5、昨日の敵は、今日も敵?(その3)
姉の頼みでアキバに付き合いで来た美園。
そこで「怪しい男達に絡まれているコスプレ少女」を見かける。
それは美園の宿敵・渋水理穂だった。
あたしと渋水は、男達が見えなくなった所から、すかさずダッシュした。
こうやって並んで走ってみると、改めて渋水も脚が速い女だな、と実感する。
大通りに出た。
ここまで来れば大丈夫だろう。
「アンタ、何やってんだよ?」
あたしは渋水に非難の目を向けた。
「何って、わたしは別に何もしてないわよ。アイツらが勝手に勘違いしただけ」
渋水は全く悪びれた様子ナシに、そう答えた。
・・・コイツ、全然反省してないのか・・・
あたしは改めて、渋水の顔をマジマジと見た。
「なによ、その目!」
渋水は挑むような目をあたしに向けて来た。
あたしも渋水を睨み返す。
「別に」
あたしはそう言うと、彼女に背を向けた。
やっぱりコイツとは合わない。
つーか、こんな反省の無い女、助けるんじゃなかった。
アナコンダのエサが分相応だ。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
渋水の声が背後からかかる。
「なに?」
あたしは振り返った。
すると渋水らしくもなく、あたしから視線を反らす。
「あなた、もうお昼とか食べた?」
「まだだけど、何で?」
渋水はちょっと言いにくそうに
「お昼くらいご馳走するわよ」
「いいよ、別に。あたし、これからお姉ちゃんと食事だから」
そう自分で言ってから、姉の事を思い出した。
急いでスマホを見てみる。
お姉ちゃんからのメールが来ていた。
『ゴメン、美園。カード忘れてた。ランチ、また今度ね』
ハ、マジか?
もっともお姉ちゃんは、こういうミスをよくする。
よくある事なんだが・・・
「どうしたの?」
渋水のヤローが聞いてきやがった。
「ん、お姉ちゃんがカード忘れたって」
「じゃあランチは流れたんでしょ。わたしがご馳走するわよ」
「いいよ。あたしはもう帰るから」
渋水が引き止めるように、あたしに近づいて来た。
「いいから来なさいよ。奢るって言ってんだから。あなたに借りを作りたくないのよ」
あたしはちょっと迷った。
朝から動き回っていたので、空腹はかなり来ていた。
喉も渇いたし。
「ウチの店のオムライスと、抹茶タピオカ・ドリンクは美味しいのよ。食べてみる価値はあるわ」
オムライス?
あたしはオムライスは大好物だ。
途端にお腹が「くぅ~」と鳴った。
慌ててお腹を押さえる。
それを聞いた渋水は、勝ち誇ったような顔をした。
「ホラ、無理しないで来なさいよ。おそらく滅多に入れない店なんだから」
渋水は強引にあたしの腕を引いた。
あたしは引っ張られるままに、大人しく付いて行く。
ホント、あたしって食い物に弱いなぁ。
*****
「ココ?」
渋水が案内した店の前で、あたしは目を丸くした。
「そう、ココ。わたしがバイトをしてる店」
彼女に連れられてきた店は、なんとメイド喫茶だったのだ。
「アンタ、あのパン屋でバイトしてたんじゃないの?」
夏休みに、あたしと渋水は偶然同じパン屋でアルバイトをしていたのだ。
「ああ、アッチもやってるけど、土日はこの店でバイトしてるの。コッチの方が全然時給がいいからね。わたしの副業の宣伝にもなるし」
あたしは疑惑の目で渋水を見た。
こりゃ確かに、あたしじゃ『滅多に入れない店』だ。
正確には『入らない店』だが。
こんな店で、そんな美味しい物を食べられるのだろうか?
そんなあたしの様子を察したのだろう。
「味は本格派だから安心して。一流ホテルのシェフだった人がコックだから」
渋水がそう説明した。
渋水に付いて、店内に入る。
「「「おかえりなさい!ご主人さま!」」」
店内の女の子の声が一斉に響いた。
ハハ、ご主人様か。
せめて「お嬢様」とか「お姫様」とか言って欲しいけどな。
「ここに座って」
渋水が奥のテーブル席に案内してくれる。
女の子が一人、あたしのそばに来た。
「ご主人様は、リホニャンのお友達なのかにゃん?」
お、おい、なんだ、その『リホにゃん』って?
た、たしかに皆さん、『アニマル系の耳』を頭につけているが・・・
渋水がその子に言った。
「この子はわたしと同じ学校の子だから。わたしが相手するからいいよ」
その子は「ゆっくりしてってにゃん」と言って、笑顔で立ち去って行った。
渋水はメニューを開いて、あたしに差し出す。
「何でも好きな物を頼んでいいから」
なになに・・・
『萌えラブお絵描きオムライス、1600円』
『ツイン・ストローのカップル・タピオカドリンク、1400円』
『ふわふわアニマル・パンケーキ、メイドさんと写真付き、2100円』
『愛は熱く、ちょっぴり辛いチキンカレー、1500円』
『メイドさんが食べさせてくれる、ラブラブ・チョコレート・パフェ、2000円』
ハハハ、正気か、コレ?
