ネメシスの正体
ネメシスは怒りに身を任せ、ハイドへと突進した。
だが……。
「甘い!」
ハイドは瞬時に風乗りを発動し、宙へと浮いた。
「降りてきなさい! 卑怯者!」
「ふむ、ではそうしよう。忍術、転換!」
そう詠唱した直後、ハイドとネメシスの位置が入れ替わった。それにより、ネメシスは空中へと放り出される。
「なっ!?」
ネメシスは慌てつつ何とか態勢を整え、着地へと向かう。
だが……。
「見切れるか? この技の冴えを!」
その一瞬の隙を突いて、ハイドは刃を向けつつ突進した。一秒にも満たないその間に目前へと迫ったハイドは、そのまま素早く切り払った。
「キャアアア!」
ネメシスの痛々しい悲鳴が響き渡った。
「我が剣技、俊足一閃!」
ハイドは背中越しに視線を向けた。その先では、ネメシスが地に屈している。
「く……おのれ!」
ネメシスはおぞましい程の殺気と憎悪を纏い、ゆらゆらと立ち上がった。そして、ハイドを睨みながら刃を握り締めた。
「我が一族の儚き魂よ……。今一度、ここに蘇り敵を撃て!」
大粒の涙がネメシスの頬を伝い、地へと滴った。
その途端。
「な!? 何だこれは!?」
突如足元に花が咲き乱れ、周囲には木々の蜃気楼が現れた。
それは、ネメシスの必殺技、追憶の桃源郷によるものだった。
「死んで償え!」
ネメシスは刃を振りかざし、ハイドへと突進した。その攻撃自体は今まで同様、かわすことができたのだが……。
「……む?」
間一髪でハイドは避けた。彼の視線を横切ったのは、一本の矢であった。その矢は青白く透き通っており、地へと突き刺さるなり消滅した。
慌てて辺りを見回したハイドの目に映ったのは、頭巾を被った半透明の小人たちであった。その者たちは周囲の木々と同様、実体を持っていない。
「後悔するがいいわ!」
「く……!」
ネメシスはチャンスとばかり猛攻を仕掛ける。ハイドはそれを捌ききることができず、傷を負いながら窮地へと追い込まれてゆく。
そして……。
「妖鏡!」
ネメシスが左手をかざすと、ハイドとの間の空間が歪んだ。そして、次の瞬間二人の位置が入れ替わった。
「斬風!」
ネメシスは即座に衝撃波でハイドを追撃した。
ハイドはその攻撃も周囲から飛んでくる矢も上手く避けたかに見えたが……。
「しまった!」
突如、その視界は闇に閉ざされた。
「花霞にかかったようね。このまま一気に決めさせてもらうわ!」
どこから飛んでくるかわからない攻撃を、ハイドは気配を頼りに避け続けた。
だが……。
「ぐ……うぐ!」
ハイドは苦しみだし、その場に倒れ込んだ。
「毒の蜜と微睡の香、その辺りに設置しておいて正解ね」
態勢を立て直す間も与えず、ネメシスは刃を振りかざし襲いかかった。
だが……。
「……く! 小賢しいまねを!」
ハイドが予め設置しておいた暗雲にかかり、ネメシスも視界を奪われた。
「ふ……。その様子、お主も我がトラップにかかったようだな」
「何よ! 方向さえわかればこんなもの……!」
ネメシスは先程ハイドがいた方向へと斬風を放った。だが、ハイドはすでに雲隠れを使用しその場所から移動していた。
「く……! 手応えなしね。どこにいるのよ!」
ネメシスはがむしゃらに斬風を放ち続けた。だが、それはハイドに当たることはなく、やがて両者共にかかっていたトラップの効果が切れた。
「……ふむ、ようやく解けたか。厄介な弓矢の援軍も途絶えたと見える」
足元に咲き乱れていた花や周囲の木々は、何事もなかったかのように消え去っていた。
「そろそろ決着と参ろうではないか」
「奇遇ね。私もそう思っていたところよ」
両者は溜まった魔力を右手に集中させた。
ハイドの手の先には黒い小宇宙、ネメシスの手の先には白い小宇宙がそれぞれ浮かんだ。
「蛮族め! その行いを悔い改めるがいいわ!」
「私は逃げぬ! かかってくるが良い!」
ハイドの超必殺技、真理。ネメシスの超必殺技、神秘。その二つの大きな力によって生み出された小宇宙は、同時に膨張しながらぶつかり合って激しい爆発を起こした。その衝撃で山が揺れている。
