魔法王国の斜陽 ─ドキッ!?おっさんだらけのファンタジー、なろうにはチートハーレムしか無いじゃねぇかプヒャアなんて言わせねぇ!─
白竜山脈の西のふもと、剣士アルベルトは小高い丘の上から眼下の村を見下ろした。
「何が起こっている?」
目の前に広がる田畑は茶色く痩せこけ、枯れずに残る麦の穂先も実り豊かとはほど遠い。
暑さの酷しい夏場をとうに越え、豊穣な秋の季節に向かうこの時季にひび割れた麦畑は余りにも無惨であった。
「村に急がねば」
日は天中をとうに過ぎ、影がソロソロと延び地に落ちる。
彼は丘を駆け降りた。
アルベルトは旅の剣士である、しかし只の剣士ではない。
魔法剣士と呼ばれる剣と魔法を駆使する武芸者である。
近く寄らばその剣で叩き伏せ、遠く離れれば魔法の詠唱で一網打尽にする。
剣のみならず、古く伝統ある魔術師学園にてその才を研鑽した、剣士にして魔術師、それが彼である。
アルベルトはこの村に特に縁ある人物では無い、かつて通り過ぎた村の1つに過ぎない。
アルベルトが所用にて白竜山脈の東側に向かった折り、一度だけ立ち寄り旅先の宿を求めたのだ。
その時の季節は草木の芽が萌ゆる新緑の時季で、豊かな緑で彩られた田畑が夏へ向かって力強く命を伸ばしているまっただ中であった。
「それがどうだ、この荒れよう」
ただ事では無い。
思わす渋面を作る。
彼は村長の家へ真っ直ぐ足を運んだ。
───
村長は髪が薄くなりかけた初老の男性だ。
息子夫婦と孫に囲まれて暮らしているが、その顔には隠しきれない疲れが見えた。
アルベルトが村に着いたその夜。
彼は村長とその妻、息子夫婦、更には村人の多くから持て成しを受けた。
村の中で一生を過ごす者も珍しくないご時世である。
旅人の話は貴重でなおかつ娯楽でもあった。
振る舞われた麦酒にアルベルトの舌も滑らかに、そして軽妙に動いた。
やれ、東側の国は麦を食わず米と呼ぶ穀物を食う。
やれ、東側の武芸者は珍妙な技を使う。
やれ、東側の国は宦官なる者達が国を動かす。
息子夫婦の子供達は彼の武勇伝に眼を輝かせ、四つ手熊討伐の話には身を乗り出して聞き入った。
女達は東の豊国で、如何なる衣装や髪飾りが流行っているかに心奪われた。
男達の興味はもっぱら山越えの商隊がいつ到着するかであった。
商隊が来れば村のなけなしの財を糧食に代えられる目処が立つ、しかし来ないならば別の手立てを準備せねばならぬ。
これは村の畑の惨状ゆえの事だろうとアルベルトは推測した。
彼は直ぐにでも聞き出そうと逸る己れを抑えつけた、自分は只の旅人である。
村人が村の窮状をたかが旅人風情に打ち明けてくれるか、心許なかったからだ。
酒が進み場が弛んだ頃合いを慎重に慎重に見計らって、彼はそれとなく尋ねた。
この村の田畑に何が起こったのか?
