3、バレンタイン・オブ・ザ・リビングデッド(ステージ2)
慈円多学園のバレンタイン。
それは『カップルから彼氏を奪い取る、過激なサバイバル・ゲーム』だった。
意中の男子の口に、チョコレート・ケーキを当てる事が出来れば、
その女子は『一週間の恋人』になれる。
当然、カップルとなっている彼女は、それを黙って見ている事はない。
高性能のウォーターガンを手に、彼氏に群がってくる女達を倒さねばならない。
ウォーターガンに込められたミント・ジュースを敵に当てる事で、相手の女は失格となる。
今回のバレンタイン公式戦で
「兵太にチョコレート・ケーキを渡したい!」
と意思表明した女子は24名。
美園はこの24名の魔の手から、兵太を守りきれるか?
このイベント、中々にハードなゲームだ。
あたしは当初、このゲームを舐めていた。
呑気に
「じゃあ兵太。体育館に行こう!」
と兵太に声をかけて、一緒に教室に出ようとした瞬間だった。
隣のクラスから女が飛び出して来たかと思うと、いきなりチョコレート・ケーキを兵太に投げつけて来たのだ。
待ち伏せだ!
「うおっ、あぶね!」
あまりに突然だったので、兵太も思わずそれを避けてしまった。
本来なら、男子はチョコレート・ケーキを避けてはいけないらしいのだが。
あたしも急いで肩にかけていたライフル型ウォーターガンを手に持ち替えたが、焦っていたためか、引っかかって構える事が出来ない!
相手は既に二つ目のケーキを投擲しようとしている。
マズイ!
そう思った時、グイッと肩を掴まれ、教室に引き戻された。
兵太もだ。
振り向くと、そこには如月七海がいた。
「何やってるのよ、美園!そんなボンヤリ出て行ったら、イイ的になるに決まってるじゃない」
「え、だって・・・」
「だってじゃないよ。このゲームの参加者はみんな、『女を賭けて戦っている』んだよ。ここで意中の男子生徒にアピールすれば、そのカップルが破綻した時、自分が繰り上げ当選できるんだから」
「でも、それは現在付き合っている女子が『交際終了宣言』した場合でしょ。交際終了宣言をしなければいい訳じゃない」
「わかってないな、美園は」
七海は頭を左右に振った。
「相手の女だって一週間の間に、男子生徒に猛アタックを掛けるんだよ。自分の方に気持ちがなびくようにね。そして一週間経って本来の彼女の元に戻っても、男子生徒が他の女子に心を奪われていたらどうなる?いくら『男子からはカップル解消できない』って言っても、女の方もそんな男は嫌になるに決まってるじゃない。美園は中上君が他の子に心を奪われていても、我慢して付き合うことが出来る?」
・・・うっ・・・
その通りだ。あたしはそんなのは我慢できない。
おそらく別れてしまうだろう。
「わかった?このゲームは『彼氏ナシ女子の敗者復活戦』でもあるんだよ。彼女達は裏では『恋愛ゾンビ』と呼ばれている。ガムシャラに彼氏を求めて食いついてくるんだよ!」
七海のあまりの気迫の篭った説明に、あたしはタジタジとなった。
『野獣』すら越えて『恋愛ゾンビ』か。
改めてこの学園の女子の『肉食性』の強さに驚かされる。
「それから中上君!」
今度は七海は、兵太に問い詰めるように言った。
「さっきのは大目に見られたみたいだけど、男子はチョコレート・ケーキを避けては、絶対にダメ!反則行為で美園が失格になってしまう。このゲームの審判員は、そこら中にいるんだから。」
兵太は目を白黒させながら、コクコクと首を縦に振った。
最早、何も言えない様子だ。
そして七海はもう一度、あたしの方を振り返った。
