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2、夜の渋谷で(後編)

 店内に入ってからは、割とすぐに席に座ることが出来た。

カウンター席で二人並んでだ。


「この辺ってよく来るの?」


渋水がそう聞くと、中上は首を左右に振った。


「いや、今日はたまたま。渋谷は通り道だけど、降りる時は用がある時だけだな」


「じゃあどうしてこのお店に?」


「バスケ部の先輩に『渋谷から東大の方に行った所に、上手いラーメン屋が出来た』って聞いてたから。いつか来ようと思っていたんだ」


「今日は一人で?」


「うん、俺の家は両親とも働いているから、週に一回は一人で外食する事が多いんだよ。家の近くの牛丼とかコンビニ弁当も飽きたしな」


・・・この子も夕食は独りなんだ。わたしと一緒だな・・・


渋水は中上兵太に親近感を覚えた。


 そこまで話した時、注文した鶏白湯ラーメンが運ばれていた。

上には鶏肉のチャーシューが二枚と、豚トロ肉のチャーシューが二枚乗っている。

スープは白く濁っているが、鶏白湯のため豚骨ほどしつこい感じではなく、サラッとしている。

そこに細めの固麺が良く合っている。

 渋水は一口すすった。


「美味しい・・・」


本当に美味しいラーメンだと思う。

今朝から期待していた所為もあるだろうが、内臓に染み渡る感じがする。


「うん、本当に美味しいな。しっかりした味だけど上品だし、鶏油の香りもたまらない」


中上はそう相槌を打って、二口、三口とどんどん食べ進んで行く。


 渋水は逆に、そんな早く食べてしまっては、もったいないように思っていた。

ラーメン自体は美味しいし、それに自分を特別視しない同年代の男子と、ごく普通にラーメンを食べている。

そんなシチュエーションが、とっても楽しく感じられたのだ。


「そう言えば渋水さんは、どうしてココにいたの?」


もう半分近く食べ終わっている中上が、顔を上げずにそう聞いた。


「わたしも晩御飯は何にしようかと、迷ってたところだったんだ。家はこの近くだから」


渋水がそう言ってから、『自分の家の場所』について男に話すのは初めてだと気づいた。


「ふ~ん、そうだったんだ。それでいつもと格好とかが違うんだ」


そう言われてハッとする。


・・・そうか、今日のわたしはいつもの『男を引き寄せるモード』じゃないんだ・・・


「そ、そりゃ、家から出たばっかりだし。ただご飯を食べに行くだけで、お洒落なんかしないけど・・・」


渋水は『ちゃんとした格好をしていない自分』に、恥ずかしいような気がした。

言い訳っぽいとは思ったが、そう口にしない訳にはいかなかった。


「そっちの方が普通の高校生っぽくて、いいと思うけど」


そう言った中上は、その後しばらくまじまじと渋水の顔を見つめた。


「な、なに?」


渋水はドギマギしながら、ちょっと不満そうに言った。

すると中上は渋水から視線を外し、ラーメンに目線を戻す。


「いや、渋水さんって、すごく綺麗な顔立ちしてるんだな、と思って。肌だってキレイだし。みんなが騒ぐのも解るよ」


そして一口、ラーメンを啜る。


「化粧なんかしなくても、十分にキレイじゃない?俺は今の方がいいと思うよ」


中上はごく普通にそう言った。


・・・なに言ってんのよ!あなたなんかに、私の苦労がわかるの?・・・


無言でそう反発したが、『自然の自分がいい』と言ってくれた中上の言葉は、すごく温かい気持ちにしてくれた。

渋水は自分の顔が熱くなるのを感じた。


中上はもうほとんどラーメンを食べ終わろうとしていた。


・・・もっとゆっくり食べればいいのに・・・


渋水はこの時間が終わってしまう事が、どこか寂しく感じられた。


「中上君はラーメン好きなの?」


「うん、かなり好きな方だと思う。『美味しいラーメン屋』って聞くと、とりあえず行きたくなる」


「じゃあさ、これからラーメン食べに行く時は、わたしも誘ってくれない?」


「えっ?なんで?」


中上は不思議そうな顔をした。

渋水は不満げな顔になる。


「何でって、さっきも言ったじゃない。女の子一人じゃラーメン屋って入るのは敷居が高いのよ。だからラーメン食べたいって思っても、中々行く機会が無いのよ」


『特に自分のような人目を引く美少女にとっては』と内心で付け加える。

だが中上兵太にはピンと来ていなかった。


「ラーメンくらい、行きたい時に行けばいいのに」


「女子はそうも行かないんだって。それに中上君は都内のラーメン屋さんに詳しいんでしょ。それを教えて欲しくって」


中上はちょっと考えた風だった。


「うん、まぁいいけど・・・」


渋水の心は弾んだ。

彼女にしては珍しくはしゃいだ声を上げる。


「ヨシ!じゃあ決まりね。ここに『慈円多学園ラーメン同好会』を結成します!」


「『ラーメン同好会』?」


「そう。クラブにするには最低でも部員が四名必要でしょ?でも同好会ならいつでも好きな時に結成できる。もっとも部室も部費の支給も無いけどね」


中上が苦笑した。


「渋水さんがそれでいいなら、別にいいけど。そう言えば、中国語を教えて貰ったお礼もまだして無かったしね」


「そうよ。それに今後も教えて欲しかったら、ラーメン屋に付き合うくらい、安いものでしょ?」


またもや中上が苦笑した。

だがふっと真顔になると、全く別の事を口にした。


「前にも感じたんだけどさ、渋水さんって俺の幼馴染に感じが似てるよ」


「あなたの幼馴染?どんな風に?」


渋水は疑問に思った。

自分に似ている、という事は、やはり女子なのだろうか?


「いや、外見とかじゃないんだ。何て言うか、性格とか雰囲気みたいなものが。何か『無理して上を見ている』みたいな気がして」


渋水はドキッとした。


・・・自分が無理してる?

・・・上を見てる?


「もっとこう、普通にしていてイイと思うんだ。何か『自分で自分を無理に押し上げようとする感じ』が、言葉の端々に感じられるんだよ。俺の幼馴染もそんな感じでさ。『自分は上を目指す』って」


そう言うと中上は、スープの残りを飲み干していた。


 渋水理穂は残りのラーメンを見つめていた。

中上兵太が言っていた言葉を反芻していたのだ。


・・・自分が無理している、上を見ている・・・


それを指摘されたのは初めてだった。

だが、それは渋水理穂にとって存在理由レゾンテートルなのだ。

彼女にとって、生まれて来た意味そのものとも、そしてこれからの人生に向けても。

それだけは変える訳にはいかない。


 彼女はしばらく、そのまま自分の意思を確かめるように押し黙っていた。

この続きは、9月6日(金)朝7時過ぎに投稿予定です。

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