「おい、ユウキ」
「何ですか団長!?」
「いざとなったらテレポートを頼む。マリアたちも恐らく逃げるであろう」
ユウキはその言葉を団長の口から聞きたくはなかった。常にどっしりと構えている彼女が言ったということは、本当に山が崩れてもおかしくないということでもあったからだ。
「く……! まだ収まらぬのか!?」
「逃げますか!? 団長!?」
「まだだ! ぎりぎりまで堪えろ!」
ユウキは心臓が止まりそうになりながらも必死に祈った。
そして、しばらくした後……。
「終わったようだな」
揺れが収まり、団長もユウキも勝負の結末に視線を向けた。そこにはハイドが佇んでおり、ネメシスは横たわっていた。
「く……中々の強敵だった。団長、見ていてくれたか?」
ハイドが右腕を押さえながらユウキたちへと顔を向けた。
「ハイドさんが! ハイドさんが勝ったー!」
「うむ! 見事な戦いであった」
「よかった! これで四連勝だ! 誰一人として死ななくて、本当によかった!」
ユウキは思わず涙を流した。
「だから言っておるだろう? 大丈夫だと」
ユウキにもようやく団長の確信が理解できた。実際、ネガティブを改心させるのにも成功している。
「で、団長、この者はどうする?」
ハイドがネメシスを指差した。
「な!? まさか死なせてしまったのではあるまいな!?」
「いや、気絶してるだけみたいだ」
「そうか……よかった」
団長は胸を撫で下ろした。
「……ん、うーん……」
「お? 気がついたようだな」
ハイドがネメシスの顔を覗き込んだ。
「なっ!? なな!? 何のつもりよ!」
ネメシスは思わず飛び退いた。
「何のつもりとは何だ?」
「なぜ私を生かしておいたのよ!? あんた、何が目的よ!?」
「それはこちらが聞きたいのだ。なぜ悪事を働いた? 何が目的だ?」
ハイドの質問に、ネメシスは視線を反らした。
「……話したらどうせ酷いことされるに決まっているわ!」
「私は何もしない。話してもらえないか?」
「……ああもう! 教えればいいんでしょ!」
ネメシスはヤケになって話し出した。
「エルフって知ってるか?」
「ああ、遠い昔に絶滅してしまったという伝説の種族だな。……お前まさか?」
「そう、私はそのエルフの末裔よ。人間はエルフを殺傷する悪い奴ばかりだわ! だから、そんな穢れた血はこの世から消し去らなければならない!」
「……なるほどな」
ネメシスの真実を、ハイドは静かに聞いていた。
「あいつ……エルフだったのか!」
「ふむ。実在しておったとは……」
ユウキはもちろん、団長でさえもその存在に驚いていた。
「人間なんて大嫌いだ! 全員悪者に決まってる!」
「それなら聞くが、お前の仲間はどうなのだ? エルフだからと言って、仲間であるお前にも酷いことをしているのか?」
「……あいつらは、エルフだと聞いても態度を変えなかった」
「私や団長も同じだ。エルフだとか人間だとかの前に、共にこの世界で過ごす仲間だろう?」
「……仲間?」
「今後は私たちと行動を共にしないか? お前のこと、必ず守ってみせよう」
「……いいのか? 私は散々悪いことをしたんだぞ!?」
「罪は償える。さあ、今日から私とお前は仲間だ!」
「う……うう! 私はばかだ! 今まで勝手に人間を憎んでいた! 確かに人間に同属を殺されたが、それで人間全てが悪だとはならないとわかるはずなのに!」
ネメシスは大粒の涙を流した。
「よいよい。お前も辛かったのだろう。これからはもう心配いらない」
「……ありがとう! 私、これからは人間と共存する!」
「やった! これで四人目だ!」
「残りは後二人だな! 早速行くとしよう!」
団長が先へ続く階段へと剣を向けた。
「あ、団長、すまない。私はしばらくここに残る」
「お主も疲れたか」
「最後の一撃が中々にきつかったのでな。後で他の者と合流し、必ず向かう」
「うむ、わかった。ご苦労!」
ハイドとネメシスをその場に残し、ユウキは団長と共に次の階へ向かった。




