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2、夜の渋谷で(前編)

この話も、美園のライバル・渋水理穂のお話です。

少し回り道ですが、お付き合いください。

 渋水理穂は、朝から期待していた。

今日は月イチの自分へのご褒美デーで『ラーメンを食べてもいい日』だ。


 渋水理穂(しぶみずりほ)はラーメンが大好きだ。

ラーメンなら、醤油、塩、味噌、豚骨、鶏白湯と、何でも大好きだ。

ただ残念ながら、ラーメンは高カロリーな上、塩分も高い。

その割に栄養は偏っている。


 よって美容にはあまりよろしくない。

豚骨で油コッテリのラーメンを食べた後など、自分の顔から出る汗まで油っぽくて塩っぽい気がする。

毛穴が詰まりそうで、とても気になってしまう。


 そこで渋水は、ラーメンを食べるのは月一回だけ、食べた後にはすぐにゆっくりお風呂に入れるような夜に予定が無い日にしている。

ラーメンを食べる日は、朝は食物繊維の多いグラノーラを少量食べるだけ、というマイルールを科していた。


 そして今日がその『月イチ・ラーメンデー』なのだ。


 だが夕方になって突然の残念が知らせが来た。

一緒にラーメン屋に行く予定だった同じネットアイドルの女子が、急な仕事が入ったため行けなくなったと言うのだ。


 渋水は目立つ存在だ。

また渋谷周辺では、けっこう顔を知らせた存在でもある。

単独でラーメン屋に入るのは、かなり壁が高かった。

ファンの連中に


「あのリホピンがラーメン屋に!しかもコッテリギトギト豚骨ラーメンを食べていた」


とネットに流されるのもイヤだった。


 せめて誰かと一緒なら「○○の付き合いでぇ」と言い訳も出来るのだが・・・。

それに他人と一緒だと、意外と気づかれにくい、と言うのもある。

その隠れ蓑となってくれる仲間が、仕事が入ったため来れないという。


・・・どうしよう?・・・


 渋水はかなり迷っていた。

今日は朝からラーメンを食べる事を楽しみにしていた。

今さら『ラーメン以外の食べ物』なんて考えられない。

特に今日行く予定だった駒場東大裏の『鶏白湯ラーメン』は、もう三ヶ月も前から行きたかったラーメン屋なのだ。


・・・仕方ない・・・


今日はどうしても、ラーメンが食べたいのだ!