アルベルトの疑問に村人らは一瞬渋面を作りはしたがすぐに皆がポツポツと語りだした。
曰く、雨が無かった訳では無い。
曰く、村の近くの水源がある。
曰く、その水源から水を引き田畑に水をやる。
曰く、今年はその水源が細くなった。
曰く、隣村に水源を奪われた。
「なんと言う事だ」
農地を耕す者にとって水源がいかに大事か。
旅の剣士である彼にもそれは理解できた。
よし、と彼は決意した。
「明日、朝一番にその隣村に行き話をつけてこよう」
アルベルトはそう口にした。
一宿一晩の恩を返すのに、そのぐらいは引き受けても構うまいと。
しかし、彼は知らなかった。
事は斜め上の事態に発展することを。
───
村長の家で、前回と同じく一晩泊まったアルベルト。
朝一番で村を出た彼が、件の隣村に着いたのは太陽が最も高い位置に達する少し前であった。
道は整っているとは到底言えず、健脚の彼の足をもってしても思いの外時間が懸かった。
村人の足では日帰りは難しかろう。
見かけない旅人であるアルベルトを、最初は警戒し、次に魔法剣士であると知るや否や歓待しようとした隣村の面々であった。
魔法剣士の肩書きは騎士に勝るとも劣らない社会的地位がある。
しかし、彼が水源地の件で村の代理人としてやって来たと知ると、再び態度を固くしてしまった。
(ややっ、これは話の切り出し方を見誤ったか?)
アルベルトは片眉を上げた。
村同士の揉め事というモノは、余所者には伺い知れぬ心情が絡む事がある。
旅慣れた彼はその事を知っていた。
しかし、剣と魔法で幾つもの難題や事件を解決してきたという自信と自負も同じくあったのだ。
今回はその彼の自信が裏目に出たらしい。
(はて、どうしたモノか)
なるべく穏便に事を運ぶべきであろう。
水源地を奪った悪者として村人全てを斬って棄てる訳にもいかず、アルベルトは渋顔を作った。
黙りこんでしまった彼に、村人はそれぞれに顔を見合わせた。
村人の一人がオズオズと声をあげた。
髪が薄い壮年の男だった。
「あの魔法剣士様、俺達だって水源は大事なのです! 水源を奪われたまま話す事なんて一つもありませんよ!」
「そうだ! 水源を返して貰わなきゃ話なんて出来ねぇ!」
一人目に続いて、二人目の村人が荒い声をあげた。
髪が薄い中年の男だった。
(む? どういう事だ?)
アルベルトは疑問に思った。
最初に訪れた村からこの隣村が水源を奪ったのでは無かったか?
何かしら行き違いがあるのか、勘違いがあるのか、確かめねばならぬ。
「その水源地について詳しく話せ」
アルベルトは腕組をして言った。
隣村の男達から聞き出したのは、最初の村とほぼ同じだった。
畑をしてる中肉中背の男。同じく畑仕事をしている腹が出た男。
鍛冶をしているという二の腕が特に太い男。
粉牽きをしているという小柄な男。
木こりをしている筋肉質で細身の男り。猟師をしている大柄な男。
それぞれが言葉は違えど同様の事を口にしたのだ。
共通しているのは、水源からの水が細くなった、と言う事である。
それを相手の村に奪われたと思い込んだようだった。
麦畑に目をやると、この村の畑もまたひび割れ麦は痩せていた。
隣村の男達が嘘をついていないのは、畑が証明している。
アルベルトは隣村の男達に水源地への案内を頼んだ。
何事かが水源で起きている。
彼の案内役をかってでたのは、髪が薄い細身の青年だった。
───
隣村を出て半刻ほど歩いただろうか。
村の側を流れる水流に沿って、上流域へ向かう。
