第一話 はじめまして欠陥王子、そうしてさようなら 3
一人は茶髪のサラサラヘアーで、制服を特別着崩しているわけではないのに、どこかお洒落だ。すこしぼーっとしたような雰囲気が特徴か。
もう一人は短めの黒髪で、爽やかスポーツマンタイプ。これまたお洒落であり、胸元のネックレスが印象的だった。
我が校の制服は基本的に黒色。男女ともにブレザーだが前は開いており、ボタンは飾りでついているデザインだ。中は白シャツでネクタイをしている。
つまり、型としてはスーツ。それが、この学園の制服だった。
地元では「格好いい」とそれなりに人気なデザインだが、黒色が集まると異様な光景になり、まるでお葬式。スーツといえば聞こえはいいものの、高校生という幼い顔立ちでは、いささか不釣り合いであることも事実だった。
だが、それを指摘する者はいない。
そんなシックな制服を見事に着こなす彼ら三人組は、雛梨から見てどこか異様なものにも思えた。
イケメンはなにを着てもイケメンである、というのはこういうことを言うのだろう。納得して、チッと舌打ちひとつ。
「多希、お疲れ」
「ヒューッ、モテモテじゃんっ!」
茶と黒が順番に声を発した。一人は面倒くさそうに、一人は少しからかうように。
呼びかけた相手の肩に、黒髪の腕がまわる。それを嫌がろうとはせず、白雪王子がちいさく笑みを浮かべたその様子からして、彼らの仲が良いことは明白だった。
しかし雛梨の注意を攫ったのは、茶髪が紡いだ「人物の名」の方。
そう、「多希」。茶髪は確かに、「たき」という名前を口にしたのだ。
勝手にわたしの王子様を名乗るんじゃねーぞぉお! 雛梨はそうして腹を立てながらも、多希という男を確認しようと集中する。
誰なんだと思いながら、意識をすっかり聴覚に入り込ませたとき。
「本当疲れた」
って、お前かぁぁぁあああ! 聞こえたセリフと言った主に、雛梨は最大限の力をふりしぼって脳内で叫んだ。
応えたひとは、柔らかなハニーブラウンの髪の毛を持ち、やさしい目元が印象的。端正な顔立ちは見る者を魅了し、かもし出す独特の儚さが視線を奪う。
そう、もうおわかりだろう。なんと、例のあの白雪王子の名前が、「多希」であるということなのだ。
ということは、だ。ピースをつなぎ合わせれば、彼の名前は「美王 多希」。なんとも大層な名前である。
そういえばそのような名前だったかもしれないなぁ。思い出そうとしているときに感じたデジャヴのようなものは、この「多希」という名前がもたらしたものだろう。
「ていうか、いつまで多希は猫かぶってんの」
……猫かぶる? 猫かぶるって、なんですか。
いや、もちろん意味は知っている。「うわべをおとなしく見せかける」、ということだ。自分の本性を隠し、おとなしそうにふるまっているひとに使う。
ゆえに、もしも黒髪ツンツンの言葉が本当のことなら、多希こと白雪王子が猫かぶっているということになる。
ほう、興味深い。黒髪の言葉を気にしつつ、雛梨はウインナーを口に入れる。
お、さすがウインナー、美味しい! 感動しながらも、視線は白雪王子だ。
べつに彼という存在に大した興味はないが、表と裏の顔があるということを考えるとそりゃあ好奇心もわくというもの。仕方がないだろう。
「うるさいなぁ。猫かぶってなんかないって。つか離れろ、暑い」
「はいはい、失礼いたしました」
「なにおまえ、馬鹿にしてんの」
「んな滅相もない!」
……ワッツ?
