ポジティブの団長
しばらくして森を抜け、町へと着いた。
中へ入ると魔法の道具を売る店や武器防具屋など、ユウキにとっては珍しいものばかりが目に入った。しかし、それらをじっくり見回ることはできなかった。マリアにまっすぐ町の中央へと連れていかれたからだ。
そこにそびえ立つ異常に大きな建物は、彼女らポジティブの本部である。
マリアは緊張するユウキの腕をつかみ、半ば強引に内部へと案内した。
「ただいま戻りました。ローズ団長」
「うむ、ご苦労だった」
出迎えたのは、鎧に身を包んだ美しい女性だった。白い髪を後ろで縛り、目は凛としている。声は低く落ち着いており、背はユウキよりも少し低い。
本来であれば、鎧と女性の美などは対極に位置するものなはずだ。しかし、団長と呼ばれたその女性には、鎧によって映える気高さが存在した。
「その者は?」
「はい。こちらの男もポジティブとして充分な資質を持っているようでして、先程ネガティブの攻撃を打ち消しました」
「なるほど……。む? その剣は!」
「はい。伝説の勇者の可能性もあります!」
ユウキを置き去りにしたまま勝手に話は進む。
未だに状況を把握できていない中、彼は思った。自分はそんな大した人間ではないけれど、できることならこの人たちと一緒に戦いたい。今度こそ悪に立ち向かう力を手に入れたのだからと。
「お主、名は何と言う?」
いきなり綺麗な女性に名前を聞かれ、ユウキは緊張を強めた。
「俺は、ユウキって言います。えっと……まだ戦い方の基本もわからないんですけど……」
「それなら私が鍛練してやろう。私はポジティブ団長のローズだ、よろしく頼む」
「あ、いえ、こちらこそ」
「では早速だが、奥へ参ろうか」
ユウキは団長の勢いに圧倒され、まるで自動的にそうなったかのように奥へと連れていかれた。
「ここが鍛練の場だ」
案内されたその場所は、体育館よりも大きな鍛錬場だった。ユウキは本部がなぜこれ程までに大きいのかと疑問に思っていたが、その答えがここにあった。
「まず最初に受け身を教えよう。手本を見せてやるから、かかって来るがよい!」
ユウキは面食らった。いくら鍛えているであろう団長相手とはいえ、攻撃するとなると躊躇せずにはいられない。
「心配はいらぬ。剣も使ってよいぞ? さあ、来い!」
冗談にしか聞こえないことをあっさりと言ってのけたが、その表情から彼女が真面目であることはユウキにもわかる。
そこまで言うならと、ユウキは意を決して攻めかかった。
「ヤァッ!」
怪我をさせないように、ユウキは鎧を狙った。団長はそれを避ける気配がなく、その斬撃が命中したように彼は思った。
しかし……。
「……攻めも多少甘いな」
「な、効いてない!?」
ユウキの剣は見えない壁に阻まれた。
実際に傷付けてしまっても困るが、自分の攻撃が全く通じないことに彼は軽いショックを受ける。
「これが我が能力、規律だ」
「能力……?」
「そう、私たちポジティブには固有の力が存在する。私は守りの力に秀でているので、遠慮などいらぬから存分に攻撃するのだ」
ユウキは理解した、彼女がなぜ堂々と受け身役を買ってでたのかを。それは自らが鉄壁の守りを自負しているからに他ならない。
「さあ、続けよう」
「はい! では……!」
再び切りかかるユウキ。
しかし、その攻撃は全く通じない。
「ヤアッ!」
「規律、シヴァルリー!」
「トリャッ!」
「規律、ペイシェンス!」
団長の技はどれも、ユウキの攻撃を見えない壁で阻んだ。しかし、それ以外に何が起きているのかがユウキにはわからない。効果の全貌は明らかではないが、その能力をとても強力なものだとユウキは思った。
そして、同時に疑問が浮かぶ。こんなに強い人でも苦戦する相手がいるのかと。
「規律、レイジ!」
幾度となく攻撃を阻まれ続ける内に、ユウキは気付いた。団長が徐々に強くなっていってることに。
