聞き込み
それからしばらくの後。
「ごちそうさま! あーおいしかった」
ユウキは完食した。その表情はとても満足そうである。
「それでは三十分後に鍛練を始める。後で必ず来るように!」
「はい! 了解しました!」
ユウキは空元気で返事をする。そう言っておかないと後が怖そうだからだ。
だが、それと同時にこうも考える。悪と戦うのだから、それくらいがんばらないといけないなと。
「ああそれと、脱衣所に着替えを用意しておく。我が騎士団であるポジティブへ入ったのだから、その軍服はもう用済みであろう」
「ぐ、軍服……?」
ユウキはここでようやく気付いた。自分の着ているTシャツに入った文字が、団長たちにはどこかの軍のマークに見えるのだと。この世界と元の世界では使われている文字も違うので、彼女らにはそれが文字であるとすら思われていないのだ。服に文字を書き入れる習慣がないことも、そうさせたことの一因である。
「男湯はあちらだ」
「あ、はい。わかりました」
団長は廊下の先を指さし、それから鍛錬場へと消えていった。
ユウキも席を立ち、食器を片付けてから風呂へと向かった。鍛錬で疲れていたこともあり、丁度リラックスしたかったところだ。
彼は湯船にゆっくりと浸かりながら先程のことを思い返す。あの黒い女性は、なぜあんなにも人の死を望んでいるのか? そのことを問いかけた時、なぜあんなにまで取り乱したのか?
そして、マリアにかけられた呪いのことも気になっていた。また、そのことを自分の責任だと感じる団長のことも。できることなら自分が力になれれば……。
と、そこまで考えたところでユウキは我に返る。鍛錬まで後どれくらいの時間があるのかわからなくなっていた。体はすでに温まっているので、ユウキは浴槽から上がった。
浴室を出た彼は、用意されている着替えを見た。白を基調としており、炎のようなマークがところどころに描かれている。文字はどこにも入っていない。
着替えを済ませた彼は時計を見た。約束の時間まではまだ余裕がある。どうやって時間を潰そうかと考える内に、もう少し情報を仕入れておくことに決まった。
彼はまずスノウに聞くことにした。あちこち探すまでもなく、洗濯物を干す彼女はすぐに見つかった。
「すみませーん」
「あ、勇者様。どうかなさいましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあって……。それと、まだ俺が勇者として相応しいのかわからないので、普通に名前で呼んでもらえません? 様とかもちょっと辛いかな……」
「あ、すみません! 私、そんなつもりではなかったのですが……」
「あ、いえ、もちろんわかってます。怒ってるとかではないので、謝らないでください」
「……はい。では、ユウキさんとお呼びします」
「ありがとう。それで、話なんですけど……どうして悪と戦おうって決めたんですか? あ、もし答えたくなかったら無理して答えなくていいですよ」
スノウは悲しそうな表情を浮かべた。それから少しの間を置いて、ぽつりぽつりと話し出す。
「私、みんなに明るく笑顔でいてほしいんです。できることなら、ネガティブのみなさんも傷つけたくはありません。でも、人々の幸せを守るにはこれしか方法がなくて……」
ユウキにはスノウが眩しく見えた。町の人々や仲間だけでなく敵にまで思いやりを持つ彼女が、まるで天使のように思えたからだ。
「あ、あの……。やっぱり変でしょうか?」
「そんなことありません! こんなに優しい心を持ってるなんて……。俺はとても感動しました!」
「え? そ、そんなこと……」
スノウは恥ずかしそうに俯いた。その姿もまた愛らしく、ユウキは見惚れてデレデレしている。
「……ユウキさんは優しいんですね」
「え? 俺が?」
自分の正義に自信を持てなかったスノウにとって、それを肯定してくれるユウキの存在はありがたかった。
「私、お役に立てるようにがんばりますので、よろしくお願いします」
「い、いえ……こちらこそ」
新入りであるユウキの方がお世話になるはずなのに、スノウは深々と頭を下げた。そんな彼女の物腰の低さにユウキは少々面食らう。
と、その時、スノウはハッと気が付いた。
「あ、いけない! 洗濯の途中でした! ちょっと私行ってきます」
「ええっ!? 忙しいところすみません! 行ってらっしゃーい」
慌てて仕事に向かう彼女の背中を見ながら、邪魔をしてしまったかとユウキは反省した。
だが、それを押しのけてすぐに湧き起ってくる感情。ユウキは彼女へ淡い恋心を抱きかけていた。
自分も早く戦えるようになってあの子を守ろう。そう誓いを立てていると……。
「スノウを守りたい! とか考えてるのかしら?」
「なっ!?」
驚いて振り向いた先にはマリアがいた。
「いつからそこに!?」
「ずっといたわよ」
ユウキは目眩を覚えた。先程のやり取り、その一部始終を全て見られていたのかと。
「どうやら図星みたいね。言っておくけど、あの子強いわよ?」
「……え?」
「まさか、ただの料理係だと思ってたの?」
「い、いえ。ポジティブの一員ってことは、戦えるとは思ってましたけど……」
「あまり強そうには見えなかったと。そういうわけね」
「弱いと思ったわけではないですけど……」
「スノウも団長と同じで、そう簡単に傷を負わないわよ。多分あなたが戦っても、指一本触れることすらできないわ」
ユウキは耳を疑った。あんなにかわいい子が鉄壁の守りを自負しているだなんて、到底信じられることではなかった。
「それじゃ、がんばってね。スノウを守るために強くならないとね」
「あ、ちょっと待ってください!」
「……何?」
ユウキがスノウを守りたいと思っているのは事実だ。だが、それと同時に、もう一つの思いもまた確かなものだった。
「俺は……俺はあなたのことも守ります! 絶対にその呪い、解いてみせますから!」
「……そう。気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう」
「気持ちだけって、そんな……」
「あいつはネガティブの中でも凶暴な性格をしているのよ。あの時使った技だって本の一部よ」
あの黒い女性がユウキの脳裏に浮かぶ。あの冷酷な笑み、あの残虐な物言いがまざまざと蘇る。
彼女の使った技の中には、秘術という宣言と共に発動していたものがあった。それらは壱、参という数詞を伴っていたのだが、その間の弐に該当するものは未だ謎のままだ。
「いい? 絶対無理はしないで!」
「……それは約束できません」
「なっ!? いいから聞きなさい!」
「無理です! マリアさんだって、俺を守るために無理したじゃないですか。だから、今度は俺が無理をしてでもマリアさんを救ってみせます!」
「……譲らないわね」
「これだけは絶対に譲りません!」
「……勝手になさい」
マリアは背を向け、去っていった。
ユウキは彼女を怒らせてしまったかと焦ったが、どうしても伝えたかったのだ。自分の命の恩人でもあるし、何としてでも助けたいと。
そして、そのために必要なのは強くなることだ。まずは鍛錬が必要となるのだが……。
「……ん? ま、まずい!」
約束の時間まで、残り僅かだった。