直接突っ込んで。そして夕闇の空へ向かって、遠吠えが聞こえる。否、私の視界から発せられている、遠吠えが。誰か、誰かと呼ぶ悲しい声が、



 ああ、誰か

 誰か、

 あたし、独りになっちゃう。こんな時いつもヒカミが助けてくれた。



    ▲

 あの人間は誰だ?

 僕は悲しかっただけだ、仲間を恨んでいない。

 ただ悲しかっただけだ、仲間外れが悲しかっただけだ。

復讐じゃない。

 僕の仲間と僕を殺したあの人間は、

    ▲




 また悲しい感情。声じゃなくて感情。

 そして次の瞬間、

「人間、喰い殺してやるよ。」

 確かに聞こえた。右耳から、はっきりと湿った呼吸音と共に聞こえた。

 どっと、土の匂いと、強烈な獣臭。そして血の匂い。夏の動物園で、二日目のナプキン外した時の匂いって表現が一番近い。一気に吐き気が迫り上がる。



 喉から咳き込むと、ああそう、口縛られてるんだっけと、思い出すように、鼻から胃液が出てるのが分かる。酸っぱい匂い。


 自分の吐瀉物の匂いで、先ほどの謎の山と川の風景が、夢でこちらが現実だと引き戻される。

 自分の顔周りがゲロまみれなのと、相変わらず苦しい、そりゃ吐いたなら苦しい、いやでも違くて、まだ心臓がうるさくて、軋むように右半身が痛い。

 そしてまた、周りの蝋燭がぐるぐると伸びる。あたしの身体が浮いている。のは多分気がするだけで、浮いてない。痛い。



 ゴキリ。と妙な音がして、右手足に強烈な痛みが走った。

そして頭蓋骨にも、ヒビが入ったんじゃないか?





        あっ。多分。これ。あたし。しんだ。

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