新たなる脅威
「スノウさん……俺が守りますから……」
「起きろ! 今すぐ起きなければ、その思いをスノウに告げるぞ!」
「え、あ、あれ?」
ユウキは目を覚ました。なぜ自分がベッドで横になっているのか、寝起きのせいで把握することができない。
「全く! 鍛練が終わった途端倒れおって。私がここまで運んでやったのだぞ!」
「ええっ!? す、すみません!」
ユウキはようやく理解した。それと同時に、寝言でとんでもないことを言っていたことに気付き、顔を真っ赤にする。
「もう朝食の時間は終わった。早速だが任務に出てもらう!」
「ええー? 俺もごはん食べないと動けないですよ!」
「現地調達しろ! 木の実でも何でもあるだろう」
ユウキは残念でならなかった。スノウの作った朝食を是非とも食べたかったからだ。
「それで、任務って何です?」
「いつもいつも連絡をよこさない者がおってな。そいつを探して強引にでも連れて参れ」
「初任務なのに何ですかそれ……。どういった人かもわかりませんのに」
「ハープを持った自己愛主義者の男だ。実力はあるので無事だとは思うが、用があるのでな」
聞くからに面倒そうなタイプなので、ユウキはできれば行きたくなかった。
「一人では危ないからマリアにも同行させる。では行け!」
「え? ちょっと待ってくださいよ! どこにいるか大体の見当は?」
「そんなものはない! あいつは自由過ぎるからな。さあ、早く行け!」
あまりの無茶な話にユウキは不満を抱いた。この広い世界のどこにいるかもわからないというのだから当然だ。
だが、マリアはその任務を引き受けたと言うのだ。ユウキも仕方なく引き受けるしかなかった。
「……行ってきます」
「あまり無理はするなよ」
どの口で言ってるのかと、ユウキは不平を述べそうになったのを堪えた。
だが、マリアと一緒なだけましだと、気を取り直して外へと出た。
入口で待っていたマリアが柔らかな微笑みで迎える。
「マリアさん、おはようございます」
「おはよう。話は団長から聞いたわね? では行きましょうか」
「あ、はい……。でも、どこを探せば……」
「大丈夫、私にはヴィジョンがあるから」
ユウキは思い出した。自分にこの世界を見せたあの魔法を。
「ヴィジョン! ……あ~、丁度あなたと会った泉に来ているわ」
「おお! さすがマリアさん。それじゃ、行きましょう!」
ユウキは張り切っていた。今度は前みたいに情けない自分ではない。昨日習得したレイジがあるから今度こそ戦えると。
「置いてくわよー」
「あ、待ってー!」
妄想に浸っているうちに、ユウキはマリアに距離を離されていた。マリアは足が速いので、うっかりしていると置いていかれてしまう。
ユウキが小走りでマリアに追いついた丁度その時、町の出口に着いた。
「さ、一歩外に出ればもう油断は命取りよ? いい?」
「今度は俺もちゃんと戦えるから大丈夫です!」
「そう。それじゃ頼りにするわね」
頼りにするというその言葉に、ユウキは頭が真っ白になった。女性に頼りにされることなど、これまでただの一度もなかったからだ。
「置いてくって何回言えばわかるのー?」
「あああ! 待ってください! 今行きます!」
慌てて我に返ったユウキはマリアへと駆け寄る。
そして、森の周辺まで来たその時。
「あらあ? 二人で仲良くどこへ行くのかしら?」
森の入り口から声が聞こえてきた。記憶に新しい狂気に満ちた声だ。
「その声は……! 隠れてないで出てきなさい!」
「まあ、随分と自信家なのね。今度こそあなたたちに死んでもらうわ」
そう言い終えた時、黒い女性は突然その姿を現した。
「お、お前は、昨日の死神!」
「あら、そういえばまだ名前を教えてあげてなかったわね。私はアイリス、あなたに永遠の眠りを捧げる愛の女神よ」
「何が愛だ! 勝手なこと言うな!」
「本当のことを言ったまでよ。さあ、お眠りなさい! 秘術の弐、ブラックパピヨン!」
ユウキは目の前の光景に目を見張った。アイリスと名乗ったその女性は、背に黒い羽を生やしたのだ。