思考能力一時停止。聞こえたセリフは、完全に予想外なものだった。
いや、猫かぶると聞いたときからある程度の予想はできていた。できていたのだが、白雪王子のイメージとあまりにかけ離れすぎていて、雛梨の脳に衝撃を与えたのだ。
「あの女しつこい。俺、"あんたに興味ない"っつったのに」
「ぶはっ、あれは分かりにくいだろー」
「あれくらい分かれよ」
「あ、おなかすいた」
「泉、おまえ相変わらずマイペースだな」
そんな会話をしている白雪王子プラスα。マイペースな会話が入りこんだが、そんなことはもはやどうでもいい。前半の会話の方が重要である。
そう、雛梨は信じられないものを見たという面もちで、それこそ茫然と彼らを見つめていた。いや、事実目の前の様子は雛梨にとって、「信じられないもの」だった。
いやいや白雪王子、なんか性格ちがうと思いませんか。
儚い笑みとか、儚い雰囲気とか、きれいサッパリ消え失せて、なんだか意地悪げな笑みを口元に浮かべてるんですけど!
雛梨は少々混乱しながら、いったいなにが起こったのかと整理をしつつ、様子を見守る。
意図せず箸から二匹目のタコさんウインナーが逃げそうになった。あぶない。
「つーか、あんなパンダに俺が興味あると思ってんの」
パンダは共通印象。
「パンダかわいい」
「お前マイペースに会話にくるな、なんか色々崩れるから」
少しズレた言葉を残したマイペースな茶髪くんは、ぼけーっとしながら突っ立っている。確か、『泉』と呼ばれていたか。
逆に黒髪ツンツンくんはツッコミ役なのか、なんだかオカンみたいな雰囲気である。こちらは名前が分からない。
どうやら彼らは美王多希の友人であり、本性を知るほどの仲の良さであるようだった。
さて、絵になるには十分すぎる被写体が三人いる状態に、いつもなら眼福としてそのまま彼らを拝んでいただろう。
けれど、今の雛梨は早くここから立ち去りたくてたまらなかった。
どうしてだって? 理由など明白だろう。
なぜなら豹変した白雪王子。どこからどう見たって、いや、見た目はどこからどう見ても白雪王子だが、どこからどう聞いたって、彼らの会話から良い印象は1ミリも受けないのだ。
万が一ここにいることがバレた場合、雛梨の命がどうなるかわからない。
というか白雪王子だなんて詐欺だろ、詐欺。
困ったように下げられていた眉、柔らかい目元、切なささえ感じさせる儚げな雰囲気。すべて綺麗さっぱり消えた今の彼など、悪魔にしか見えやしない。
大魔王様並みの演技だよ! 怖すぎるから関わりたくない!
雛梨はそう思いながら立ち上がろうとして、素早く足を動かした――その時だった。
「、あっ、」
まずい――そう思う間もなく聞こえた大きな音。けたたましい音をたてて、屋上のフェンスに足がぶち当たった。
おまけに、お弁当箱が見事に屋上からノーロープフライを披露。聴覚の端っこで再度、お弁当箱が地面にぶちあった音が聞こえた気がした。
「ノーッ! わたしのお弁当ぉぉぉおっ」
サラバ、マイ弁当。ありがとう、マイ弁当。お元気で。
……じゃねぇぇぇえ!
「最悪! 昼ご飯がぁあああっ」
うあああ! 雛梨は頭を抱える。
屋上から飛び降りたお弁当箱の生存は不明だが、間違いなく中身バラバラ事件を起こしているにちがいなかった。となると、もう食べることはできないだろう。
ついでに言えば、お気に入りだったあのお弁当箱そのものが、もう二度と使えない状態になっている可能性が高い。
ああ、だからいつも言っているのだ。
空が飛べるというのは夢物語。仮に飛べたとしても一瞬で地に向かう。ニュートンが証明した重力をお前たち、なぜ信じないのかと!
なんて、べつにいま初めて言ったのだが、そこに言及するのは避けることにする。
「嗚呼、我が弁当よ……」
「なんなら俺の弁当くれてやろうか」
「あ、んじゃありがた……くぅぅう!?」
背後から聞こえたテノールに、雛梨は今度こそ石化した。
そういやこいつがいること忘れてたぁぁあ! ギギギ、とブリキの如く、顔を動かし振り向いてみる。
そうすれば爽やかで柔らかい、人の良さそうな笑みを「表だけ」浮かべていらっしゃる白雪王子(詐欺王子)がいましたとさ。
あ、終わった。