既に水流は川と呼んでいいのか首を捻るほどの細さと頼りない勢いになっている。
聞けば本来はもっと豊富な水が勢いよく流れる川だったようだ。
その為、村に水を引き入れる木製のトイを川面が下回り、結果として上手く村へ水を廻すことが出来なくなっていたのだ。
最初の村へは水源を同じくするものの、この川とはまた別の川が流れて行ってるらしい。
川辺の周囲が石から岩へ、岩から岩石へと大きくなり、移動にも手間取るようになった頃、目的地についた。
「ここでさぁ、剣士様」
アルベルトが見やると、そこには岩と石とが積み上がっていた。
大岩と石と枯れ木が組み合わさった隙間からチョロチョロと水が流れている。
それは足下の水流へと合流して細い川となって川下へと流れていた。
アルベルトの目には、水源地と言うには頼りなく見えた。
「元々この岩壁っていうか石壁は無かったんでさぁ」
案内役の細身の青年は吐き捨てるように言った。
アルベルトは、なるほどこの岩壁の向こう側が水源地なのだと気付いた。
しかし、高く積み上がり乗り越えようにも簡単には行けそうもない。
「それが、水流が少なくなった事に気がついた時には手遅れでこの有り様でさぁ、ホントアイツら余計な事しやがって」
髪の薄い青年が言う「アイツら」が最初の村の事を指しているのは、アルベルトにも察しがついた。
「見たのかね?」
「え?」
「向こうの村の住人がここを塞いでいる所を誰か見たのかと聞いている」
「あ? いや見た者は誰もいないでさぁ……」
アルベルトが問いただすと、トタンに案内役の彼はシドロモドロになった。
「しかし、剣士の旦那、俺達の村でこんな事する奴は居ねぇ、する必要もねぇ。なら向こうの村の連中の仕業に違いねぇでさぁ、ここを塞げば向こう側の水流が増えるに決まっている、子供でも気が付く事でさぁ」
本当にそうだろうか? アルベルトは思った。
日照り、干ばつで切羽つまる状況なら兎も角わざわざ隣村と進んで事を荒立てる村人達には見えなかったからだ。
「いつからだ、ここが塞がれてからの日数は?」
「少なくともひと月前にはこれは無かったでさぁ、十日ほど前に気付いて、どうするか村の皆が困ってた所でして」
アルベルトは腕を組んだ。
自然に岩や石が組み合わさって、このような水の流れを止める壁が出来上がるだろうか?
それとも誰かが意図して組み上げたのだろうか?
少なくとも、最初の村も隣村も水を塞き止めるメリットは無い。
どちらの村も、水の不足で畑が乾いていた。
ならばその両者以外のナニかである、彼はそう結論づけた。
アルベルトは案内役の青年を村に帰した。
ここからは彼一人で水源地を直接眼にする必要があった。
もし、危険があった時ただの村人では足手まといに成りかねない。
それに。
アルベルトは目の前の岩壁を見上げた。
この壁の向こう側に行くのも一筋縄ではいきそうも無い、彼は腕を組んだ。
───
魔術というのは、術者本人の体内にある魔力を使い、真言と呼ばれる言葉を介して自然界に働きかけ、望みの自然現象を再現する技術と考えられている。
魔術を知らぬ一般人がイメージする、怪しげな呪文を唱えビックリ現象を引き起こす事、というのは然程間違いでは無い。
しかし、魔術を使っても出来ない事がある。
自然界に存在しない事は、魔術で再現出来ないからだ。
空に火の玉を打ち上げるのは、火山の噴火を再現すれば可能である。
しかし、氷の塊を空に打ち上げる事は出来ない。そのような自然現象は無いからだ。
では、人が空高く飛ぶのはどうか?
