アイリスの思い
ユウキの悲痛な叫びが響く。
赤い光がぶつかった衝撃で土煙が生じ、何も見えない。
と、その時。
「かかったわね! アイリス!」
土煙の奥からマリアの声がした。
「なっ!? 何ですって!?」
「必殺、炎の舞!」
アイリスの放った必殺技を、マリアはテレポートで避けていた。そして、瞬時に溜めた魔力を解き放ち、両の手に纏った炎を用いて骸骨の残党たちを処理しきった。
「……よくもやってくれたわね!」
「あなた、そんなぼろぼろで! もう戦うのはやめなさい!」
「ぼろぼろ? なら、回復すればいいだけの話よ?」
「なっ!? ペイントゥヒールのタイミングが合わなかったらどうするつもり!?」
「そんな技使わないわよ。そっちからこなくても、こっちから行くわ」
アイリスは不敵な笑みを浮かべた。
「金縛り!」
「なっ!? また!」
マリアは動きを封じられ、よろめく。
「淀む血の流れを……清らかな死へと転ずる! ブラッディドレイン!」
「マリアさーん!」
アイリスが鎌を振りかざして襲いかかるのを見て、ユウキは飛び出そうとした。
だが……。
「待て! 行くな! 団長命令だ!」
「離してください! このままじゃマリアさんが!」
「マリアを信じろ! 絶対にこの勝負、マリアが勝つ!」
「マリアさん! マリアさーん!」
その瞬間、アイリスの鎌が赤く光りマリアの身を捉えた。ユウキの脳内にトラウマがフラッシュバックし、手で顔を覆った。
しかし。
「……ユウキ、そんなに叫んでどうしたの?」
「マリアさん!?」
その声に驚き、ユウキは顔を向けた。
マリアが笑顔を見せている。
「私なら平気よ」
「……え? 何で!?」
ユウキは驚きのあまり大声で問いかけた。
「それは私が聞きたいわよ!」
アイリスが叫んだ。
「何で私の必殺技を受けても、あなた平気でいられるの!? それに、今あなたに当てたブラッディドレインで回収できた体力、ほとんどないじゃない!」
アイリスも事態がよくわかっていなかった。アイリスの放った必殺技は回復を兼ねた技だった。にも拘わらず、アイリスはぼろぼろのままだ。
「あなたは気付かなかったようだけど、私はずっとプロテクションをかけ続けていたのよ」
「いつの間にそんなことを!」
「最初から、隙がある度にずっとよ!」
アイリスは歯ぎしりをした。
「……なぜそうまでして生きる!? 生あるものは汚らわしい、死こそがこの世の美徳!」
「アイリス! あなたこそなぜこんなことをするの!?」
「あなたたちが悪いのよ!? 命ある者は皆身勝手、自分が生きることしか考えていない……!」
アイリスは大声で訴えかけた。
「アイリス……」
「だから、私は決めたの! 全員に死と言う名の安らぎを与え、その汚れを断ち切るって!」
「あなたは……間違っている!」
「あなたに何がわかるって言うの!? 私の気持ちなんか……誰も理解してくれないんだ!」
「……決着ね」
マリアとアイリスはお互いに攻撃態勢に入った。
「私はあの日誓った……。この世に蔓延る汚らわしい命を、全て殺めると! それが、私が辿り着いた涅槃!」
「……あなたが否定する生命は、そんな穢れたものじゃない! あなたは……なぜ一人で苦しむの!?」
「黙れぇっ!」
アイリスが鎌を振りかざした。その刃先は血のような赤に禍々しく染まってゆく。
それを見たマリアも両の手に青いオーラを纏う。
「待っててね……今、一人そっちに送ってあげるから!」
「炎よ、水よ、風よ地よ! 汝の秘めたる魔力を現せ!」
エレメンタルエクスプロージョンとあの日の誓い。二人の超必殺技が同時に発動した。アイリスの放ったどす黒いオーラと、マリアが生じさせた魔力の爆発がぶつかる。
そのあまりの衝撃に、ユウキたちも吹き飛ばされそうになる。
「ハニー! 俺は信じているよー!」
「大丈夫だ! マリアは負けない!」
「そうです! 私も信じてます! マリアさんは絶対に負けません!」
ゼフュロスも団長もスノウも、みんなマリアの勝利を信じている。
「マリアさん! 勝ってください! 絶対に死んじゃダメです!」
ユウキの叫び声が響いた直後、衝撃は収まった。
「ふむ、見させてもらったぞ」
団長は戦場に柔らかな視線を注ぐ。
戦いは決着した。マリアがその場に佇み、アイリスが倒れている。
「マリアさん……!」
「団長、ユウキ……。私、勝ったわよ」
「や、や……やったー!」
うれしさのあまり、ユウキは天に拳を突き出した。その目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
「ハニー! 俺は信じてたぞー!」
「ご苦労であった! マリア!」
団長の言った通り、マリアはアイリスに勝った。
その喜びに皆が浸っていたその時。
「……ちゃん」
アイリスが呟いた。
「お兄ちゃん、ごめんね。私、あの日の誓い、果たせなかった……」
涙を浮かべるアイリスへと、マリアが歩み寄った。
「アイリス、話を聞かせてもらえるかしら?」
「いいから、早く私を楽にさせて。そうすればお兄ちゃんのところへ行けるわ……」
「……お兄さん、死んじゃったの?」
「……そうよ。殺されたのよ! 私の親は小さい頃に先立った……。唯一の家族で、私のことを可愛がってくれていたお兄ちゃんがっ! 何で死ななきゃいけなかったの!?」
「……辛かったのね」
「お兄ちゃんに私、約束したの。こんな醜い世の中、変えてみせるって。だから……だから!」
「それであなた……」
「そうよ。何か悪いの!?」
「……アイリス、よく考えて。あなたがやろうとしていたことは、あなたのお兄さんがされたのと同じことなのよ?」
「……同じ……こと?」
「あなたのお兄さんはそんなことを望んだのかしら?」
「……う……うう! 私……私!」
アイリスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは透き通っていて、とても純粋な透明さに満ちている。
「アイリス……」
「ごめんなさい! 酷いことを、たくさんしてしまって! 本当にごめんなさい!」
「わかってくれたのね!」
「……呪い、今すぐ解くわ」
アイリスが手をかざすと、マリアから黒い靄が抜け出て消えた。
「……これで、あなたは元通りよ」
「私もあなたを許すわ。アイリス」
「本当……?」
「もちろん」
「う……うう!」
目の前で奇跡が起きていた。アイリスの心に巣くっていた悪の心は消え去り、マリアもまた呪いから解き放たれた。
「さ、ユウキ。先を急いで」
「あ、はい! ……マリアさんは?」
「私は今ので疲れてしまったわ。後で必ず向かうから、先に行って」
「はい! わかりました! では行きましょう!」
「うむ、他のネガティブも救ってやらねばな!」




