5、昨日の敵は、今日も敵?(その2)
ノートパソコンを購入したお姉ちゃんは、事前の打ち合わせ通り
「妹と一緒に食事して買い物して帰るから」
と言って、金田さんを追い払った。
まぁあんな男に纏わり付かれたんじゃ、お姉ちゃんも迷惑だろう。
「美園、どうする?ご飯くらい食べていく?」
お姉ちゃんがそう提案した。
「あ、オゴリ?ラッキー」
「あんたにも迷惑かけたからね。たまには可愛い妹にお昼くらい奢ってあげるわよ」
お姉ちゃん、今日は気前がいいな~!
そういうお姉ちゃん、好きだよ。
「念のため、ちょっとお金を下ろしてくるね」
「あ、じゃあその間にあたし、アニメショップ見てていい?気になるアニメのグッズがあって」
「いいよ。じゃあお金を下ろしたら連絡するから」
そうしてあたしはいったんお姉ちゃんと別れた。
アニメショップに行きがてら、あたしはアキバの裏通りをウロウロした。
あまりアキバに来る事はないので、ちょっとこの『外国人にも有名なヲタクの聖地』を見物したくなったのだ。
公園の前を通りかかった時だ。
「何よ!止めてよ!」
という尖った女性の声が聞こえた。
思わず声のする方を覗いてみる。
三人の男と、一人の女子が言い争っている感じだ。
女の子の方は、まるでアイドルみたいな派手な衣装を着ている。
「そんなの、ソッチが勝手にやった事じゃない。わたしには関係ない!」
どこかで聞いた事のある声だ。
「オマエがそうするように仕向けたんだじゃないか!」
「利用するだけ利用して、金が無くなったらお終いかよ」
「そんな事は許されねーよ!」
・・・痴話喧嘩・・・って訳じゃないよな。三対一だもんな・・・
「わたしはあくまで仕事上のサービスとして、話をしていただけ。それを勝手に勘違いしてるのは、あなた達でしょ!」
「だから『勘違いさせる』ように、オマエが持って行ったんだろ!」
「しかも店とは関係ない自分のコンサートのチケットまで売り捌かせやがって!俺達を利用していたんだろうが!」
「自分のプライベートにまで俺達を利用しておいて、金が無くなったら途端に手のひらを返した態度を取りやがってよ!」
男三人は道路側を向いているが、女はコッチに背を向けている。
そしてのあの『金髪ツインテール』の後姿は・・・
渋水理穂だ!
渋水は小馬鹿にしたように言い放つ。
「ふん、そんな風に自分に都合のいい解釈しか出来ず、相手の気持ちを考えないから、普通の女の子に相手にされないのよ。それで店に来て、ちょっと優しくされてノボせ上がって、勝手にお金をつぎ込んだだけじゃない。それをわたしの所為にされてもね。話にならないわ」
アイツ、どこでもあんな強気な態度なんだなぁ。
あれじゃあ相手を逆上させるだけで、自ら危険な立場に追い込んでいるようなもんだ。
あの三人は、元・親衛隊か何かの連中か。
あの容姿じゃ、慈円多学園の男子生徒ではないだろう。
何かでトラブルになったんだな。
あたしは再び歩き始めた。
渋水のトラブルなんかに、付き合うつもりはない。
背後から男達の声が聞えた。
「この野郎、もう勘弁できねぇ。このままにしておけるか!」
さらに挑発的な渋水の声が続く。
「なによ、アンタ達に何が出来るって言うのよ!」
「このまま済ます訳にはいかねぇ。少なくとも金は取り戻さないとな」
「絶対に逃がさねぇからな!」
「ここだと場所が悪い。人が来る。場所を変えないと」
「なにをす・・・!」
渋水の声が途中で途絶えた。
「車に乗せろ!」
男の押し殺した声が最後に聞えた。
ケーケッケッケッケ!
渋水のヤロー、いい気味だ。
春には、あたしを親衛隊の男達に襲わせたよな。
今度は、その逆の気持ちを味わえばいい。
あの時、渋水はあたしに『拉致られて新聞沙汰にならないようにね』とか言いやがった。
あたしはそんなに甘くない。
このまま拉致られて、裏ビデオか海外にでも売られちまえ!
せめてもの餞別に、アンタの裏ビデオがレンタル・ショップに並んだら借りてやるよ!
『旧作、百円』の時にな!
あたしはそのまま立ち去ろうとした。
これは自業自得だ。
渋水が自ら招いた結果だ。
あの男達に対しても、そしてあたしに対してもね。
ネットの掲示板で見たが、海外の裏ビデオに物凄いモノがあるらしい。
拉致した女をさんざんアダルトビデオに出演させたあげく、人気が無くなったらワニやアナコンダに生きたまま食わせる、という殺人ビデオだ。
あたしは一瞬、渋水がアナコンダに生きたまま丸呑みにされる所を想像した。
あたしの足が止まった。
いや、さすがに生きたままアナコンダに丸呑みは残酷じゃないだろうか?