竜巻に巻き込まれれば飛べると言えるかも知れない。
しかし、それでは着地が問題になる。
地面に叩きつけられたい者など居ないからだ。
故にこの世界において、空を飛ぶ魔術師は居ない。
アルベルトもそうだ、彼は常識的な魔術師の一人である。
彼は今、岩壁の表面に張り付いていた。
魔術を駆使しヤモリのごとき張り付く手足の再現と、猫のごとき体重と柔軟性の再現を持って岩壁を登っていたのである。
二つの魔術の同時使用は本来あまり褒められたものでは無い。
どちらか片方が疎かになり、目的を失敗する可能性が上がるからだ。
最も場に適した魔術を一つ選択し行使する事、それが魔術師のセオリーである。
しかしアルベルトは濡れた岩場が滑る事を考慮して、二つの魔術を行使した。
慎重に魔術を維持しながら、一歩一歩手と足を進める。
幾ばくかの時間をかけて、ついに岩壁の向こう側にたどり着いた。
───
水源地は岩に囲まれた泉の様相をしていた。
泉の周囲には思いの外草木が生い茂り、一目で全容を見渡す事が出来そうにない。
身長以上の高さのある草木を掻き分けながら、何か異変はないか慎重に様子を探る。
その時、アルベルトの感覚に何かが引っ掛かった。
人影が三つ。
男だ、鎧と槍そして剣で武装した男達三人組が右手側から左手側へ周囲の草木を掻き分けつつ辺りを探索している様にみえた。
アルベルトは男達から見つからぬよう一段と身を屈めた。
剣の柄に手をかけて男達の様子を窺う事に撤した。
このような場所で男達のような武装をした者を見かけるとは思いもよらなかった。
彼らが水源を塞いだ何かと関係するのかジッ観察する。
三人の男達は水源の外から内に向けて歩いている。
男達が踏み倒された草木は彼らの背後にのみある。
まるで初めて来た場所のように警戒している。
以上の点をもって、アルベルトは彼ら三人組が水源地の外から、つい今しがた来たばかりと判断した。
アルベルトはユックリと身を起こした。
三人は、三十代の男二人と二十代の男一人。
三十代男の片方は髭を生やし抜き身の剣を片手に二人のやや後方にいる。
三十代男のもう片方は槍を手に、同じく槍を持った二十代と共に並び前方を警戒している。
「待ちたまえ」
アルベルトは剣の柄から手を離し、両手を軽くあげ敵意が無い事を示しながら声をかけた。
「話がしたい、君達は何者か?」
「ややっ怪しい奴め、それはこちらの台詞である、貴様こそ何者であるか?」
男達は横合いからかけられた声に警戒感を現した。
さもありなん、アルベルトが最初に男達を見つけてからさらに距離は縮んでいる。
男達にはアルベルトが突然現れた様に見えた筈だ。
「怪しい者では無い、近くの村で水源地に異常があると聞いてやって来た者だ」
「水源とな?」
アルベルトは村の方向を指し示しながら、事の経緯を簡単に話した。
男達がこちらに丁寧に対応するなら、それでよし。
もし、これで男達が彼を襲うならそれもよし。
叩きのめした後、改めて『お話し』するだけである。
男達は顔を見合せた後探るような目線でアルベルトへ視線をおくる。
「村人でもない旅人が、水源の確認など怪しい話だ」
「なに、一宿一晩の恩返しに一肌脱いだまでの事、私は魔法剣士のアルベルトと申す」
アルベルトは己が名を明かした。
三人の男達は目を見開いた。
「なんと!?貴殿が『山斬り』のアルベルトか!」
「そう呼ばれる事もあるが、その名はあまり好きでは無い」
アルベルトは思わず苦い表情をした。
『山斬り』とは彼が持つ二つ名だ。
大げさ過ぎて彼はその呼び名を好きでは無かった。
正直に言ってダサいと彼自身でも思っているのだが、いつの間にかその名で呼ばれる事になったのだ。
もはや、広まったその名を今更どうにも出来ないのがやるせなく思う。
しかし、使えるものは何でも使うべきである、怪しい者では無いと信じてもらえるなら安いものだ、とアルベルト思い直した。
───
彼らはここより南側の男爵領の騎士とその兵士であった。
領地より拐われた子供達の探索してると言う。
「壊された馬車と人拐いと見られる者共の死体は既に見つけたのだ」
「しかし、肝心の童子達が見当たらぬ」
「死体すら見つからないのでは、帰るに帰れねぇ」
