1、ナニこの組合せ?ダブルで初詣デート(その4)
「お腹空きません?何か食べに行きましょうよ!」
川上さんがそう提案して来た。
「この近くに話題のパンケーキのお店があるんですよ!そこにしません?」
川上さんの言い方は「言葉は提案」だが、事実上の決定だ。
男子二人は、女の子の提案は普通は断らないだろう。
だがここであたしが
「パンケーキなんて嫌だ。他のものがいい!」
と言っても、他のものを提案できないと
「あたしが単なるイジワル女」になってしまう。
そして「パンケーキより女子力が高いもの」を提案できる気もしない。
川上さんの言う『人気のパンケーキの店』に行った。
だがその店はかなり混んでいた。
「ただいま45分待ちです」
と店の前の看板に書かれている。
そして店の前には長い列が出来ている。
「45分待ちだって。流石に長すぎない?」
あたしがそう言うと、すかさず川上さんが反論する。
「この店で45分なんて普通ですよ。むしろ空いている方です。正月の表参道なんて、どこも混んでますよ。他に行っても同じです」
兵太と新川君は、反対する気はないようだ。
あたしも仕方なく、列に並ぶ。
「中上君、次の練習試合はですね・・・」
「バスケ部の○○先輩は、××大学に合格して・・・」
「□□先輩が、この前は・・・」
川上さんは、やたらと『バスケ部の話題』を持ちかける。
当たり前だが、あたしはその話題には入れない。
結果的に『兵太と川上さん』のペアで会話となる。
新川君は新川君で、あたしに話題を振ってくる。
「いまやってるゲームでさ、この前ガチャで○○が出て・・・」
「この前にクールでやっていた×××ってアニメで・・・」
「ほら、天辺さんも読んでいた□□□って、こんどアニメ化されて・・・」
兵太はあまりアニメには詳しくない。
(ゲームはそこそこやっているが)
よってこの手の話題だと、兵太が加わる事はない。
・・・なんだろう。今日はあたしと兵太の初詣デートじゃなかったの?・・・
あたしは段々気持ちが暗くなって行くのを感じた。
会話も「ああ」「そう」「へぇ」というように、単語レベルしか出て来なくなる。
暗いトンネルを歩くような時間が過ぎた。
やっと店に入れる所まで来る。
・・・ここでパンケーキを食べたら、もう帰ろう・・・
あたしはそう思っていた。
店の人が出てくる。
「すみません、二人ずつ、別テーブルになってしまうんですが、よろしいですか?」
あたしと兵太、川上さんと新川君の組み合わせなら、全く異存はない。
だが今日は全てが悪い方に転んでいる。
そんなにうまく行くだろうか?
「はい、構いません」
川上さんがそう答えると、あたし達の方を振り向いた。
「仕方ないですよね?」
あたしは何も答えない。
だが兵太は小さく頷いてしまった。
「じゃあ、またグーパーでペアを決めるしかないね」
新川君がそう言う。
もう完全に、この二人に主導権を取られている感じだ。
あたしは最後の期待をかけて、ペア決めジャンケンに臨んだ。
「「「「グー、パー、ジャン!」」」」
あたしがグー、兵太がグー、川上さんがパー、新川君がグー
「「「「グー、パー、ジャン!」」」」
あたしがグー、兵太がグー、川上さんがグー、新川君がパー
「「「「グー、パー、ジャン!」」」」
あたしがパー、兵太がパー、川上さんがグー、新川君がパー
・・・なんか、おかしくないか?・・・
四回目
「「「「グー、パー、ジャン!」」」」
あたしがグー、兵太がパー、川上さんがパー、新川君がグー
あたしは目の前が真っ暗になった。
追い討ちを掛けるように、川上さんが言った。
「決まりましたね。わたしと中上君、天辺さんと新川君で」
一瞬にして頭に血が昇った。
目が熱くなる。
「あたし、帰る!」
もう我慢できなくなっていた。
川上さんの勝ち誇ったような声を聞いた時、悔しくて仕方なかったのだ。
あたしは踵を返して、パンケーキ屋の前から離れた。
「天辺さん、ずいぶんと自分勝手ですね」
これ見よがしに、川上さんがそう言うのが聞こえた。
あたしだって、この場で立ち去るのはちょっと自分勝手かなって思う。
だけどあたし達の初詣デートを邪魔しているのは、アッチだ。
あたしは兵太と久しぶりに二人っきりで会えると、楽しみにしていたのに・・・
それとあのペア決めジャンケン。
川上さんと新川君は、必ず二人が違う手を出すように、示し合っているのだろう。
サインは解らなかったが、それでなければあんなに連続して二人が違う手を出すなんて、考えられない。
悔し涙がこみ上げてきた。
そもそも兵太も兵太だ。
なんで川上さんと二人一緒になる事を断らない?
