3、バレンタイン・オブ・ザ・リビングデッド(Final Stage)
慈円多学園のバレンタイン。
それは『カップルから彼氏を奪い取る、過激なサバイバル・ゲーム』だった。
意中の男子の口に、チョコレート・ケーキを当てる事が出来れば、
その女子は『一週間の恋人』になれる。
当然、カップルとなっている彼女は、それを黙って見ている事はない。
高性能のウォーターガンを手に、彼氏に群がってくる女達を倒さねばならない。
ウォーターガンに込められたミント・ジュースを敵に当てる事で、相手の女は失格となる。
今回のバレンタイン公式戦で
「兵太にチョコレート・ケーキを渡したい!」
と意思表明した女子は24名。
だがゴール直前で、今や美園の最大の敵となった川上純子が
残りの十人の女子を集めて待ち構えていた。
10対1
絶望的な状況の中で、美園は最後の手段に出る。
美園は無事に兵太を守りきる事が出来るか?
いよいよ最終ステージ。
「おいおい、いつまで、そうしてるんだ?いくら何でもアツすぎるだろう?」
この声は?
あたしは兵太の顔から唇を離すと、恐る恐る後ろを振り向いた。
そこには、咲藤ミランと女子陸上部のみんながいた。
それだけじゃない。
セブン・シスターズの菖蒲浦あやめと海野美月もいる。
彼女達は全員、あたしと同じようなライフル型ウォーターガンを構えていた。
そして恋愛ゾンビは全員、ミントジュースまみれになっていた。
ただ一人、川上純子を除いて。
「天辺の事だから、助っ人は誰も頼まず、一人で戦うと思っていたよ。だけどこれはそういうゲームじゃないんだ」
咲藤ミランが笑いながら言った。
「ガード側は最低三人の助っ人を頼んで、彼氏の前後左右を固めるのよ。敵はどこから襲ってくるか解らないからね」
そう言ったのは菖蒲浦あやめだ。
「それにしても、たった一人でここまで来るなんて凄いわ。今までそんな話は聞いた事がない。あたしは、途中まで天辺さんを迎えに行くべきだって言ったんだけど」
海野美月は、ホッとしたような顔と声で、そう言った。
大人しく、この学校のイベントを避けてきた彼女まで、こうしてあたしを助けに来てくれたなんて。
それに対し、咲藤ミランが弁明するように答える。
「悪い悪い。だけど天辺が『たった一人で体育館に向かっている』って知ったのは、このゲームが始まってからなんだ。天辺のクラスの新聞部の子が、あたしのクラスに来て教えてくれてな」
七海だ。
彼女は、あたしを心配のあまり、咲藤ミランの教室まで『あたしを助けてくれるように』頼みに行ってくれたのだ。
今回、七海には本当に助けられた。
このハンドガンといい、このゲームの心構えといい、そしてこの件といい・・・
いや、そもそも七海がいなかったら、あたしは自分の教室を出た時点で敗北していたかもしれない。
斉藤カノンが笑いながら言う。
「咲藤先輩は天辺さんを心配のあまり、自分のバレンタイン・ゲームは大急ぎで終わらせて、この体育館で待ってたのよ」
「こら、カノン。余計なことを言うな!」
全員が笑った。
あたしはみんなに、そしてここにはいない七海に、心から感謝した。
あたしは目を、廊下の端にいた川上純子に向けた。
彼女は怒りと屈辱に身体を硬直させながら、あたしを睨みつけていた。
あたしの視線に気がついた咲藤ミランが、口火を切る。
「さて、残ったのは彼女だけだが・・・どうする?」
菖蒲浦あやめも続いた。
「そうね。あたし達がケリをつけても良かったんだけど、何やら因縁がありそうだし・・・」
海野美月は、あたしと川上純子を交互に見た。
「天辺さんの納得に行くようにした方がいいと思う。天辺さんの学園生活はまだ続くんだから。ここでわたし達が手を出すのは、逆に良くないんじゃないかな」
「どうする、天辺?」
咲藤ミランがあたしを見る。
「彼女と、川上さんと一対一で決着を着けたいです」
咲藤ミランはうなずいた。
「どうやって決着をつける?」
「誰か、川上さんに銃を渡してあげてください」
斉藤カノンが持っていたライフル型ウォーターガンを、川上純子に差し出した。
川上さんは、黙ってそれを受け取る。
「川上さん、合図と同時に、二人で撃ちあう。どちらか先に相手に当てた方が勝ち。それでいい?」
「両方同時だった場合は?」
「その場合は、川上さんの勝ちでいい。少しだけど、あたしの方がこの銃に慣れているはずだから」