前回は使ってこなかった秘術の弐を開幕早々使ってきた。ユウキはそのことに苦戦を予想し身構える。
「さあ、始めましょう」
アイリスは優雅に羽ばたき、宙へと浮いた。
「飛んだ!? マリアさん、どうすれば!?」
「慌てないで。アクア!」
マリアの右手から水が勢いよく放たれた。それを見てユウキは落ち着きを取り戻す。彼女の魔法ならあの高さでも届く。
「秘術の壱、シャドウ!」
しかし、その攻撃が当たる直前、アイリスは姿を晦ませた。そして、少し離れた場所へ再び現れ、ユウキたちを嘲笑う。
「それなら……!」
マリアは高く跳躍し、宙を舞いながらもう一度空気を蹴り、より高くまで跳んだ。そして、アイリスへと鉄拳、蹴り、アクアと連続で攻撃を仕掛けた。
だが、アイリスはその全てをタイミングよく鎌で受けきった。
「ふふ、何をやっても無駄よ? あなたたちは私に勝てない」
ユウキには為す術がなかった。彼には高いところにいる敵を攻撃する手段がなかったからだ。
今度こそ戦えると思っていた彼は、またお荷物になるだけの現状がどうしようもなく歯痒かった。
「大丈夫よ。私に任せて」
「え? でも、マリアさんの攻撃、全く効いてないですけど……」
「そろそろ魔力が溜まるわ。さあ、行くわよ! サンダー!」
マリアが手を空にかざすと同時に、一筋の雷が轟いた。
「なっ!? シャドウ!」
惜しくもアイリスはその攻撃を避けた。
「やるじゃない……。上からの攻撃だなんてね。でも、そんなんじゃ私は……」
「今よ! パラリシス!」
「なっ! うぐう!」
マリアが左手を向けて詠唱した後、アイリスは突然苦しみ出した。宙に浮いているのもやっとのようで、よろけながら徐々に降下してゆく。
ユウキには何も見えなかったのだが、何らかの攻撃が通ったことは彼の目にも確かだった。
「私の魔法を侮ってくれたわね? その痺れる体でどこまで戦えるかしら?」
ユウキは今起きた全てを理解した。マリアが放ったのは麻痺魔法。そして、先程の雷魔法は囮だったのだ。
これで少し有利になったかと、ユウキは楽観した。
「……やってくれたわね!」
アイリスはよろめきながらも必死に体勢を立て直そうとしている。その声には怒りと憎悪がこもっている。
今がチャンスと思ったマリアは、左手を天高く掲げた。
「今度こそ当てるわ! サンダー!」
マリアもユウキも今度こそ上手くいったと思った。
だが、それに反してアイリスは不敵な笑みを浮かべている。まるで、まんまと罠にかかったわねと、そう言わんばかりに。
「ギャア!」
雷がアイリスを貫いた。彼女の悲鳴が痛々しく響く。
「や、やった! マリアさんの魔法が当たった!」
「喜ぶのは早いわ。何か、企んでるみたい!」
「え……?」
気が付くと、辺りの空気が淀んでいた。
焦る二人を見ながら、アイリスがおぞましい笑い声を上げる。
「……気付くのが遅いのよ。今、私はあなたの攻撃を利用し、生贄の儀式を発動した。さあ、二人とも今すぐ楽にしてあげるわ」
生贄の儀式。その恐ろしい技名にユウキは戦慄した。
「危ない! 後ろ!」
「なっ! れ、レイジ!」
マリアが発した警告のおかげで、ユウキはカウンターを間に合わせることができた。
その一瞬、彼は見た。異形の黒い物体を。
「あ~あ、もうちょっとだったのに……。でも、まだ終わりじゃないわよ?」
「何っ!?」
「ウォール!」
黒い物体に襲われたマリアは、咄嗟に半透明の壁で防ぐ。その一瞬で黒い何者かはまたどこかに消えてしまった。
「マリアさん、お怪我は!?」
「私は大丈夫! それよりあいつを攻撃して!」
「え? で、でも!」
攻撃と言われても、相手はどこから襲ってくるかわからない。ユウキはどうすればいいのかわからなかった。
と、その時。
「あらあ? 遅かったじゃない、ダーク」
「ダーク?」
アイリスが森の方に向かって話している。
「ああん? 俺はお前とは価値観が違う。面白いことがあるって聞いたから来てやっただけだ」
最悪の事態を迎えていた。ただでさえ苦戦しているというのに、ユウキたちの前にもう一人の敵が現れた。