5、昨日の敵は、今日も敵?(その5)
渋水は他の子の帽子を借りて、髪の毛はその中にまとめて押し込む。
そうするとちょっと見には、彼女とは判らないだろう。
あたしの方は渋水の服で金髪ツインテールのカツラを被り、サングラスとマスクをする。
確かに渋水っぽく見える。
もっともこんな格好すれば、背格好さえ似てれば、誰だって同じようなものだ。
「じゃあ渋水、あたしが先に出るから、アイツラがあたしを追いかけて来たら、アンタも店を出て。あたしは十分くらい、その辺をブラブラしてから駅に向かう。アンタは先に駅に行っていて。電車に乗ったら、もう一度連絡しよう。何かあったら渋谷のタワレコの前で落ち合う。OK?」
「わかった。悪いけどお願いするわ」
あたしと渋水は互いに頷き合うと、あたしはメイド喫茶を出た。
そのまま何も気づかないように、中央通りと渡ってアキバUDXの前を通り過ぎ、線路の反対側のヨドバシカメラに向かう。
店の前で張っていた二人は、狙い通りあたしに食いついたようだ。
そのままヨドバシカメラの店内に入り、フロアをグルグルと回る。
もう十分くらい経っただろう。
あたしは中央通り口から秋葉原駅から入った。
そのまま山手線・京浜東北線のホームで列車を待つ。
二人組は相変わらずついて来ていた。
京浜東北線・大宮行きの来た。けっこう混雑していた。
あたしはそれに乗り込む。
二人組も乗降口を変えて、同じ列車に乗り込んだ。
「ドアが閉まります」
その声と同時に、あたしはダッシュして電車を飛び降りた。
そのまま総武線・新宿方面のホームに向かう階段へダッシュした。
二人組は降りられなかったのだろう。
後をついて来る人間は誰もいない。
そのままホームに来ていた総武線・中野行きに飛び乗る。
これはラッキーだった。
追っ手がいたとしても、この電車には乗れなかったろう。
これで渋谷で渋水と落ち合い、問題ない事を確認すれば任務完了だ。
総武線に乗ってすぐに渋水に電話をした。
「渋水?あたし、天辺。二人組は完全に撒いたよ。そっちはどう?」
「それが、マズイ事になった。もう一人が別にいて、そいつが今、わたしをつけて来ているんだ」
チッ、そういう事か?
やはり昼間の三人組は、全員で渋水の店を見張っていたのだ。
二人とは別に、もう一人が見張っていたのだろう。
それにしても、抜け目のない渋水らしくないミスだ。
「あんたは今どこ?」
「総武線の中、水道橋を過ぎたあたり」
「じゃあ新宿駅で降りて、そこで合流しよう。あたしは御茶ノ水で乗り換えて中央線で追いかけるよ」
ちょうと御茶ノ水駅に着いたあたしは、目の前に来た反対側のホームの中央線に飛び乗った。
中央線快速は御茶ノ水の次は、四谷、そして新宿にしか止まらない。
総武線より先に新宿駅に着くはずだ。
予想通りあたしの方が先に新宿駅に着いた。
渋水に連絡する。
「あたしは南口側の階段の上にいる。出来るだけギリギリで電車を降りて!」
「わかった。わたしも後ろ側だから、すぐに行けると思う」
あたしは総武線・三鷹方面ホームの南口側階段上で待った。
総武線・三鷹行きがホームに滑り込んでくる。
列車の扉が開くと、人がこぼれ出すように押し出されてくる。
ホーム・ベルが鳴った。
それが止まる寸前、一人の少女が飛び出して来た。
渋水だ。
ダッシュで階段を駆け上がってくる。
ついて来ている男は、うまく撒けたのか?