「そろそろ魔力が溜まったな。規律、メディテーション!」
「こ、これは一体!?」
団長が攻撃を受けた瞬間、その身が白い光に包まれた。
「お主にも見えるか? 私が纏ったオーラが」
「は、はい……。俺にもこんな力があればいいのに……」
「お主も使えるであろう?」
「え?」
「ほら、少し下がってみろ。今から私が使う技を打ち消してみよ」
「ええっ!? いきなりそんな!」
「そちらが下がらぬのなら、こちらが間を取ろう」
ユウキの言葉を聞かずに、団長は勝手に話を進める。そういう人なのだとあきらめて受け入れるしかなかった。
「行くぞ! ライトブリング!」
ユウキに向けてかざされた左手が一瞬輝き、その直後に光の衝撃波が放たれる。
「う、うわああ! 助けて! ……あれ?」
ユウキは無我夢中で剣を振り回していただけだが、気付いたら衝撃波が跡形もなく消えていた。
「……やればできるではないか」
「え? あれ? 何で?」
ユウキは目を閉じてしまっていたのでわからなかった。本当に自分が消したのかも自信が持てず、実感が湧いてこなかった。
しかし、団長はユウキの力を認め、称賛している。
「見事だ」
「え、えっと……?」
「それはお主の力だ。お主にはやはり素質がある」
「本当ですか!?」
「ああ、もしかしたら私の技も使えるやもしれん。よし、続きをしよう!」
喜ぶのも束の間、再びユウキは不安になる。自分でも使いこなせていない力だというのに、団長と同じレベルまで高められる気がしなかった。
「さあ、来い! 今度は一つ一つ説明を加えてやろう!」
その言葉にユウキの面持ちは少し明るくなった。技を習得できるかどうかという不安はあれど、先程から気になっていた技の効果を知ることができるからだ。
「それではまず、基本のシヴァルリーからだ。これは相手の攻撃を自らの守りへと変えるものだ」
シヴァルリー。それは自らの防御力を高めるカウンター技だということが、ユウキに明かされる。
「さあ、もう一度見せてやろう。来い!」
「はい」
ユウキは複雑な気分だった。無駄だとわかっていても攻撃しなければいけないから。
「それっ!」
「規律、シヴァルリー!」
技の発動により、団長の守りはさらに堅くなる。
「これだけ何度もかければ、しばらくは私を切れないだろう。ほら、指を突き刺してみろ」
「えっ!?」
団長は籠手を脱ぎ、指を差し出した。
ユウキは気が進まなかった。今までと違って直接その身を切るとなると、さすがに躊躇せざるを得ない。
しかし、団長は早く切るようにと目で促している。
「それじゃ……すみません!」
彼女が大丈夫だと言うのだからきっと問題ないはずと、ユウキは意を決して剣を振るった。
「うわっ!」
剣は指に弾かれてしまい、ユウキは勢い余って転んでしまった。
「ああ、すまない。大丈夫か?」
剣が指に負けるという驚愕の結果に、ユウキは唖然としていた。
「まあ、そういうわけだ」
団長に差し伸べられた手を取り、ユウキは立ち上がった。
「技の説明に戻ろう。続いて、ペイシェンス。これは相手の攻撃を魔力へと変える技だ。先程のメディテーションの使用を早めたのもこれのおかげと言える」
「魔力……?」
「ああ。技によっては内なるエネルギーを消費するものがあるのだ。だが、その分強力とも言える」
「そのメディテーションっていうのが、さっきオーラが見えた技ですか?」
「その通りだ。あれが発動すれば、しばらくは痛覚に耐えることができる」
ただ単に攻撃を無効化するだけでなくバリエーションも豊富。団長の規律の威力にユウキは感心した。
「そして、レイジは相手の攻撃を自身の腕力へと変える。これならお主でも簡単に習得できるはずだ」
「で、できますかねえ……?」
「ああ、私が教えるのだからな。安心してよい」