「馬車の側にあった足跡を追ってここに来たのだ」
三人の男達は口々にそう言った。
なるほど、アルベルトは思った。
子供の死体が見つからないのは、実はさほど珍しい事では無い。
子供の小さな体なら、難なく巣に持ち帰る魔物も少なくないからだ。
しかし、足跡という明確な手掛かりが有っては追わない訳にはいかないであろう。
彼が追っていた足跡を、アルベルトも確認した。
足跡は人の物では無かった、四つ足の獣だ。
それも、かなり大きな四足獣のものだと思われた。
熊かそれ以上の大きさは有るだろう。
アルベルトは彼らに協力する事にした。
水源地を塞いだ何かがこの足跡の持ち主で有るなら、点と線が繋がる気がしたからだ。
足跡は柔らかい地面にハッキリとその後を残していた。
これなら追うのもさほど難しくは無い。
アルベルトと男達三人は無言で足跡を追った。
日もそろそろ中天を過ぎようか、という頃にそこは見つかった。
岩石の割れ目が出来ており、洞窟の入り口となっていた。
───
各々武器を構えつつ岩石の割れ目より中に入る。
石と土の壁と天井、土の地面、そして声が聞こえた。
甲高い声、明らかに子供の声だ。
アルベルトと男達は顔を見合せ、そして無言で頷いた。
反響して響く声に、ほんの僅かに混じる焦げ臭い匂い。
警戒しながら通路の奥へと四人の男達は足を進める。
石壁の側面に入り口とは別の大きな亀裂があり声はそこから聞こえてくる。
アルベルト達は壁に背をつけるように移動すると、そっと亀裂に近づく。
通路より覗きこむと、アルベルトは思わず呟いた。
「何が起こっている?」
洞窟内は天井に空いた幾つかの穴から光りが差し込み、予想以上の明るさを確保していた。
光りがあたる地面のすぐ側には湖が広がる。
通路側より広く開けた空間だった。
そこに十数人の男の子達が居た。
全員、裸だった。
そして、その子供達に取り囲まれた奇っ怪な者。
美しい後ろ姿をした女性、に見えた。
抜けるような白い肌に白く艶やかな髪、豊満な乳房を剥きだしのまま着衣を身に纏わず男の子達と戯れている。
天上より天女が舞い降りたのか?
否、怪異、怪生、化生の類いか。
その美しい女性の下半身に奇っ怪な塊がついており其処から触手を伸ばして裸の子供達を撫でまわしている。
なんと面妖な、アルベルトは思った。
熊より大きい胴体から幾本もの触手が伸び女人の上半身を生やした魔物。
スキュラである。
そのスキュラを幼い男の子達が取り囲んでいた。
愉しそうにキャッキャッと声をあげて逃げ回り時には自分から抱きつく。
最初スキュラが子供達を襲っているようにも見えたその光景。
むしろスキュラと戯れるスッポンポンの男の子の集団である。
剥き出しのお尻を撫でまわしていたスキュラの触手がスッと離れる。
すると男の子は「もっとぉ」と不満そうな声で口を尖らせた。
「なんだそりゃ!?」
二十代の兵士が慌てて自分の口を押さえた、しかし遅かった。
スキュラがこちらに気付いた。
子供達が慌てて彼女(?)の後ろに回りこむ。
まるでスキュラが子供達を守っているかに見える。
気付かれた以上は隠れていても仕方ない。
アルベルトと騎士達は身を隠すのを止め、洞窟内部に足を踏み入れた。
四人はスキュラを取り囲むように動く。
アルベルトは油断なく辺りを見渡した。
スキュラの側には焚き火が焚かれている。
その火に当てる様に枝に刺された魚が、地面に何本も突き立てられている。
空気に僅かに混じった、焦げた匂いの元はこれか。
その側には湖から捕ったとおぼしき魚が、平たい石の上に山積みに重ねられている。
さらに落ち葉をかき集めた場所、寝床だろうか。
「コノ子達ハ渡サナイ」
若干、聞き取り難い女の声でそう聞こえた。
拒否を示した。
騎士は剣を構え、兵士らも油断なく槍を構えた。
「討伐するしかないのか」
アルベルトは武器を構えた。
広間に緊張が走る。
しかし、事態はさらに変化した。
スキュラと子供達がいる場所より、さらに奥の側からドスンドスンと異様な音が響く。
騎士逹はアルベルトに視線を投げ掛けた。
兵士の眼には、緊張と最大限の警戒、そして
僅かな怯えが見えた。
アルベルトはスキュラから目を離すことなく洞窟の奥へ意識を向けた。
(何が起こっている?)