なぜ「俺は美園と一緒にいる!」って言ってくれない?
・・・やっぱりまだ、川上さんに未練があるのか?・・・
・・・普段一緒に居られないあたしより、いつも部活で一緒の川上さんの方がいいのか?・・・
そう思うと悲しくて仕方なかった。
表参道を歩きながら、ポロポロと涙がこぼれて来る。
道行く人に見られると恥ずかしいので、下を向いて顔を隠しながら歩く。
・・・お正月なのに、こんなにカップルが多いのに・・・惨めだ・・・
涙が止まらない。
あたしは少し横道に入ると、閉店しているお店の前で一人泣いていた。
「・・・美園・・・」
背後から声がかかった。
顔を上げる。
暗いショーウィンドウには、背後に立っている兵太の姿が映っていた。
「ごめん、美園」
兵太は頭を下げた。
「そんなに美園が悲しい思いをしているなんて、気づかなかった。本当にごめん」
あたしはまだ、すぐには声が出なかった。
小さく嗚咽する。
「俺も美園が、新川と一緒に来た事がちょっと気に入らなかった。でもそれは美園の所為じゃないのにな・・・」
「あ、あたしだって、あそこに川上さんがいるなんて・・・冬休みに入って、ほとんど会えなくて、やっと今日は二人でゆっくり出来るって思っていたのに・・・楽しみにしていたのに・・・それが、こんな事って・・・」
言葉にしたら、また悲しくなって涙が零れ落ちた。
「本当にすまない。謝るよ、ごめん。美園、機嫌を直してくれ」
そんなすぐには、気分なんて変えられないよ。
兵太があたしを追いかけて来てくれたことは嬉しかったけど・・・
・・・少しだけ、困らせてやれ・・・
あたしは涙を強引に拭った。
兵太の方に向き直る。
「よし、じゃあここで『美園さん、心から好きです。君以外に好きな人はいません!』って言え!」
兵太は驚いた顔をした。
「え?ここでか?」
ちょっと横道に入ったとはいえ、表参道だ。人通りは多い。
「嫌ならいいよ。別に」
あたしは拗ねた・・・フリをした。
「いやいや、わかった。言うよ」
兵太は一回深呼吸をした。
兵太の目が真剣になり、あたしを真正面から見据える。
「美園さん、心から好きです。俺には君以外に好きな人はいません。ずっと前から好きでした」
あたしの気分は直ったが、逆に恥ずかしくなった。
こんなにちゃんと、兵太から告白されたのは初めてだ。
兵太もちょっと赤い顔をしている。
あたしは照れ隠しに、腕組みして頷いた。
「よし、じゃあ後もう一つ。メシ奢れ!」
「美園はなにを食べたいんだよ?」
「それは前から考えてあるんだ」
あたしはスマホを取り出した。
「ほら、近くに『シェラスコ食べ放題』っていうお店がある。シェラスコ、一度食べてみたかったんだ」
シェラスコとはブラジルのバーベキューの事だ。
串に刺した様々な肉を、ウェイターが次々に持ってきて、好きなだけ食べさせてくれるらしい。
通称『肉のわんこそば』!
「高くないか、それ?」
兵太は不安そうな顔をした。
「イヤなの?」
あたしはふくれっ面を作る。
「いや、嫌な訳じゃないけど・・・お金が足りるかな?」
「大丈夫だよ、ランチなら四千円くらいだから。流石に全額は酷だから、半額奢ってくれればいいよ」
兵太が肩を竦めて苦笑いした。
「仕方ないな。それで美園の機嫌が直るなら」
「ヨシッ、じゃあ行こう!」
あたしは兵太の腕にしがみついた。
兵太と間近で目が合う。
二人とも笑顔になった。
デートはやっぱり、こうじゃなくっちゃ!
この続きは、9/3(火)7時過ぎに投稿予定です。