だったらワニに食われるとか・・・いや、それも残酷だ。
生きたままピラニアの大群に放り込まれる?いや、それもナシ!
一瞬の内にそんな想像が頭の中を巡った。
ハハ、まさかね、そんなバカな事があるものか・・・
だが・・・と思ってしまう。
渋水の声は途中で途切れた。
男達は「場所を変える、車の乗せろ」と言っていた。
まさかと思うが・・・彼らがエスカレートして、それこそ警察沙汰になったら・・・
・・・泣いている渋水の姿が浮かび上がった。
ええい、クッソ!
まだ公園から二十メートルも離れてない!
あたしは振り返ると、元の場所に走り出していた。
まだ渋水理穂と男三人は揉みあっていた。
だが背後から口を塞がれた渋水は、どこかに引きずられていく途中だ。
あたしはスマホのビデオ機能をONにした。
そして「警察への緊急通報」をセットする。
「ちょっと、あなた達、なにやってるのよ!」
あたしはそう大声を出した。
男達とは十分に距離を取っている。
彼らがあたしを追いかけて来ても、あたしは逃げ切る自信があるし、スマホの「緊急通報」はすぐに押せる状態だ。
「なんだ、オマエ」
男の一人がそう怒鳴った。
「なんだっていいでしょ!それより、女子一人に男三人で何しようとしてんのよ!」
「オマエには関係ねーだろ!」
「関係は無いよ。だけど女の子を男が大勢で暴力を振るおうとしていたら、止めるのは当然でしょ!」
男達はしばらく沈黙した。
だが三人とも黙ってあたしを睨みつけている。
やがて一人の男が口を開いた。
「この女はな、とんでもないヤツなんだ」
あ、それには同意。
「俺達にうまいこと言って利用してな、金を巻き上げ続けていたんだ」
あちゃ~、やっぱそんな事してたのか。
話しの感じから、そうだろうと思っていたよ。
渋水、そりゃアンタが悪い。
「俺だけでな、この一年でもう六十万はコイツにつぎ込んでるんだよ!」
いや、それはアンタが馬鹿なだけだろ。
「俺は四十万」
「俺なんて八十万だ!」
バ、バカって、こんなにいたのか?
そんなにつぎ込む前に、さっさと気づけよ。
「でもだからと言って、女の子を拉致して良い訳じゃないでしょ!そんな事をしたら警察沙汰だよ!」
こういう時は、少しでも相手をクールダウンさせるしかない。
あたしは落ち着いて説得するように、そう話した。
「あんた達、いまその子を『とんでもないヤツ』って言ってたじゃない。その『とんでもないヤツ』相手に、人生を棒に振ってもいいの?」
あたしなら渋水のために、人生をムダにするなんてゴメンだけどね。
男達は沈黙した。
少しは頭が冷えたか?
しかし一人、もっとも目付きが危ないヤツが顔を上げた。
「でもな、この女を絶対にこのままにはしておけない。俺はコイツに騙され続けて来たんだ!」
ゲッ、マズイ。
こいつ、目がイってるよ。
あたしに火の粉が降りかかる前に、逃げちゃおうかなぁ~。
あたしは最後の手段でスマホを取り出した。
「さっきからこの様子はビデオで録画してるから。それから警察への緊急通報もセットしてあって、後はあたしがこのボタンを押すだけだから」
そう言って、スマホのボタンを表示させる。
「この緊急通報をするとね、自動的に位置情報も警察に送られるんだよ。警官がすぐに来るだろうね。それにあたしは陸上選手だから、アンタ達が追いかけて来ても、逃げ切る自信はあるよ」
『アタシは陸上選手』は軽くハッタリが入っているが、満更ウソにもならないだろう。
何しろあたしは『陸上部No1の咲藤ミラン』に追従できる俊足なのだ。
「あたしが警察に通報したら、アンタ達の思い通りには絶対にならないよ。犯罪にならない、もっと真っ当な方法を考えないとね」
男達は下を向いていた。
かなり冷静になって来たのだろう。
「解ったら、その子を放して。そうすれば、このまま何事もなく終わるんだから」
背後から渋水の口と身体を押さえていた男は、しばらく逡巡していたが、やがて黙って彼女を放した。
渋水はすかさずダッシュして、あたしの方に来た。
流石は、抜け目の無い女だ。
「追いかけて来ても、ムダだからね」
あたしは一応、そう釘を刺した。
あたしと渋水は注意深く、後ずさるようにしてその場を立ち去る。
その背後に、男の声がかかる。
「このままで済むと思うなよ」
この続きは、明日正午時過ぎに投稿予定です。




