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~In the World~ この世界の中で……  作者: 愛守
第一編 それぞれの価値観
6/55

休息

 それからしばらくして、ユウキはどれだけ時間が経ったのかさえわからなくなっていた。疲労がピークに達し、すでに限界を迎えている。

 そこでようやく団長は受け身の構えを解いた。


「さて、そろそろ休憩をしようか。腹も減ったからな」


 ユウキは不思議に思った。なぜ団長はこんなにも元気でいられるのか。ほとんど攻撃する側だった自分が疲れ果てて倒れそうなのに、なぜ受け身側の団長の方が平気でいられるのかと。


「どうした? だらしないぞ? それでも伝説の勇者か!」

「いや、あの……。そもそも、俺がその伝説の勇者だっていう話、何かの間違いとかだったりしません?」

「お主はまだ自分の置かれた立場がわかってないらしいな。よし、私が教えてやろう」

「……すみません、ご迷惑ばかりおかけしてしまって」

「別に、お主のために教えるわけではない。これは今後の戦いのために必要なことであり、何より新参者に指導をするのはポジティブの団長として当然の責務であるからな。だから、断じてこれはお主のためであるとかそういうことではない! そもそも私はお主を勇者として認めたわけではなくてだな」


 突然、団長の様子がおかしくなる。先程までとのあまりの違いに、ユウキは思った。この人……ツンデレだ! と。


「聞いておるのか!」

「あ、は、はい! すみません!」

「全く……」


 先程までは戦闘の指導なので出てこなかっただけで、これがこの人の素であった。

 美人の団長がツンデレだという事実を知り、ユウキは今後の生活が楽しみで仕方なくなった。団長に置いてかれていることにも気付かず、にやけながら妄想を繰り広げている。


「いつまでそこにおるつもりだ? 早くしないと夕食抜きだぞ」

「あ、今行きます」


 慌てて団長の後を追うと、テーブルの前にはすでにマリアが座っていた。

 料理はまだ運ばれてきていないようだ。

 ふと、ここでユウキは不安になる。この世界の人ってどんなものを食べるんだろう? トカゲとか出てきたらどうしようかと。

 そんな思いは伝わらず、団長は軍隊のように整った動作で席へと着くだけだった。


「残りの仲間にもお主を紹介せねばな。まあ、今日はもう一人しかおらぬが……」

「もう一人?」

「ああ、彼女の料理はとてもおいしいぞ。期待するがいい」


 料理上手と聞き、不安は一気に吹き飛んだ。期待に胸を膨らませていると、そこに一人の女性が料理を運んできた。


「あ、あの……お待たせいたしました」

「ご苦労。今日もなかなかの出来だな」

「いえ、そんな……」


 ユウキの心臓は早鐘を打ち始めた。目の前に現れた人は、まさに美少女と言うべき容姿をしていたからだ。

 白くて長い髪、穏やかそうな目、清楚な雰囲気。背の低さとあどけなさから、妹という言葉をユウキは連想していた。


「紹介しよう。こちらはポジティブの一員、スノウだ」

「えっと……。よ、よろしくお願いします」

「スノウ、この者は今日仲間に加わったユウキだ。伝説の勇者としての素質を持っておる」

「で、伝説の勇者様!?」


 ユウキは困惑した。自分を伝説の勇者だと、みんなに言いふらすつもりなのだろうか。これでもし期待外れだったりしたら、その時はどうすればいいのだろうかと。


「ゆ、勇者様、申し訳ございません。まさか勇者様がいらしていたとは存じず、このようなものしかご用意できませんでした……」

「あ、えっと、その……。あ、あまり気にしないでください。俺、本当に勇者なのかどうかさえまだはっきりしていませんから」

「まあ、そんなご謙遜を」


 ユウキは苦笑いを浮かべた。これが謙遜ならどれだけよかったかと。

 実際、彼自身よくわからないうちに剣が現れ、よくわからないうちに技が使えただけなのだ。


「とりあえず食べるとしよう。いただきます」

「そ、そうですね。いただきます」


 団長が手を合わせたのを合図に、食事が始まった。

 料理はどれもおいしそうで、メインディッシュもサラダもきれいに盛り付けられている。

 ユウキは最初にスープを一口飲んだ。


「ど、どうですか……?」

「すごくおいしい!」

「わあ! よかったです!」

「この世界、多分俺の元いた世界ではないみたいなんですが、俺のいた世界でなら職業として充分成立するくらいですよ」

「そ、そんな……」


 頬を赤く染めるスノウを見ながら、団長もうなづいている。


「まあ、実際この世界にもそういう人はいるぞ。そしてスノウは私から見ても大した腕前だ」

「ろ、ローズ様まで!」


 ふと、ここでユウキにある疑問が生じる。料理を職業として生きていけるのなら、わざわざ悪と戦うなんて危ないことをしなくてもいいはずと。

 特にスノウは好戦的には見えず、そのことが余計に謎を深めていた。


「ユウキ。お主はもうこの世界について大体理解したか?」

「え? あ、えっと……。ネガティブっていう悪の集団がいて、それに対抗するためにこのポジティブが作られたということでしたっけ?」

「ああ、そうだ。今から一年程前に奴らは暗躍を始め、それを止めるべく私は立ち上がった。民衆の中から素質のある者を選び、ポジティブは結成されたのだ。しかし……」


 不意に団長の顔が暗くなる。その視線の先にいるのはマリアだ。


「団長、私のことはもういいんです」

「いや、あれは私のせいだ。本当にすまなかった……」


 沈んだ空気が流れる。しかし、その理由がユウキにはわからない。


「ど、どうかしたんですか?」

「さっき襲ってきたネガティブがいたでしょう? 私はあいつに、死の呪いをかけられたの」

「呪い!?」


 団長は悔しさのあまり拳を握りしめた。


「私が不注意だったばっかりに、仲間をこんな目に……!」

「団長のせいではありません! 悪いのはネガティブです……。この呪いだって、あいつを倒せば解けるはずです」

「……一刻も早く解かねばならぬな」


 団長は過去を悔やむ自分を振り払い、決意の表情を見せた。


「俺も……俺もマリアさんのために戦いたい!」


 ユウキは思わず立ち上がった。


「俺はマリアさんに助けてもらいました。今度は俺が……」


 と、そこで我に返り、慌てて座り直した。


「す、すみません!」

「ふむ。気合充分のようだな」

「あ、えっと……」

「食事が終わって少ししたら、また鍛練といこうか」

「あ、はい。お願いします……」


 ユウキは少しだけ憂鬱になった。また、先程と同じことを延々とさせられるのかと。

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