3、バレンタイン・オブ・ザ・リビングデッド(ステージ6)
慈円多学園のバレンタイン。
それは『カップルから彼氏を奪い取る、過激なサバイバル・ゲーム』だった。
意中の男子の口に、チョコレート・ケーキを当てる事が出来れば、
その女子は『一週間の恋人』になれる。
当然、カップルとなっている彼女は、それを黙って見ている事はない。
高性能のウォーターガンを手に、彼氏に群がってくる女達を倒さねばならない。
ウォーターガンに込められたミント・ジュースを敵に当てる事で、相手の女は失格となる。
今回のバレンタイン公式戦で
「兵太にチョコレート・ケーキを渡したい!」
と意思表明した女子は24名。
いよいよゴール直前。
残る敵は10人。
だがその全員がゴール前で待ち構えていると言う。
美園は兵太を守りきり、このゲームに勝利する事が出来るのか?
『バレンタイン公式戦、一年E組・中上兵太、14/24クリア』
あたしは体育館に向かう渡り廊下に出る前に、もう一度スマホを確認した。
体育館への通路は、後はこの先の渡り廊下だけだ。
果たして、そこに残りの十人がいるのか?
それとも残りはほとんどが棄権してくれたのか?
スマホを握る手に汗がにじむ。
「美園」
兵太が静かに声をかけてきた。
「もし美園がこのゲームに失敗して、他の女子が勝ったとしても、俺は美園以外の女の子を好きにならないよ。それだけは信じて待っていて欲しい」
あたしは背中で、その兵太の言葉を聴いていた。
兵太の気持ちはうれしい。
だがここまで来たら、ただ兵太に一週間ラバーズが出来る・出来ないの話だけではない。
ここまで必死にクリアして来たのだ。
最後まで完遂したい。
「ありがとう」
あたしは言葉を止めた。
「兵太のこと、信じてるよ。でもあたしは、ここで逃げる気はないから。あたしは全力で、他の女子から兵太を守ってみせる」
兵太は背後から、そっとあたしの肩に手を置いた。
「わかった。でもあんまり無理はするなよ。それから危ない事はするな」
あたしは兵太を振り返ると、ニッコリ笑った。
「大丈夫。その代わり、このゲームが終わったら、あたしにケーキセット奢ってね」
兵太も笑った。
「今日はバレンタインだろ。美園が俺に奢ってくれるんじゃないのか?」
あたしも笑う。
だがすぐに真顔になって正面を向いた。
「さぁ、最後の戦いだ。行くわよ!」
*****
特別教室棟から体育館に行くための渡り廊下に出るため、廊下を左に直角に曲がった。
そこであたしの足は止まった。
・・・甘かった・・・
あたしは下唇を噛みしめる。
目の前の光景を見て、あたしは絶望感に捕われた。
そこには川上純子を中心に、残り十人の女子達が勢揃いしていたのだ。
川上純子。
兵太の事が好きで、一学期には自信なく、あたしに探りを入れてきた子。
あたしが
「兵太はけっこうモテるから、さっさとアタックした方がいいよ」
と焚きつけた子。
そして彼女と兵太が付き合いそうになった時、あたしは兵太を渡したくなくて、最後の日に奪い取った。
彼女はそんなあたしが兵太と付き合う事が許せなくて、再戦を挑んできた。
そして、今や渋水理穂と並ぶ、あたしの最大の敵となった子。
大人しく、引っ込み思案で、まるで小学生のようにも見える可憐な彼女を、『血に飢えた野獣』にしてしまったのは、間違いなくあたしだ。
体育館前の渡り廊下は、そこまで広くはない。
そして体育館の入り口の前に、川上純子を中心に、両側に九人の『恋愛ゾンビ』女子が並んでいる。
その誰もが、両手に必殺のチョコレート・ケーキを持っていた。
あたしも兵太も、そのケーキの集中砲火を避けて体育館にたどり着くのは、到底不可能だろう。
「天辺さん」
川上純子が一歩前に進み出た。
「さすがですね。あなたなら、きっとここまで来ると思っていました」
