3、バレンタイン・オブ・ザ・リビングデッド(ステージ4)
慈円多学園のバレンタイン。
それは『カップルから彼氏を奪い取る、過激なサバイバル・ゲーム』だった。
意中の男子の口に、チョコレート・ケーキを当てる事が出来れば、
その女子は『一週間の恋人』になれる。
当然、カップルとなっている彼女は、それを黙って見ている事はない。
高性能のウォーターガンを手に、彼氏に群がってくる女達を倒さねばならない。
ウォーターガンに込められたミント・ジュースを敵に当てる事で、相手の女は失格となる。
今回のバレンタイン公式戦で
「兵太にチョコレート・ケーキを渡したい!」
と意思表明した女子は24名。
美園はこの24名の魔の手から、兵太を守りきれるか?
残る敵は17人。
廊下を体育館に向かって歩く。
一見なにげなく歩いているように見えるが、右手に持ったライフル型ウォーターガンはいつでも敵を狙い打てるように掲げている。
目は左右を油断なく見張っている。
銃(と言っても水鉄砲だが)の撃ち方も、何となく分って来た。
おそらく「目で敵を認識してから、構えて撃つ」のでは遅いのだ。
「常に目で見ている方を銃口で指差す」ように動かしている事が必要なのだ。
これなら敵を見つけたら、後は引き金を引くだけでいい。
兵太がすぐ真後ろにいるのもNGだ。
あたしが敵の攻撃を避けた場合、兵太に命中してしまう。
と言って離れ過ぎていても、兵太が狙われてしまう。
「兵太はあたしの2メートル後ろを付いて来て。それから真後ろは歩かないで!」
そう言い含めてあった。
とある教室の前に掃除用ロッカーが出ていた。
あたしはその前を通り過ぎる。
何も起きない。
だが兵太がその前を通ろうとした時だ。
ロッカーが突然開く。
そこからチョコレート・ケーキを持った恋愛ゾンビが飛び出す。
「ゴリッ」
ソイツがケーキを投げつける前に、後頭部にハンドガンを突きつける。
「怪しすぎるんだよ。こんな所に掃除用ロッカーが出てるなんて」
あたしは引き金を引いた。
彼女の後頭部が、ミントジュースまみれになる。
そう、あたしはこの掃除用ロッカーを最初から怪しんでいた。
ちょうど人一人が入れる大きさだし。
あたしは通り過ぎるフリをして身体を翻し、ハンドガン型水鉄砲を構えていたのだ。
「これで、8人目」
あたしは冷徹に言った。
*****
だいぶこのゲームにも慣れてきた。
スマホの情報を見ると
『バレンタイン公式戦、一年E組・中上兵太、8/24クリア』
となっている。
まだ恋愛ゾンビどもは16人もいるのだ。
他の人のバレンタイン公式戦の状況を見てみる。
既に赤御門凛音様の公式戦は終了しているようだ。
何せガードしているのが、咲藤ミランだからね。
現在、赤御門凛音様は咲藤先輩と付き合っている。
彼女なら、そこらの女生徒に遅れを取る事など考えられない。
その上、女子陸上部のメンバーが助太刀しているだろう。
無人の野を行くように、体育館までたどり着けたと思う。
また既に何組かのカップルは、恋愛ゾンビに敗れたようだ。
『バレンタイン公式戦、二年F組・西守 陽翔、クリア失敗』
『バレンタイン公式戦、二年B組・朱雀門 源治、クリア失敗』
次期ファイブ・プリンス候補の二名の名前が上がっていた。
彼女としては泣きたいほど悔しい事だろう。
あたしはスマホをポケットに仕舞った。
・・・あたしは負けない。あたしは兵太を他の女に渡さない。絶対に・・・
あたしは決意も新たに歩き出した。
*****
その女は普通に教室から出てきた。
あたしは素早くその女をチェックする。
手には何も持っていない。
だがそこで安心したのがマズかった。
女は、あたしのライフル型ウォーターガンに掴みかかって来たのだ。
「なにをっ!」
あたしは声を上げるが、女はライフルを離さない。
そのまま銃口を上に向けられる。
クソッ、この女、力が強い!
「早くっ!今のうちにっ!」
その女が教室内に向かって叫んだ。
その声を合図に、もう一人の女が廊下に飛び出して来る。
右手には必殺のチョコレート・ケーキを構えてだ!
もしあたしがその時、ライフルに固執していたら負けていただろう。
だがあたしはもう一人の女が飛び出して来たと同時に、ライフルを離していた。
左手で素早く腰に挿したハンドガンを引き抜くと、もう一人の女の背中に向かって引き金を引く。
一瞬の後には「あたしがライフルを離した事でバランスを崩した女」にハンドガンを向ける。
顔面目掛けて、引き金を引く。
「ビシャッ!」
相手の目を直撃だ。
女は目を押さえてしゃがみ込んだ。
小さく呻く。
しばらく目が沁みたままでいろ!
こんな手を使う相手には、情けは無用だ。
しかしまさか、肉弾戦を挑んでくる相手がいるとは考えもしなかった。
だが確かにルールに「相手の武器を取り上げてはいけない」とは書かれていない。
ルールに無い以上、どんな攻撃もアリなのだ。
あたしは左手のハンドガンを見た。
七海が手渡してくれたものだ。
「あたしでは予備の武器を準備していないだろう」と言って。
彼女はおそらく、こういう事態も予想していたのだろう。
七海の友情と心遣いに感謝する。
これでまた『二人撃破』だ。
あたしはしゃがみ込んだ女からライフルを奪い返すと、兵太に「先に進む」と目で合図した。
*****
水道場前の角を曲がる。
ゴールは近い。
この特別教室棟の廊下をまっすぐ進み、もう一度角を曲がると、体育館に繋がる渡り廊下だ。
すると前方の美術教室から、手押しカートを押した女生徒が現れた。
見た所、このゲームには参加していない一般女子のように思える。
あたしの方は見たが、関心が無いのようだ。
カートには大きなダンボールが乗せられている。
そのまま静かにあたしに近づいてくる。
あたしも歩みを止めることはない。
彼女はすれ違う時、小さく会釈した。
だがそれは演技だった。
すれ違った瞬間
「バンッ!」
と言う音がして、ダンボール箱が開く音がする。
しかしあたしはそれを予想していた。
後ろも見ずに、冷静にライフルを背後に向けると、二回引き金を引く。
「ビシャッ!」「ビシャッ!」という音が、ほぼ同時に二回響く。
「勝負アリ!」
審判員の声が聞える。
後ろを見ると、カートを押している女と、ダンボールから上半身を出した女が、二人とも手にチョコレート・ケーキを手にしていた。
驚いたような表情で、二人ともあたしを見つめている。
「どうして・・・?」
ダンボールの女が言った。
「さっきも手押しカートを使った二人組の攻撃を受けたんだよ。あんた達が最初の方に攻撃を仕掛けていたら、あたしはやられていたかもしれないね」
そう、あたしはもう、この校内ですれ違うどの女にも油断はしない。
小説風にカッコ良く言うと
『あたしは戦士として、急速に成長している』のだ。
この続きは、明日9月8日(日)朝9時頃の投稿予定です。