 渋水は普段はツインテールにしている髪を解き、首の後ろで一つにまとめる。

地味な感じのメガネをかける。

普段が人目を引くように派手目な格好をしているだけあって、これだけでも随分と印象が変わる。

服装も普通のセーターにGパン、そして地味なエンジ色のマフラーで口元まで隠す。

さらにその上から、地味な感じのダッフルコートを羽織る。

全身鏡で自分の姿をチェックした。

うん、これならすぐには『ネットアイドルのリホピン』とは判らないだろう。


 渋水は自分の住むマンションを出た。

渋水理穂は一人暮らしだ。

事情があって母親とは一緒に暮らしていない。

そして父親はいるにはいるが、いないのと同じようなものだ。

まあ生活費は父親が送ってくれているのだが。

マンションと言っても、最新式の管理人がいるオートロック付きのマンションではない。

昔ながらのマンションで、むしろ『鉄筋コンクリート製のアパート』と言った方が正確かもしれない。

マンション内には誰でも入れる。

五階建てでエレベートは無い。

渋水はその二階に住んでいた。

セキュリティが無いに等しいので、玄関のロックだけはしっかりと掛ける。


 歩いて十五分ほどで、待望の鶏白湯のラーメン屋に到着した。

だが店内を覗いてみると、かなりの人がいる。

店の中に五人、店の外に四人ほど並んでいる。

しかも店内には女性が一人も居ない。

居るのは、いかにもネットにハマっていそうな男ばかりだ。


・・・どうしよう、入りづらいな・・・


 時刻は午後七時。

確かに独身男性が多い時間帯だ。

だが女性が一人もいないとは。


 この状況で渋水が入っていけば、周囲の注目を浴びる事は間違いない。

みんなが見ないフリして、チラ見してくるだろう。

また地味な格好をしてメガネをかけても、渋水が美少女である事は一目瞭然だ。

中には彼女が『ネットアイドルのリホピン』と気づくものがいるかもしれない。


・・・せめて一緒に入ってくれる誰かがいれば・・・


 その時だ。

道玄坂の方から歩いてくる、見覚えのある制服が見えた。

慈円多学園男子の制服だ。


 すぐに街路樹の陰に身を隠す。

ヘタなヤツには見られなくなかった。

その男子生徒はノンビリと歩いている。

何となく、あまり周囲に気を使わないタイプかもしれない。

ショーウィンドウの光に照らされて、ソイツの顔が見えた。

「アッ!」と思う。


 その男子生徒は、中上兵太だった。

渋水と同じ慈円多学園一年生、バスケ部の男子。


 夏の花火大会の時には不良大学生から危ない所を助けてくれたのが、最初の出会いだった。

次に出合ったのは、夏の終わりで突然の雨が振ってきた時だ。

傘が無かった渋水は彼に傘に入れてもらい、お礼に中国語の試験勉強を手伝ってあげたのだ。


 渋水にとって中上兵太は、なんとなく気になる存在だった。

彼は『渋水を特別な目で見ない男子』だった。


 大抵の男は渋水を特別な目で見る。

彼女への好意ならまだマシだ。

彼女への邪まな欲望、美少女に対する好奇、さらに言えば有名な美少女を自分のものとする征服欲。

渋水は、小学校高学年の頃から既に、そういう男達の目に晒されて生きてきた。


 だが中上兵太は違った。

あくまで渋水を『普通の同級生』としてしか見ていなかった。

渋水にとっては、それがウレシくもあり、少し癪でもあった。

中上兵太なら普通の『男友達』として付き合っていけるかもしれない。

そう思う反面、何とか自分の方を振り向かせたい気もする。


 彼とは夏の終わり以来、話してはいない。

だが気になっていた。

一年生が集まる時には、無意識に中上兵太の姿を探していた。


だが彼は根が真面目なのか、あまり遊び歩くことはなく、授業が終わると部活、それが終わるとまっすぐ家に帰っているようだ。

特に渋水と接点は無かった。


 中上兵太は童顔だが、確かに整った容貌をしている。

だがイケメン揃いの慈円多学園男子の中では、それほど群を抜いた存在ではない。

むしろ『普通の部類』だ。


 渋水は、自分でもなぜこんなに中上の事が気になるのか、解らなかった。

自分に興味を示さないから、それが気に入らないのだろうか?


 そんな事をボンヤリ考えていると、中上は『鶏白湯ラーメン』の店の前で立ち止まった。

スマホを取り出し、ラーメン屋の店名と見比べている。

そして納得したように、店の外に並んでいる人の列の一番最後に並ぼうとした。


・・・チャンスだ!・・・


 渋水はすかさず街路樹の陰から足を踏み出した。

そのままラーメン屋の列の前まで歩く。


「あら、中上君じゃない」


渋水はごく自然に、中上兵太に声をかけた。

彼は見ていたスマホから顔を上げると、一瞬だけ戸惑ったが、すぐに返事を返した。


「あー、渋水さんか。久しぶり」


「このラーメン屋さんに入るの?」


渋水は『店にいま気づいた』と言ったように、ラーメン屋を見上げた。


「うん、『美味しい』って評判だったからね。前から来てみたいと思っていたんだよ」


「そうだね、ここのラーメン屋、この秋に出来たばかりだけど有名だもんね。わたしも前から気になってはいたんだ」


そこで渋水は少し考えるフリをする。


「ねぇ、わたしも一緒に入っていいかな?女子一人だと入りにくくって」


中上兵太はちょっと怪訝な顔をした。


「別にいいよ。って言うか、俺が許可するような事じゃないし」


「サンキュ!」


渋水は明るくそう言ったが、内心は

『この私が一緒に食事してあげようって言ってるんだ。特別な事なんだぞ。もっと喜びなさいよ』

と不満をこぼしていた。


 二人でラーメン屋の外で並ぶ。

中から温かい湯気と一緒に、ラーメンのいい匂いが流れてくる。


 黙っているのも気まずいので、渋水から話しかけてみた。

いつもなら『常に気を使われる立場』の渋水が、こんな風に誰かを気にして話しかけるのは珍しい。


「そう言えば中国語の試験はどうだったの?あの後、後期の中間試験もあったけど」


「あ、おかげでけっこう点数良かったよ。しかもあの時のアドバイスのお陰で、中国語も段々解ってきた。ありがとう。渋水さん、けっこう他人に教える才能があるんじゃない?」


渋水はちょっとだけドキっとした。

自分の事を褒める男子は多いが、こんな風に『教えるのが上手い』と言われたのは初めてだ。

しかもごく自然に、本心からそう思っているように。


「あ、いや、別に。そんな大したこと言ってないから」


ちょっと焦って顔を反らす。


・・・なんだろう、この子、他人の心に入り込むのが、すごく上手いな。それも無意識って言うか、自然に・・・


 ラーメン屋の店員が顔を出す。


「お待ちの方、四名、店内にどうぞ」

この続くは、明日9月4日朝7時過ぎに投稿予定です。

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