「渋水がさっき言ってた『オムライス』と『抹茶タピオカ。ドリンク』でいいよ」
「りょーかい」
渋水は厨房に行くと
「『萌えラブお絵描きオムライス』一つと『ツイン・ストローのカップル・タピオカドリンク、抹茶味』一つで」
とオーダーするのが聞えた。
ハハハ、もう乾いた笑いしか出ない。
渋水が水を持って、あたしのテーブルにやって来る。
あたしは気になっている事を聞いてみた。
「メイド喫茶って言うけどさ、みんなが着ているのってメイド服って感じじゃないよね?ミニスカートでアニマル耳を着けていて、アイドルの衣装かコスプレってイメージだけど。ウチの学校の『黒のロングスカートの制服』の方が、よっぽどメイド服っぽいじゃん」
渋水は事も無げに答える。
「あんなお婆さんが着ていそうなガチのメイド服じゃ、男子が萌える訳ないじゃん。可愛さとセクシーさ、その両方が必要なんだよ。メイド喫茶は雰囲気とイメージの演出だからね」
渋水は、自分の太もものガータベルトを軽く叩いた。
ふ~ん、そんなものかね。
あたしはアッチの方が好きだけどな。
「まぁああいうゴシック風のメイド服にも、それなりにファンはいるんだけどね」
あたしは周囲を見渡した。
メイド一人で数テーブルを回っているのだろうか?
客の飲み物が残り三分の一くらいになると「ご主人様、飲み物のお代わりはいかがだニャン?」とか言って、さりげなく次のオーダーを催促している。
「あの語尾に『何々だニャン』ってのは何?」
「あ~、あれはそのメイドのキャラ。このお店では魔法の国で、ここのメイドは『動物の精霊』って事になってるから。色んな動物のキャラがいるけど、やっぱりネコとキツネとウサギが多いかな」
「あんたは?」
「えっ?」
「あんたは何の動物?」
「ネコだけど」
「やってよ」
「えっ?」
「あたしは今、ここの客でしょ。ちゃんとメイド喫茶っぽく、その言葉であたしに接してよ。さっきから渋水はあたしにタメ口で話してるじゃん。全然メイドっぽくない!」
「なに言ってんのよ。アンタのはわたしの奢りじゃない。なんでそこまでしなくちゃならないのよ」
「ここの値段って、そういうキャラ込みの値段でしょ。それを渋水はあたしに奢っているんだから、あんたはあたしにメイドのサービスをする義務があるんじゃない?それにアンタだけタメ口じゃ、他の客の手前、店のイメージダウンでしょ」
渋水が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ホラ、早く早く」
あたしが急かすと、渋水はしぶしぶネコのポーズを取った。
「ご主人様、今日はリコニャンの所に帰ってきてくれて、うれしいニャン!」
渋水の顔が羞恥のためか、赤く染まる。
ヤッベェ、超・面白れぇ。
あの強気で性格最悪の渋水理穂に、こういう台詞を吐かせる事が出来るなんて。
ヲタク男子がハマるのも、ちょっと理解できるかも。
やがて渋水が、注文したオムライスと抹茶のタピオカ・ドリンクを持って来た。
「お待たせしました。ダ・ン・ナ・様」
ちょっと嫌味っぽく、渋水が料理をテーブルに並べる。
おいおい、「ご主人様」から「ダンナ様」に年齢アップしたって事か?
「ケチャップは?」
「いま書いてあげるわよ」
渋水はオムライスの上に「ハートマーク」を書き、その横に「LOVE RIHO」と書いた。
あたしは笑いを堪えるのに必死だった。
「アンタとあたしだったら、ハートマークよりボクシング・グローブの方が合ってるんじゃないの?」
「仕方ないでしょ。これしか書いた事ないんだから」
「ねぇねぇ、アレやってよ」
「アレって?」
「『美味しくなるおまじない』ってヤツ」
渋水はあからさまにイヤそうな顔をした。
「ホラ、早く!サービス、サービス」
渋水は大きなため息をつくと、ネコ手をして、自分の口元に持っていった。
「おいしくな~れ、萌え萌えきゅん!」
さらに渋水はネコ手で両手の投げキスをした。
「ニャンニャン・ビーム!」
「がははははは!」
あたしは堪えきれず、爆笑した。
この『性格最悪のクソ女』が『萌え萌えきゅん!ニャンニャン・ビーム』だってさ!
渋水は真っ赤な顔をして怒り出した。
「そんな大声で笑うことないでしょう!アンタがやれって言ったんじゃん!」
あたしは涙を拭った。
「いや、悪い悪い。だけど普段の渋水からはかけ離れた台詞だったからさ。つい・・・」
あたしはさらにメニューを指差した。
「このさ、『LIVE』って何なの?」
せっかくの機会だから、この際イジリ倒そう。
「これは『メイドさんが歌とかダンスを披露してくれるサービス』だよ」
「歌?どんな?」
「大抵はアニソンかボカロだよね」
あたしは意地悪い目で渋水を見た。
「あたしがここでお金払って『津軽海峡雪景色』とか『天城越え』とかをリクエストしたら、渋水は歌ってくれるの?」
渋水の顔が引き攣った。
「ちょっと、マジで止めてよ。店の雰囲気が壊れるじゃん!」
「嘘だよ。冗談、ジョーダン!」
「まったく、アンタを連れてくるんじゃなかったよ」
この続きは、明日12時過ぎに投稿予定です。