「おそらくさっきは、完全に教室から出る前に相手が攻撃を仕掛けたから、審判員も見逃したんだと思う。本来は完全に教室から出るまでは攻撃禁止だからね、それから教室内は攻守どちらも攻撃できないけど、同じ教室に二度入る事は禁止されているから。いったんこの教室を出たら、体育館に着くまでは、ここには戻れないからね。注意して!」
そう言うと七海は、あたしの手にハンドガン・タイプの水鉄砲を押し付けた。
「どうせ美園は、イザと言う時の予備の武器も用意してないんでしょ。さ、これを持って行って。ただの水鉄砲だけど、性能は高くて射程距離はそれなりにあるから。それからライフルは常に構えて、いつでも撃てるようにしておかないと」
さすが新聞部兼、最大の学校非公認サイトの編集部員だ。
学校内のイベントの情報には詳しい。
あたしは黙って頷くと、ハンドガン・タイプの水鉄砲を受け取った。
彼女はあたしと兵太の背中を軽く叩くと、教室から送り出した。
「しっかりね!それからウチのクラスの子でも油断しないで!中上君を狙っている子は、このクラスにもいるかもしれない」
七海の激励の声を背中に、あたしは再び廊下に出ようとした。
廊下の様子を伺う。
さっきの女子は廊下の柱の影に隠れている。
あたしが先に廊下に出る。
もちろん今度はライフルを構えてだ。
これでもう教室には戻れない。
「兵太、あたしの後ろに・・・」
兵太が注意しながら廊下に出る。
すかさず柱の影から相手が出てきた。
だが出てくる所がわかってれば、ライフルで狙いをつけるのは簡単だ。
引き金を絞る。
「ブーン!」
という軽いモーター音と共に、ブルーミント・ジュースが勢い良く発射される。
そして狙い違わず、相手の女生徒の胸に命中した。
「「勝負アリ!」」
いつから見ていたのか、廊下の前後にいた審判員がほぼ同時にそう叫んだ。
「チクショウ!」
相手は小さくそう叫ぶ。
あたしは兵太と並ぶと彼女に背を向け、講堂へと向かう廊下に向き直った。
「ピロン!」
スマホから軽快な着信が響く。
見ると真・生徒会からのSNSメッセージだ。
『バレンタイン公式戦、一年E組・中上兵太、1/24クリア』
あたしはそれを見ると、黙ってスマホをポケットに仕舞った。
*****
その後、あたしはライフル型ウォーターガンを構えて、慎重に廊下を進む。
いつ、どこから敵は現れるか解らない。
うう、あたしは『バイオハザード』系のゲームは苦手なんだよな。
階段に来た。
怪しい。
何かあるような気がする。
だがあまり兵太と離れる訳にも行かない。
後ろから襲われる可能性もあるからだ。
このバレンタイン公式戦では、男子生徒は赤子に等しい。
壁を盾にして、階段の様子を伺う。
思った通りだ。
階段の踊り場には一人の女子がいた。
仁王立ちになって、チョコレート・ケーキを両手に持って待ち構えている。
確かに、ケーキを投げるなら『上から下を狙う』方が有利だ。
そして一発目であたしを狙い、二発目で兵太を狙う。セオリーだろう。
彼女が必ずしも兵太を狙っているとは限らないが、ここは用心するに越したことはない。
あたしはライフルを構えて、一瞬だけ壁から階段に姿を晒した。
すかさず踊り場の女は、あたしにケーキを投げつけてくる。
・・・やはり、敵か!・・・
あたしは身体を翻して素早く壁に隠れる。
その横をチョコレート・ケーキが飛び過ぎて行く。
そして間髪入れずに、あたしは再び壁から飛び出した。
階段に足をかけ、上に向かってライフル型ウォーターガンを放つ。
二個目を投げつけようとしていた彼女に、ミントジュースが命中する。
「勝負アリ!」
階段の反対側にいた審判員の声が聞えた。
敵の女は、ケーキを手にしたまま、憎憎しげにあたしを睨んだ。
・・・悪いな、アンタはもう死んだんだよ・・・
あたしは目でそう訴えかけ、その横を通り過ぎた。
この続きは、明日9月7日(土)9時過ぎに投稿予定です。