現れたのはスキュラよりもさらに二回りほど大きい巨体の亀だった。
土色をした岩石のような甲羅。
太く短い手足には石のような鱗が見える。
丸くギョロとした目に嘴のような口。
開けた場所に出るなり口から火炎の息を吹いた。
火亀である。
巨体を見るや否や子供達は一斉に水へ飛び込んだ。
スキュラは男達に構わず、前を通り抜け触手を伸ばし魚をワッシと掴むと大きな口を目掛けて投げつけた。
火亀は投げつけられた魚を空中で噛みついた。
くわえ込んだ魚を呑み込むと、次は首を下に向け地面に散らばった魚にカジリつく。
火亀はアルベルトや男達に目もくれず一途にカブリついた。
スキュラは地面から拾い上げた丸太を触手で持ち上げ、火亀に向けて構えていた。
火亀はスキュラにも一切の警戒することなくひたすら口を動かす。
魚を全て平らげた火亀は満足したのか、ユックリと体の向きをやって来た側へ向けた。
そのまま来たとき同様ドスンドスンと戻って行った。
火亀が去った事に気付いた子供達が、次から次から湖から飛び出した。
子供達はスキュラに飛び付き、あるものは触手に抱き付き、あるいは子供同士で抱き合った。
アルベルトは剣を鞘に納めた。
子供達を守り、子供達に好かれているスキュラだ。
それをどうして討てるだろうか。
───
水源地の洞窟前。
アルベルトは葉っぱで編み上げた鳥を懐より取り出した。
彼がそれを宙に放り投げると、羽の生えた小鳥へと姿を変えて空に飛び上がった。
周囲にいた子供達から、驚きの声が上がった。
アルベルトは仮初めの使い魔と己の視線を同調させた。
上空より鳥の目線で確認してみれば、今の場所は隣村より昨日泊まった村に近かった。
これなら子供達を連れて歩いたとしても、すぐにたどり着けるだろう。
男爵領の騎士と兵士達とは、この場でいったんお別れである。
彼ら三人だけで、十数人の子供達を連れて男爵領まで戻るのはどう考えても無理があったのだ。
アルベルトは三人に村の名前と場所を伝えた。
次に彼ら三人と会うのは馬車を引き連れて村に子供達を迎えに来た時になるだろう。
「じゃあ、行こうか」
アルベルトは子供達に声をかけた。
はーい、と元気な声が響く。
彼は昨日泊まった村へと子供達と共に歩きだした。
───
村人は驚愕した。
隣村と水源地の話を着けてくると言って出て行ったハズの魔法剣士様だった。
それが、何故かスッポンポンの男の子十数人を連れて帰って来たからだ。
そして。
「ヒィっ!?」
子供達の後ろから、ドスドスドスと美しい女人を生やした化け物が追いかけて来るのは何故なのか?
