初戦闘
ユウキはマリアと共に黒い女性へと相対する。彼はもう、無防備に刺されるだけの弱かった彼とは違う。その手には戦うための武器が握りしめられ、悪を討つという覚悟もできていた。
だが、そんなユウキの決意を嘲笑うかのようにおぞましい声が辺りに響く。
「全てを死へ捧げる。私の愛のために……」
黒い女性はゆっくりと歩み寄りつつ不気味な声をこだまさせる。
それに対しユウキは怯まずに剣先を向けた。
「全然意味わからねえよ。何で……何でお前はそこまでして誰かを殺そうとする!?」
その問いかけに、ふと笑い声がやむ。狂気は憎悪へと変わってゆき、しきりに息を漏らす。その唇は震え、一筋の涙が頬を伝った。
「聞くな……聞くな聞くな聞くなっ!」
様々な怨念を纏ったその強烈な叫びは、まるで雷鳴のように轟いた。そして、それとは打って変わり、ささやくように呪詛を漏らし始める。
「……何も知らないくせに、のうのうと生きているあなたに何がわかるの。みんな死んでしまえばいいわ」
抑揚のない言葉の羅列が染み渡る。そしてその直後、黒い女性は再び戦闘態勢に入った。
「秘術の参、ネクロマンシー!」
黒い女性は鎌を両の手で回転させ、天へと掲げる。すると、赤紫の魔法陣が三つ現れ、彼女の周囲を高速で回り出した。
「来るわよ! 気をつけて!」
マリアが隣で警告する。それと同時に魔法陣が黒く光って消え、次の瞬間、骸骨が三体現れた。
「さあ、あなたもこの子たちの仲間になりなさい!」
その声を合図に骸骨たちは一斉に飛びかかった。
「うわあっ!」
いきなりの窮地にユウキは怯む。黒い女性を含めて四体もいる敵を相手に、どう戦っていいのかがわからなかった。
それでもどうにかして倒すしかなく、ユウキは剣を無我夢中で振り回した。
「ちょっと、何やっているの!? あなたは伝説の勇者様なんでしょう? こっちにも限界があるんだから早く技を使って!」
マリアも水魔法で対抗しているが、その表情にはもう余裕がない。
「技って言われても……。くっ! どうすれば……? ああもう!」
ユウキは目の前の骸骨を相手するので手一杯で、考える余裕などどこにもない。
「なあんだ、伝説の勇者だなんて言い出すから驚いたけれど、全然話にならないじゃない。このまま二人とも安らかに眠るといいわ」
その言葉はユウキに突き刺さった。自分のせいでマリアまで死なせてしまうことだけは避けねばと、気を強く引き締め直す。
「俺はどうなってもいい。けれど、このお姉さんは俺を守ってくれたんだ! 死なせるわけにはいかない!」
「そう……。ならこれはどうするのかしら?」
黒い女性は鎌を大きく振りかぶった。その刃はみるみる赤く染まってゆく。
「あれはまともに受けちゃダメ! 私が何とかするから後ろに隠れて!」
マリアはユウキを庇い、自らを盾にするべく前へ出た。
「そんな……! お姉さんはどうなるんですか!?」
また守られるだけの立場になり、自分のせいで誰かが傷付いてしまう。ユウキにとってそれは死よりも酷い苦痛だ。
マリアの後ろで黙って見ていることなど彼にはできない。
「さあ、おやすみなさい!」
赤い三日月状の光が鎌から放たれた。それは高速で回転しつつ、弧を描きながら向かってくる。
「嫌だ……。俺のせいでお姉さんが死んだりなんかしたら、絶対に嫌だー!」
「な!? ダメー!」
ユウキは赤い光に向かって走り出した。自らがそれを浴びることにより、マリアを守るために。
彼は思った。これでいいんだ。俺はどうせ一回死んだんだから、これで誰かを守れるなら惜しくないと……。
一日に二度も死ぬなんて馬鹿げた話だと笑い、そして覚悟を決めて目を閉じた。
だが……。
「……な! な、何よこれ!」
直後、黒い女性の叫びが響いた。
何事かと目を開けたユウキが見たのは、狼狽する黒い女性だった。
マリアも驚きのあまり目を見開いている。
「勇者様! やっぱりあなたは勇者様だったの!?」
「え、えっと……? 何が起きたのかわからないんだけど……」
ユウキがわけもわからず戸惑う中、呆然としたまま黒い女性が口を開いた。
「信じられない……。私のデッドクレセントが……打ち消された!?」
そこで初めてユウキは気付いた。自分が先程の必殺技を消したという事実に。
「……少し分が悪いわね。また今度にしましょう」
「あ、こら待て!」
逃がさんとばかりに追いかけようとしたユウキだが、辺りにはもう黒い女性の姿はなかった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、えっと……はい」
真っ先に他人の心配をするマリアに、ユウキは申し訳ない思いでいっぱいになった。助けてもらったのは自分の方なのだから、本来なら自分が先に彼女のことを心配すべきだろうと。
「とりあえず町まで行くわよ。そこに向かえば特殊な結界によって守られているから安心よ」
「あ、はい」
ユウキの胸は情けないという思いで満たされる。
自分のことを最低だと責めていた彼は、ふと思った。これだけはしっかりと伝えなければと。
「あ、あの!」
「……何?」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「気にしなくていいわ。私はポジティブとして当然のことをしただけよ」
ポジティブ。その単語の意味をユウキはまだ知らない。しかし、先程のような悪と戦う組織なのだということは、何となく把握することができていた。
その正義感にユウキは憧れを覚え、自分もその支えになりたいと願った。
「何してるの? また襲われない内に早く町に向かうわよ」
「あ、待って!」
ユウキはマリアの早足についていくのがやっとだった。