5、昨日の敵は、今日も敵?(その6)
そこで渋水は思い出したように言った。
「あ、そうだ。ついでだから、ちょっと手伝って」
「なにを?」
そう言って振り返った時には、渋水はダイニングの横に置かれていたサッカーボールが入るくらいの箱二つを取り出していた。
「この部屋で動画を取る時、照明が暗くてさ。ベッドと反対側の天井角に、このライトを取り付けたいんだ。あとカメラも一緒にね」
そう言いながら渋水は、箱からスポットライト二つと、どこから取り出したのか電動ドライバーを手にしていた。
「あたしに何をしろって?」
「ちょっとコッチ来て。そうそう、それで壁に向いてしゃがんでくれない?」
渋水はあたしの手を取って部屋の角に行き、そこでしゃがませた。
「じゃ、しっかり頼むわね」
渋水はいきなりあたしの肩に足をかけた。
そのまま一気に壁に手をついて、あたしの両肩の上に立ち上がった。
「イテテテ!ちょっと、いきなり何すんのよ!」
「危ない!あんまり動かないでよ!落ちるでしょ。少しの間だから我慢して!」
こ、このおんなぁ~。
あたしをボディガードにしただけじゃなく、踏み台にまでしただとぉ。
「ゆっくり、ゆっくり立ち上がって。そう中腰くらいまで」
本当はよっぽど振り落としてやろうかと思ったが、ここで渋水を落とすとあたしもケガしそうなので思い留まった。
だがこのオトシマエは、必ずつけてやる!
渋水はあたしを踏み台にして、天井角に二箇所、スポットライトを取り付けた。
一箇所にはさらにPCと接続するカメラも備え付ける。
「これでヨシと」
渋水はやっとあたしの肩の上から降りた。
イテテ、首が攣りそうだ。腰も痛い。
あたしは思わず、床に寝転んだ。
「いまコーヒーを入れるから。ちょっと待ってて」
渋水がそう言った時だ。
何気なくベッドの方を見た、あたしの目が見開かれた。
あたしはムックリと上半身を起した。
渋水が不思議そうにあたしを見る。
「なに?どうしたの?」
あたしは強張った表情のまま言った。
「あたし、帰る」
「え、コーヒーくらい入れるわよ」
あたしは頑なに首を左右に振った。
「いい、帰る。用事を思い出したから」
あたしは自分の荷物を引っつかむと、すぐにドアを出て行こうとした。
「ちょっと待ってよ。なによ、そんなに突然」
あたしは見開いた目と、強張った顔つきのまま、震えるような声で言った。
「あたし、親に言われた買い物をしなくちゃ。すぐに帰らないと。アイスも食べたいし、じゃね」
渋水はあたしのその様子に、かなり困惑していた。
「何なの、いったい?アイスくらいウチにもあるわよ。そんな急に。洋服だってまだ着替えてないのに」
渋水があたしの腕をつかむ。
「離してっ!」
あたしはそう叫ぶと、急いでクツを履くと玄関から飛び出した。
「ちょっと、待ってよ!ねえ!」
あたしの只ならぬ様子に、渋水も驚いて追いかけてきた。
あたしは全く止まらずにダッシュする。
一気に階段を駆け下りると、マンションを飛び出す。
渋水も後ろを大急ぎでついて来ていた。
マンションから少し離れた角を曲がると、あたしは立ち止まった。
渋水が息を切らして追いかけてきた。
「い、いったい、な、なにが、あったのよ?」
あたしはクルッと渋水の方を向き直ると、恐怖に引き攣った顔で言った。
「ごめん、渋水。あたし、もうこれ以上、付き合えない」
「え?なに?どういうこと?」
渋水にもあたしの恐怖が伝わったらしい。目に脅えが走る。
「渋水のために、あたしやあたしの家族まで危険に巻き込む訳には行かない。悪いけど、もうこれっきりにして」
「ちゃんと話してよ。でないと何もわからないじゃない」
あたしは渋水の目を見つめた。
「あんたがここまで来られたのは、すごく運が良かったかもしれない。渋水、あんたはすぐに警察に行った方がいいよ」
「なに、なによ。ちゃんと説明してよ!」
あたしは脅えたように、渋水のマンションの方に目を向けた。
渋水もつられて背後に視線を向ける。
「わかった。しっかり聞いて」
あたしはゆっくりと話し始めた。
「さっき、アンタの部屋で、ベッドの下に男がいたんだよ。包丁を持った・・・」
「うそ・・・」
渋水は絶句した。
「本当。あたしは偶然見たんだ。あんたの部屋で寝転がった時、ベッドの下に何気なく目を向けたら・・・包丁を持った男が、隠れていたのを・・・」
渋水の目が恐怖に見開かれる。
だが口は同じ事を繰り返した。
「嘘、でしょう・・・」
あたしは首を左右に振る。
「あたしはもうこれ以上、渋水と一緒にいられない。これ以上一緒にいたら、あたしの命まで狙われる。アイツはそういう目をしていた・・・」
渋水はイヤイヤをするように、首を左右に振った。声は出ない。
「ごめん、渋水。もしあんたが無事に逃げおおせたら・・・そうなる事を願ってるよ」
あたしは再び渋水に背を向けると走り出そうとした。
「イヤァッ!」
渋水はあたしの腕にしがみついた。
「放してっ!」
あたしは叫んで、その手を振りほどいた。
渋水はそのまま地面に倒れてしまう。
「ヤダッ!怖い、怖いよぉ、お願い、行かないで・・・」
渋水理穂は、ついに泣き出してしまった。
その場で、地面に両手をついたまま・・・
「ウソだよぉ~ん!」
あたしはさっきまでとうって変わって、明るいおどけた声でそう言った。
渋水が涙に濡れたままの顔を上げる。
「ウソだよ、ウソウソ。ベッドの下に包丁を持った男なんて居ないよ。都市伝説にある話だよ。渋水がさ、あたしをボディガードとして使った上、ライトを付ける踏み台にまでしたから、ムカついて脅かしてやったんだよ」
そう、これがあたし流のオトシマエの着け方だ。
親切心でここまで来てやったのに、踏み台にまでされて黙ってられるか!
それにしても渋水のヤツが、こんなに怖がるとは思わなかった。
「そんな事、ある訳ないでしょ」
って鼻で笑うかと思っていたんだが。
あたしの演技力も大したものだ。
「ひどい・・・」
渋水は呟くように言った。
そのまま顔を覆って泣き続ける。
「ひどい、ひどいよ・・・」
シクシク泣き続ける。ひっく、ひっくという、引き攣るような嗚咽も混じる。
さすがにあたしも、ちょっと可哀そうになって来た。
やりすぎたかな?と、少し反省する。
「ウソだよ、渋水。そんなに泣かないでよ。ただの冗談なんだから」
「ホントに?ホントにウソなんだよね?部屋に誰も居なかったんだよね?」
渋水は泣き声で、そう念押しした。
「大丈夫だよ、だから、ね、もう泣くの止めてさ」
渋水はあたしの腕を両手で掴んだ。
「お願い。一緒にあたしの部屋に来て。このままじゃ怖くて、部屋に入れない」
「わかった、わかったよ。一緒に行くよ。さ、立って」
渋水はあたしに寄り掛かるようにして、立ち上がった。
あたし達二人は、肩を寄り添うようにしてアパートに戻った。
この続きは、明日9月20日(金)正午過ぎに投稿予定です。




