カウンター技習得
「……来たか。丁度三十分だな」
「は、はい……!」
何とかギリギリで滑り込んだユウキは息を切らしている。これから鍛錬を始めようとする人間が、汗を手の甲で拭っている。
「だらしがないぞ。全く、それでも勇者か!」
「す、すみません……」
団長が鋭い視線をユウキへと向けた。その叱咤にはこれでもかと言う程の厳しさが込められている。
ユウキは納得できなかった。勇者というのはこの人たちが勝手にそう呼んでいるだけなのに、何でこんな言われ方をしなければいけないのかと。
だが、そんなことを言って通用しそうな相手ではない。
「さて、始めるとしよう。今度は私が技を使うから、お主は受け身の練習をするがよい」
「え!? ちょ、ちょっと待っ……」
「行くぞ! ライトブリング!」
かざした左手が輝き、光の衝撃波が放たれる。それは容赦なくユウキの方に向かってくる。
「うわあ!」
「何をしている! 避けるのではなく、受け身の練習をせよ!」
ユウキは思った。冗談じゃない! こっちがずっと攻撃してるだけでも過酷だったのに、いきなり受け身だなんて無茶だと。
ユウキは自分の体力が五分ともたないことを覚悟した。いや、それ以上に、自分が無事でいられるという自信が全くない。
「ライトブリング!」
容赦なく団長の攻撃は続く。ユウキはその光の衝撃波を避けるので精いっぱいだった。
「ちょっと! 危ない! 待ってくださいってば!」
「戦場では誰も待ってはくれぬぞ!」
「このままじゃその前に死んじゃいますって!」
「全く……情けないな」
団長が攻撃の手を止めた。
ユウキは団長へ心の中で反論する。仕方ないだろ! ついさっきまで普通の人間だったんだから! と。
だが、いつの間にか持っていたその剣と、なぜか使うことのできる打ち消し技は、ユウキが選ばれた存在であることを物語っている。
「なら、とりあえずできることから完璧にしよう。ほら、先程の打ち消しの技を使用していいぞ」
「いえ、あの……。使用していいと言われましてもね、そもそも自分でもどうやって出してるのか……」
「口ではなく体を動かせ! ライトブリング!」
「聞いてくださいってばああ!」
悲痛な叫びを上げるユウキへと、光の衝撃波が向かってくる。ユウキは思わず目を閉じ、無我夢中で剣を振り回した。
「……やればできるではないか」
「え、あ、あれ?」
目を開けたユウキは、いつの間にか消えている攻撃に驚く。
「マリアから話は聞いたぞ。お主、勇敢にも彼女を守ったそうではないか。それがなぜ、今では出来ないなどと泣き言ばかり言っておるのだ!」
ユウキはマリアを庇ったあの瞬間を思い出した。しかし、それは決死の覚悟だったからであり、どうにかできると思ってのことではない。自分でもどのようにして助かったのか不思議でならないというのに、それを再現しろと言われても無理があった。
だが、遠くで仁王立ちしている団長に、そんなことを言って通じるはずがないのもまた事実。
「ほら! 剣を構えよ!」
「タイムタイム! ちょっとお手本を見せてくださいよ!」
「手本ならさっきあれ程見せたであろう?」
「俺は覚えが悪いんですよ! だから、もう一回!」
「仕方ないな……。特別にもう一度見せてやろう」
「ありがとうございます!」
ユウキはほっと胸を撫で下ろす。
「それでは、お主が扱えそうなレイジを使用して見せよう。来い!」
「はい! うおお!」
ユウキは必死だった。何とかしてコツをつかみ取らないといけないからだ。
「それっ!」
「規律、レイジ!」
結果は何一つ変わらなかった。ユウキの攻撃は壁に阻まれ、団長に掠りさえしない。そして、ユウキには何一つわからないという点も一緒だった。
「ダメだ! やっぱりわからない!」
「悪に対する怒りを力へと変える。それがレイジだ」
「悪に対する……怒り?」
「そうだ。お主の目にも、正義感が宿っておるように見えるが?」
ユウキは己を見つめ直した。
この世界に来る直前に見た映像。その時に生まれた悪への疑問。あの夫婦にどんな事情があったのかはユウキにはわからない。しかし、二人を悲劇へと落とした悪そのものに対して、心の奥底で怒りを覚えていたのだった。ユウキは今、そのことへと気付いた。
「……なんか、今の聞いて少しわかった気がします!」
「そうか。それでは再び私が攻撃をしよう。間を取るがよい」
「はい!」
今度はユウキも確信を持っている。
彼は精神を統一しながらゆっくりと後退った。
「……ほう、かなり距離を取ったな。怖気づいたか?」
「いいえ、俺は目が覚めました。団長の言う通り、確かに俺らしくなかったですね」
「言ったな? それでは行くぞ! ライトブリング!」
迫りくる衝撃波に、ユウキは逃げる素振りを全く見せない。真っ直ぐにその攻撃を見つめ……。
「レイジ!」
光の衝撃波が当たる瞬間、彼は己の正義感を全て心に集中させた。
ユウキの目の前に見えない壁が生じ、団長の攻撃を阻んだ。それと同時に、ユウキは力が湧き上がってくるのを感じた。
「……できた」
新たな技を習得した喜びが、じわじわと込み上げてくる。ユウキは思わず口元を緩ませ、笑みを浮かべた。
「できましたよ、団長!」
「……少々強引な鍛練であったが、やはり私の見る目は正しかったようだな」
「え? どういうことですか?」
「本来なら、いきなりこんなことはしない。だが、お主ならできるような気がしてな」
「え? ええー!? それを早く言ってくださいよ!」
「だが、結果としてできたであろう? お主は間違いなく、伝説の勇者だ!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、認めよう!」
「ありがとうございます!」
団長は籠手を脱ぎ、拍手を送った。
「お主ならネガティブのリーダーも倒せるかもしれない」
「ネガティブのリーダー……。それって、どんな奴なんですか?」
「私も詳しいことは知らない。だが、一つだけ確からしい情報がある。奴は一度死んでいるらしい」
「一度死んで……」
ユウキは思わず自分のことを考えた。自分もまた一度死んで蘇った身であるからだ。しかし、自分が無意識でそんなことをするわけがないと思い、同じ境遇を辿った他の誰かだろうと結論付けた。
「そんなに心配をするな。大丈夫、奴も不死身ではなかろう。さて、今日はこのくらいにしておこうか」
「あ、はい。ありがとうございまし……」
ユウキはその言葉の途中で倒れた。