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5、昨日の敵は、今日も敵?(その7)

 アパートに戻った渋水は「顔を洗ってくる」と言って、洗面所に向かった。

 涙で化粧が崩れて、目の周りなどパンダのようになってしまったからだ。

 あたしは居間兼寝室のテーブルで座って待つ。


「お待たせ」


 洗面所から出てきた渋水は、普段よりは元気が無いが、一応普通には戻っていた。

 その間にコーヒーも入れておいてくれたらしい。

 渋水がトレイの上に、コーヒーカップを二つと、チョコレートとパウンドケーキを乗せてやってきた。


「さっきはゴメンね。驚かしちゃって」


 あたしは一応謝った。

 やり過ぎたな、とは反省してるんだ、ホントに。


「ん・・・まぁいいよ。わたしも送って貰ったのに、踏み台にしちゃったのは悪かったし」


 ・・・渋水がこんなに素直に謝るなんて・・・なんだか気味が悪い。

 彼女らしい毒気がさっぱり消えている。


 渋水が言いにくそうに口を開いた。


「でもさ・・・出来れば今夜は、ここに泊まっていってくれないかな?一人じゃ怖くって・・・」


 だよな。

 昼間にあんな事があって、さらにあたしが追い討ちで怖がらせたもんな。


「わかった。泊まってくよ」


「良かった。ありがと」


「渋水、ここで一人暮らししてるの?」


「そうだよ。学校の人を部屋に入れるのは初めてかな」


「ふ~ん」


 あたしは二つの点で疑問に思った。

 一つは『渋水の親は、大手金融会社のエライ人』だって、あたしの親友で情報通の如月七海に聞いていたからだ。

 それなら例え一人暮らしでも、もっと豪華なマンションに住めるんじゃないのか?


 それに何故『一人暮らし』なのか?

 親に反発して家を出たなら、こんなアパートには住めないはずだ。

 いくら古くたって、渋谷の駒場周辺の鉄筋コンクリート製アパートなんて、それなりの家賃はするだろう。


 渋水がコーヒーカップをテーブルに並べた。


「さ、どうぞ」


「じゃ遠慮なく」


 あたしはコーヒーカップを手に持ち、一口飲んだ。


「でもさー、渋谷に一人暮らしなんて凄いね。羨ましいよ」


「別に羨ましがられるような事じゃないけどね」


「でも自由にできるじゃん」


「親と一緒に居たって、自由には出来たよ」


 渋水の家って放任主義なのかな。ウチとは違うみたいだ。


 渋水もコーヒーカップを手にした。

 飲みながら、あたしに一言クギを刺す。


「この家に来た事、学校では他の人に話さないでよ」


「なんで?あたしと仲が悪いから?」


「そんなんじゃないよ」


 渋水は静かにコーヒーカップを置いた。


「こんなボロいマンションに住んでるなんて慈円多学園の人に知られたら、わたしのイメージダウンじゃない」


 確かに。このマンションでは渋水の普段のイメージとはちょっとズレている。


「もしかして、意外に思ってる?」


 渋水はイタズラっぽい目で、あたしを見た。


「い、いや、意外ってほどじゃ」


「正直に言っていいよ。アンタの目は『もっと高級そうな所に住んでると思った』って感じだから」


 う、見抜かれてたか。

 あたし、そんなに顔に出てたかなぁ。


「ま、まあね。渋水の親は大手金融会社のエライ人だって聞いてたから」


「それは本当だよ」


 渋水は事も無げにそう言うと、チョコレートをつまんだ。

 あたしは何となく、会話に踏み込んではいけない気がした。


「でも高校生で一人暮らしなんて、スゴイじゃん。それも渋谷にこの広さのマンションなんて」


「親と一緒には住めないからね」


 またもや渋水が素っ気なく、そう答える。

 あたしは反応できなくなった。

 渋水がコーヒーカップを手にしたまま、しばらく動きが止まる。

 まるで『話すか、話さないか、迷っている』という感じだ。

 やがて口を開いた。


「さっき天辺は『大手金融のエライ人』って言ったけど、三大メガバンクとかの役員の名前とか見たことある?」


 あたしは首を左右に振った。

 「NO」という意味だ。


「メガバンクや大手証券会社、外資金融のどこにも、役員に『渋水』なんて名前は無いよ」


 どういうことだ?


「『渋水』は母親の名前。わたしの父親と母親は結婚してないんだ。つまりわたしは『愛人の子供』ってこと」


 う、そうなのか?

 悪い事、聞いちゃったかな。

 さらに渋水の言葉は続いた。


「わたしの母親は水商売をしているよ。昔は銀座でそれなりに売れていたホステスだったらしいけどね。今は年齢も行っちゃって、川崎の方の小さなスナックをやってる」


「父親の方からの援助はないの?」


「そりゃあるよ。でなきゃ、わたしが慈円多学園のバカ高い学費を払える訳ないし、こんな渋谷で一人暮らしなんて出来る訳がない。母親のスナックの売上なんて、タカが知れてるしね」


 彼女は喉を湿らすためか、コーヒーを一口飲んで続けた。


「父親の家はちゃんと奥さんも子供もいるからね。わたしの存在はバレない方がいいんだ。だからわたしは父親に認知されていない。その分、大学卒業までは、それなりの金銭的支援を受けているんだ。母親はスナックを買ってもらったしね。それでいいって考えている」


 そうか、渋水の家はそんな複雑な事情があるのか?


 だが渋水は明るい表情で言った。


「でもさ、あんまり父親に頼るのも癪だから、出来れば自分で何とかしたいと思ってね。それで動画サイトに自撮り動画をアップしたり、ネットアイドルをやって、少しでも稼ごうとしているんだ。お陰で中三の頃くらいから、それなりの収入にはなってるよ」


 それで渋水は地元のパン屋だけでなく、アキバのメイド喫茶とかでもバイトをしているのか?

 てっきりセブン・シスターズの連中みたいに、親が金持ちのイイ所のお嬢様かと思っていたよ。


「でもさ、今日みたいな危ない事もある訳じゃん。ネットアイドルとかメイド喫茶とか、もう危険なんじゃない?あんまり人目に着くっていうのも考え物だよ」


 渋水の目が鋭さを増した。


「わたしのやり方が悪いって言うの?」


「いや、悪いとまでは言わないけど。でもあんまり男を期待させて、お金を出させるようなやり方は良くないよ。相手はただでさえ失恋した気分で傷ついているんだし。その上でお金まで取られていたら、恨みに思うのも当然だよ」


「わたしには目的があるのよ!ただチヤホヤされたいだけじゃない!」


 段々、いつもの渋水の調子に戻って来たな。


「どんな目的?ネットアイドルで名前を売って、その次は女子アナでも狙ってるの?」


「それは目的の過程に過ぎない。最終目標は違う」


 あたしはからかい半分で「女子アナ」と言ったのだが、渋水はさらに強い言葉を返して来た。


「最終目標って何よ?」


「内閣総理大臣」

この続きは、明日9月21日(土)13時頃に投稿予定です。

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