それらは村人の理解の範疇を完全に逸していたのだ。
「うひゃぁあ! 化け物だぁ!?」
「アイエー!? け、け、剣士様ぁ!? 剣士さまぁ?!?」
「慌てるな、害は無い」
落ち着け、とアルベルトは慌てる村人達をなだめた。
恐る恐るオッカナビックリしつつ、スキュラの様子を窺う村人達に彼は苦笑いをした。
事は単純な話だ、子供達がスキュラと別れるのをとても嫌がったのだ。
理解出来ない話では無い、人拐いに捕まり心細くなっていた所を助け出してくれたスキュラ。
さらには洞窟で守ってくれたスキュラ。
いきなりやって来たアルベルトと三人の男達かスキュラか、子供達がどちらを選ぶか考えるまでも無い。
子供達はスキュラと別れたくは無い。
スキュラも怪しい男達に子供達を任せたくは無い。
ならば、とアルベルトがスキュラを説得したのだ。
こうして、村までスキュラが付いて来る事になったのだった。
───
結局、水源地の異変の犯人はスキュラであった。
己が住みやすい環境を作り上げる為、岩と石で壁を造り水を貯める。
そうして水源地の湖の水位を上げる。
そこへ山から持ってきた枯れ木を水面に投下。そうすると魚が増え易くなる。
結果、スキュラに住みやすく魚が捕り易い環境が完成する。
今回、その作業の為に山に入った際に何故か人拐い達に遭遇。
人拐い達は拐った子供達を馬車で運ぶ途中。
驚いた人拐い達が武器を振り回した為に排除。
人拐い達が運んでいた子供達を何故か保護したスキュラ。
その後、子供達を巣に連れ帰ったスキュラはひたすら子供達の面倒を見た。
子供達が飢えないように魚を捕って焼いて与え。
火亀が襲ってきた時には子供達を水に逃がしつつ魚を投げつけて追い払い。
水に何度も飛び込んだ子供達の服が駄目になった後は、スッポンポンにさせ寒がらないよう焚き火をし。
子供達が寂しがる事無いよう撫でまわしていた。
その様な生活を送ること十日ほど。
そこへアルベルト達がやって来た。
これがアルベルトがスキュラから聞き出した事件の全容であった。
嘘か本当かは分からない。
しかし、人拐いに連れ去られた子供達は無事だった。
子供達は飢えなかった。
誰一人として怪我をしなかった。
何故か?
スキュラのお陰だ。
心優しく穏やかなスキュラは村人にも受け入れられるだろう。
水源地から村への水量を大きく減らした岩と石を積み上げた壁は、既にスキュラ自身の手で除去されている。
村の側を流れる川の水量も元に戻った。
男爵領から子供達の迎えが来た後、スキュラがどうするかは分からない。
子供達と共に男爵領へ向かうのか、この村に留まるのか。
あるいは水源地に戻って暮らすのか、それとも新しい土地を探すのか。
迎えが来た時にでも話し合いをすればいいであろう。
それはともかく、今回の事件は終わったのだ。
アルベルトは空を見上げた。
青い空がそこには広がっていた。
───
最初はスキュラに恐々としていたこの村の子達らも、スキュラが保護した子供達を見て態度を変えた。
スキュラは村でも子供達を存分に可愛がっている。
駆けよって来る男の子には優しく受け止め撫でまわし、恥ずかしがりながら来る女の子には傷つけ無いようにか静かに触れる。
アルベルトはその様子を何気に見ていた。
スキュラと子供達を気にかけていたからだ。
そして気付いた、気が付いてしまった。
なぜ魔物であるスキュラが男の子達の保護者になったのか。
何とも言い難い真相がそこにはあった。
アルベルトは思わず遠い目をした。
人間に獣人愛好者がいるように、
魔物にも人間愛好者が居たと言う話である。
3,000文字程の一発ネタのハズが、
何故か1万文字ほどに膨らんでしまいました。
これなら三話ほどの中篇として書くべきだったと反省しております。
「女の子出ない」
「会話文でストーリーを進めない」
「バトルしない」
以上の三点の縛りを入れて書いて見ました。
途中、上手くいかず会話に頼った所もありましたが、執筆はノリノリで楽しかったです。
しかし、出来たモノは大変地味で我ながらアレなものになってしまいました。
縛り合りでなおかつ楽しい物語は不可能ではないでしょうが、難易度はかなり高くなる、と当然の結果を味わった次第です。
何か一言、感想をいただけたら作者が喜びます。