だが渋水が階段を半分ほど登ってきた時、後から追ってきた男がいた。
間違いない、あの公園にいた三人目の男だ。
しかも「もっとも目付きの危ないヤツ」だった。
あたしは列車の発着案内を見た。
これからギリギリで、渋谷方面へ行く山手線に乗れる。
渋水が昇りきった。
「行くよ!」
あたしは声をかけると同時に走り出した。
渋水も一緒に走る。
二人とも、バスケットの選手のように華麗に人ごみを避けながら走る。
すぐ隣の山手線・渋谷方面と総武線・千葉方面のホームに駆け下りる。
既に発車のホームベルが鳴り響いている。
階段を駆け下りながら、あたしは叫んだ。
「渋水、あんたは先の入口から電車に乗って!あたしは階段に一番近くの入口に乗るから!」
「わかった!」
渋水は短くそう答えると、そのまま見事なスタートダッシュでホームを走り、一両先の車両に乗り込んだ。
あたしは階段に一番近い出入り口に乗り込む。
着けていた『金髪ツインテール』のカツラをむしり取る。
すぐに渋水を追いかけて来た男が、ホームに姿を現した。
ホームベルは鳴りやんでいる。
男はあたしがいる乗降口に、駆け込み乗車をして来た。
・・・予想通りだ・・・
「エーイッ!」
駆け込んで来た男を、思いっきり車外に突き飛ばす。
バランスを崩した男は、そのまま大きく身体が泳いでホームに押し戻された。
それとほぼ同時に「プシュー!」という音と共に、列車のドアが閉まる。
ホームに突き飛ばされた男は、呆気に取られた表情でコッチを見た。
アッカンベーをしてやりたかったが、サングラスとマスクをしているため、すぐには出来ない。
代わりに『中指を立てた下品なサイン』をガラス越しに送ってやる。
女子高生を拉致ろうなんて、不埒なヤツにはこれで十分だ。
あたしはスマホを取り出すと、渋水に連絡した。
「大丈夫、男はこの電車に乗らせなかったよ。今からソッチに向かう」
*****
車内は混雑していたため、結局渋水と合流したのは渋谷駅に到着してからだった。
「悪かったわね。アナタにも色々と迷惑かけちゃって」
渋水はうつむき加減にそう言った。
・・・お?コイツにしては随分としおらしいじゃないか・・・
「後はわたしの家まで見送ってくれれば、お役御免よ。頼むわね」
なんだ?その上から目線は?
あたしをすっかりボディガード扱いか?
やっぱコイツ、気に入らねー。
だが仕方ない。
ここまでやって、最後まで見届けないと、何かあった時に心残りになりそうだ。
あたしは肩を竦めて、黙ってうなずいた。
*****
渋水の家は、ハチ公前から道玄坂を抜けて、神泉のさらに先、東大駒場キャンパスに近い場所だった。
なるほど、ここならあたし達がバイトをしてたパン屋『ラ・フォレット』はかなり近い。
だが予想とは違って、彼女が住んでいたのは、かなり古めのマンションだった。
おそらく昭和のバブル期前くらいに建てられたマンションだろう。
鉄筋コンクリート製ではあるが、エレベーターもないし、管理人もいない。
誰でも出入り自由な、アパートに近いようなマンションだった。
渋水はもっとお洒落で高そうなマンションに住んでいると思ったんだが。
「じゃあ、あたしはこれで」
あたしはそう言って立ち去ろうとした。
だが渋水がガッシリと、あたしの腕を掴む。
「待ってよ。部屋の中まで一緒に来てよ。ここでアンタに帰られたら怖いじゃない」
「だって、あたしにもう出来る事は無いよ」
「せめて部屋の中に誰もいない事を確認してから帰ってよ。ホラー映画なら部屋の中で待ち伏せしてるシーンじゃない」
いや、そんな事になったら、悪いけどあたしはアンタを見捨てて逃げるよ。
「ね、お願い!せめて部屋でコーヒーくらい出すからさ」
コーヒーくらいで変質者と格闘はゴメンだが、ここまで頼まれては断れない。
あたしは嫌々ながらも、渋水に腕を引かれてマンションに入った。
渋水理穂の部屋は二階だった。
マンションの入り口を入ると、すぐ横にある階段を昇り、そのまま外廊下を通ってすぐだ。
古い都営住宅にあるような鉄製のドアを開く。
「さ、入って」
渋水の後に続いて、あたしは部屋の中に入った。
中は四畳半のダイニング・キッチンと、六畳の寝室兼リビングだった。
あたしは寝室兼リビングのテーブルの前に座った。
ここはベッド、本棚、テレビ、クロゼットとチェスト、そしてテーブルがある。
洋服はかなりの数がある。
クロゼット以外にも、二段になっているハンガーラックがあり、そこにコスプレ用と思われる衣装 が大量に掛かっていた。
どう見ても一人暮らしだ。
両親はどうしているんだろう?
この続きは、明日9月19日(木)正午過ぎに投稿予定です。