彼女は勝ち誇った顔で、あたしを見る。
「だから私は、ここに残りのメンバーを集めたんです。最初からあなたがここに来る事を予想して。天辺さんに反感を持っている人たちを」
ギリッ、とあたしは歯軋りをする。
あたしは、まだこのゲームを甘く見ていたのだ。
それだけじゃない。
あたしは『川上純子の執念』も、甘く見ていた。
彼女がこのまま大人しく、ゲームの行方を見ているはずが無かったのに・・・
「いくらあなたの脚が速くても、この廊下を全員の攻撃を避けて通り抜けることは不可能です」
あたしは下を向いた。
ライフルも力なく下を向く。
「天辺さん、あなたの負けです」
彼女は口元には笑いを、目には憎しみを浮かべて、そう宣言した。
あたしはゆっくりと顔を上げた。
「まだ、わからない・・・」
川上純子は怪訝な顔をした。
あたしは押し殺した声で、もう一度言った。
「まだ、勝負は終わった訳じゃない・・・」
川上純子は、馬鹿にしたような表情であたしを見る。
「負け惜しみですか?往生際が悪いですね、天辺さん」
「川上さんも一つ忘れているよ。このゲームのルールは『標的となる男子の口にケーキをぶつける事』。そしてあたしを倒すには『顔面にケーキをぶつける事』。これがクリアされないと、あなた達の勝ちにはならない」
「それは時間の問題ですね。いくら天辺さんが頑張っても、十人を一度に相手する事は無理だし、この人数の攻撃を全てかわすことは出来ない」
「かわすことは出来ないけど、ガードは出来るかもしれない」
「どうやって?」
「こうやってだよ!」
あたしはクルリと振り返ると、真後ろにいた兵太の首に手を回し、強烈にキスをした。
これがあたしの最後の手だ。
敵の勝利条件が『あたしの顔面にケーキをぶつけること』『兵太の口にケーキを当てること』なら、その両方を塞いでしまえばいい。
その両方をガードするため、あたしは兵太の口を塞ぐようにキスしたのだ。
背後にいる全員が、呆気に取られる雰囲気が感じられる。
だが今のあたしには、こうするしか手がない。
「本当に諦めの悪い女だねっ、アンタって人は!」
川上純子がヒステリックに叫んだ。
「そんな事したって、ムダなんだよ!横からアンタの顔にケーキをぶつければ、アンタは失格なんだからねっ!ムダ無駄ムダ無駄ぁ~っつ!」
そんな事はあたしだって解っている。
だが横に来たヤツには、両手の銃で狙い撃てる。
どこまで保つかわからないが、最後の最後まで抵抗してやる。
来るなら来い、恋愛ゾンビども!
「みんなっ、横に回りこんで、あのクソったれ女の顔面に、思いっきりケーキをぶつけてやって!」
川上純子の憎悪むき出しの声が響いた。
それと同時に、恋愛ゾンビ共が動き出す気配がする。
あたしは右手のライフル、左手のハンドガンを握り直す。
だがその両手はしっかりと兵太の首に手を回していた。
兵太もその両手を、あたしの身体に回した。
あたしの両手を邪魔しないように、脇の下からウエストのあたりを柔らかく抱いた。
あたしはこんな状況なのに、なぜか幸福感を感じていた。
兵太と、こんなにハッキリとキスした事はない。
これはあたしのファースト・キスかもしれない。
(前に遊園地で、七海にキスされたけど、あれは計算外にしている)
背後で何か物音がしている。
兵太とあたしは、その間もしっかりと口付けをしていた。
この世界が壊れても、あたし達二人は離れないように・・・
どのくらいの間、あたし達はそうしていたのだろうか?
いつまで経っても、誰も攻撃して来ないことに、あたしは気が付いた。
その時だ。
「おいおい、いつまで、そうしてるんだ?いくら何でもアツすぎるだろう?」
この続きは、明日9月9日(月)朝7時過ぎに投稿予定です。