「ずいぶん余裕ね。その余裕が命取りにならないといいけどね」
「ご忠告、肝に命じておくよ」
あたしは咲藤ミランの方を見た。
「咲藤先輩。合図をお願いします」
「わかった。二人とも銃は下げて。あたしの投げたこのコインが床に着いた時が勝負開始だ。その前に動いた方は失格とする」
あたしは無言でうなずいた。右手の銃を下に向ける。
川上純子も同じようにした。
咲藤ミランが右手を前に出す。
その親指にはコインが乗せられている。
ミランの指がコインを弾いた。
コインは勢いよく上に飛んだかと思うと、放物線を描いて床に落下した。
「チーン」
コインが床に落ちる、軽い金属音が響くと同時に、あたしは左に動いた。
ライフルを持ち上げながら、だ。
だが川上純子の動きも速かった。
彼女も同じように左側に動いていた。
彼女のライフルの銃口が持ち上がる。
ライフルがあたしの方を向いた。
それを見たあたしは急制動をかけ、右への移動を開始する。
一瞬の差で、あたしが移動するはずだった場所を、青い水流が貫通する。
あたしも右移動と同時に、ライフルの引き金を引いていた。
あたしのライフルから迸るミント・ジュースは、川上純子の身体には当らなかった。
水流はそのまま、床を塗らしたに過ぎなかった。
川上さんがニヤっと笑ったように見えた。
だが次の瞬間、その顔が驚愕に変わる。
彼女の足が大きく滑ったのだ。
あたしはバランスを崩した彼女を、冷静に狙った。
素早く二度、引き金を引く。
アクション映画で見た「ダブル・タップ」という撃ち方だ。
互いに激しく動く撃ち合いでは、相手を撃つ時は二発撃つ、という方法だ。
あたしの狙いは正確に吸い込まれるように、倒れた川上純子の顔面と胸を直撃した。
「「勝負アリ!」」
いつの間にか近くに来ていた審判員と、咲藤ミランが同時に宣言した。
あたしは川上さんに近づく。
彼女は床に座りこんだまま、悔しそうにあたしを見上げた。
「あそこで足さえ滑らなければ・・・」
あたしは首を左右に振った。
「違うよ。あれがあたしの狙いだったんだ」
彼女が鋭い目付きをあたしに向ける。
あたしは逆に静かな目で彼女を見下ろす。
「あたしは最初から、川上さんが進む先の足元を狙っていた。あそこで川上さんが足を滑らせるようにね」
彼女は視線を落とした。
だがあたしへの怒りが消えた訳じゃないだろう。
苦痛に耐えるような顔のまま、床を見つめ続けていた。
・・・誰かを頼った人間と、独りで戦った人間の差だよ・・・
しかしあたしはその言葉は胸に飲み込んだ。
敗者を鞭打つ必要はない。
「兵太、行こう」
あたしは兵太にそう声をかけると、体育館の扉を開いた。
・・・
あたしと兵太は体育館に入った。
広々とした体育館には、他に誰もいない。
咲藤ミラン達は、この中には入って来なかったのだ。
背後で扉が閉められる。
これであたしと兵太の二人っきりだ。
あたしは奥のステージ前の小型冷蔵庫に近寄った。
兵太も並んで一緒についてくる。
冷蔵庫を開ける。
そこには一個だけ、チョコレート・ケーキが入っていた。
あたしの分のチョコレート・ケーキだ。
あたしはケーキを取り出すと、そっと兵太に差し出した。
「あたしからのバレンタイン。受け取ってください」
兵太はあたしの手から、チョコレート・ケーキを受け取った。
「ありがとう。喜んでいただくよ」
「本当は、こんな学食で売っているケーキじゃなくて、あたしの手作りのチョコレート・ケーキを食べて欲しいんだけど・・・」
あたしは俯いた。
付き合って最初のバレンタインなのに、もっと心のこもったチョコを渡したかったのだ。
「いや」
兵太は首を左右に振った。
「美園が、俺のために本当に一生懸命だったことは良くわかったよ。この学校の女子の過酷さもね」
そう言って兵太は、ケーキを一口齧った。
「これで、俺と美園はこの後も一緒だよな?」
あたしは頷いた。
安心したので、涙がこみ上げて来そうになる。
「次は何かあったら、俺が美園を守るよ」
その言葉を聞いて、あたしは兵太の胸に自分の額を押し当てた。
頭の上から兵太の声が降りかかる。
「でも一ついい事があったよな。初めて美園とちゃんとキスできた。今まで、中々キスするチャンスが無かったから」
「バカ・・・」
あたしは小さく、兵太のお腹をグーで小突いた。
・・・キスくらい、いつしてくれても、いいんだよ・・・
この続きは、9月11日(水)朝7時過ぎに投稿予定です。




