4、卒業式の日(中編)
「遅いですよ、天辺さん。もう他の人はみんな準備が済んでいます。あなただけですよ」
あたしを待っていた家庭科の先生は不機嫌だった。
「すみません」
あたしは殊勝に頭を下げた。
仕方ない。
先生はあたしのために、パーティーの参加に遅れてしまうのだ。
ちなみにあたしが着るドレスも、スカートがふわりと拡がった『いかにもドレス』という感じのドレスだ。
結婚式の二次会などで着られるような、カラードレスと言うらしい。
これは咲藤ミランが貸してくれたものだ。
「あたしがインターナショナル・スクールの小学部卒業の時に来たドレスだけど、サイズ的には丁度いいんじゃないか?」
と言うことだった。
彼女は小六の時には、今のあたしより背が高かったらしい。
ちょっと悔しいが、ラベンダー色の膝丈でフラワー型に開いたドレスは、とっても可愛かった。
ありがたく拝借する事にする。
ドレス用のインナーを先生に装着してもらう。
そう、これは『着る』と言うより、まさしく『装着』のイメージだ。
ウエストを締め上げ、バストを寄せて固定し、背中の紐で絞る。
その上からドレスを着る。
肩が大きく露出したドレスだが、ドレス用インナーのおかげでズレる心配はない。
髪型も結ってくれる。
一度と頭の上でふんわりとまとめ、そこから自然に後ろに垂らす。
頭の左側にはレースの造花を、頭頂部にはシルバーのティアラを乗せる。
「さあ、出来ましたよ」
先生はそう行って、あたしを鏡の前に誘導した。
姿見の全身鏡で自分の姿を確認する。
うわぁ、可愛い。
こんなお姫様みたいなドレスが着れるなんて!
夢みたいだ。
それに胸も形良く盛り上がって見える!
これは後でスマホで撮って、写真を記念に残しておかねば!
コン、コン
ドアがノックされる。
「入ってもいいですか?」
兵太の声だ。
「大丈夫ですよ。お入りなさい」
先生が答える。
ドアが開けられ、兵太が入ってきた。
兵太は黒とグレーのタキシードだ。
家庭科室に入ろうとした兵太は、あたしを見て息を止める。足も止まった。
あたしはどう反応していいか、わからなかった。
先生が変わりに話しかける。
「どう?可愛く仕上がっているでしょう?」
「え、ええ」
兵太は戸惑ったようだ。
「なんか、美園じゃないみたいだ・・・」
あたしは赤面して下を向いた。
・・・兵太も、カッコイイよ・・・
心の中でそっとつぶやく。
「さ、それじゃあ、プロムコサージュとブートニアをお互い付けて」
兵太はあたしの左手にプロムコサージュを、あたしは兵太の胸にブートニアを着ける。
それを見て先生は満足気にうなずいた。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
*****
あたしは兵太のエスコートされるように、彼の腕に右手をからませてパーティー会場に入る。
良かった、まだダンスは始まっていないようだ。
ダンスに出席するペアは、体育館の舞台の前に集合する。
舞台の上には吹奏楽部が、今日ばかりはオーケストラ形式で演奏をしている。
周囲に綺麗に着飾った男女のペアが大勢いる。
その周囲を、ダンスには参加しない一般生徒が取り囲むようにして、憧れの目で見ていた。
みんなには悪いけど、少し得意げな気持ちになる。
音楽が始まった。
それぞれの男女のペアが手を取り合って踊る「ソーシャル・ダンス」だ。
兵太は片手であたしの背中に手を回し、もう片方の手であたしの手を取って踊り出す。
あたしも同じようにする。
う~ん、どうも兵太にダンスの才能は無さそうだ。
周囲に合わせて回転するように踊るが、かなりぎこちない。
時々、他のペアにぶつかりそうになる。
それにこうして兵太と踊っていると、小学校の時のフォーク・ダンスを思い出してしまう。
あんまりムードは無いかな?
二曲ほど踊った後、赤御門様と咲藤ミランがやって来た。
赤御門様が兵太に声をかける。
「兵太、天辺さん。良かったらペアを変えて一曲踊らないか?」
どうやらあたし達のぎこちないダンスを見るに見かねて、エスコートしに来てくれたようだ。
なにせあたし達は、他の人にぶつかること五回、互いの足を踏んでしまったことが八回だ。
「あ、はい。俺は構わないです。美園が良ければ」
あたしは咲藤ミランの方を見た。
「いいんですか?せっかくのダンス・タイムなのに」
咲藤ミランも笑顔で言う。
「そんなこと、気にするな。せっかくのダンスなんだ。同じ相手とだけではつまらないだろ?」
こうしてあたし達はペアを変えて、一曲踊ることになった。
赤御門様とあたしがペアになったと解ると、周囲の女生徒から一瞬どよめきが起こる。
・・・悪かったな、不釣合いで!・・・
そしてにしても、あの赤御門凛音様とダンスできるなんて。
入学当初のあたしが知ったら、卒倒しそうな状況だ。
彼の完璧なほどの甘いマスクが身近にある。
そして細身ながらも引き締まった長身の身体。
うう、やっぱ少しクラッと来てしまう。
さすがに赤御門様のダンスは優雅で華麗だった。
エスコートされているあたしの方も、自然とレベルが上がっていく。
まぁ仕方ないか。
これは兵太が悪いんじゃない。
赤御門様のレベルが上すぎるのだ。
「そうそう、そんな感じのステップで。天辺さん、上手いよ。飲み込みが早い」
そうアドバイスしてくれた後、赤御門様はそっとあたしに囁いた。
「天辺さんのお陰で、僕とミランは素直になることが出来た。感謝しているよ」
「そんな・・・あたしは何もしてないですし・・・」
「いや、天辺さんがいなかったら、僕とミランは今頃付き合っていなかったよ。お互い、変な意地を張っていたと思う。幼なじみを『好きだ』って認めるって、意外に勇気がいる事だよ。君と兵太にはその勇気を貰ったと思っている」
そしてその視線が、咲藤ミランと兵太の方に向けられた。
「今日こうして、彼女とペアで参加できたのも、天辺さんのお陰だと思っている。ミランもね。本当にありがとう」
なんか、そんな風に言われると照れるなぁ。
あたしは当初、咲藤ミランさえ敵視して、赤御門様にアタックしていたのに。
あたしも兵太と咲藤ミランのペアに目を向けた。
彼女の身長は174センチ。
対して兵太の身長は169.5センチしかない。
(最近はもうちょっと伸びて170センチを越えたらしいが)
よって咲藤ミランの方が、一目でわかるくらい背が高い。
まるで
「ママにダンスを教えてもらっている中学生」
みたいだ。
あたしは思わず小さく吹いてしまった。
この続きは、明日9月13日(金)朝7時過ぎに投稿予定です。




