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~In the World~ この世界の中で……  作者: 愛守
第一編 それぞれの価値観
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アイリスの思い

 ユウキの悲痛な叫びが響く。

 赤い光がぶつかった衝撃で土煙が生じ、何も見えない。

 と、その時。


「かかったわね! アイリス!」


 土煙の奥からマリアの声がした。


「なっ!? 何ですって!?」

「必殺、炎の舞!」


 アイリスの放った必殺技を、マリアはテレポートで避けていた。そして、瞬時に溜めた魔力を解き放ち、両の手に纏った炎を用いて骸骨の残党たちを処理しきった。


「……よくもやってくれたわね!」

「あなた、そんなぼろぼろで! もう戦うのはやめなさい!」

「ぼろぼろ? なら、回復すればいいだけの話よ?」

「なっ!? ペイントゥヒールのタイミングが合わなかったらどうするつもり!?」

「そんな技使わないわよ。そっちからこなくても、こっちから行くわ」


 アイリスは不敵な笑みを浮かべた。


「金縛り!」

「なっ!? また!」


 マリアは動きを封じられ、よろめく。


「淀む血の流れを……清らかな死へと転ずる! ブラッディドレイン!」

「マリアさーん!」


 アイリスが鎌を振りかざして襲いかかるのを見て、ユウキは飛び出そうとした。

 だが……。


「待て! 行くな! 団長命令だ!」

「離してください! このままじゃマリアさんが!」

「マリアを信じろ! 絶対にこの勝負、マリアが勝つ!」

「マリアさん! マリアさーん!」


 その瞬間、アイリスの鎌が赤く光りマリアの身をとらえた。ユウキの脳内にトラウマがフラッシュバックし、手で顔を覆った。

 しかし。


「……ユウキ、そんなに叫んでどうしたの?」

「マリアさん!?」


 その声に驚き、ユウキは顔を向けた。

 マリアが笑顔を見せている。


「私なら平気よ」

「……え? 何で!?」


 ユウキは驚きのあまり大声で問いかけた。


「それは私が聞きたいわよ!」


 アイリスが叫んだ。


「何で私の必殺技を受けても、あなた平気でいられるの!? それに、今あなたに当てたブラッディドレインで回収できた体力、ほとんどないじゃない!」


 アイリスも事態がよくわかっていなかった。アイリスの放った必殺技は回復を兼ねた技だった。にもかかわらず、アイリスはぼろぼろのままだ。


「あなたは気付かなかったようだけど、私はずっとプロテクションをかけ続けていたのよ」

「いつの間にそんなことを!」

「最初から、隙がある度にずっとよ!」


 アイリスは歯ぎしりをした。


「……なぜそうまでして生きる!? 生あるものは汚らわしい、死こそがこの世の美徳!」

「アイリス! あなたこそなぜこんなことをするの!?」

「あなたたちが悪いのよ!? 命ある者は皆身勝手、自分が生きることしか考えていない……!」


 アイリスは大声で訴えかけた。


「アイリス……」

「だから、私は決めたの! 全員に死と言う名の安らぎを与え、その汚れを断ち切るって!」

「あなたは……間違っている!」

「あなたに何がわかるって言うの!? 私の気持ちなんか……誰も理解してくれないんだ!」

「……決着ね」


 マリアとアイリスはお互いに攻撃態勢に入った。


「私はあの日誓った……。この世に蔓延る汚らわしいやみを、全てきよめると! それが、私が辿り着いた涅槃ねはん!」

「……あなたが否定する生命は、そんなけがれたものじゃない! あなたは……なぜ一人で苦しむの!?」

「黙れぇっ!」


 アイリスが鎌を振りかざした。その刃先は血のような赤に禍々しく染まってゆく。

 それを見たマリアも両の手に青いオーラを纏う。


「待っててね……今、一人そっちに送ってあげるから!」

「炎よ、水よ、風よ地よ! 汝の秘めたる魔力を現せ!」


 エレメンタルエクスプロージョンとあの日の誓い。二人の超必殺技が同時に発動した。アイリスの放ったどす黒いオーラと、マリアが生じさせた魔力の爆発がぶつかる。

 そのあまりの衝撃に、ユウキたちも吹き飛ばされそうになる。


「ハニー! 俺は信じているよー!」

「大丈夫だ! マリアは負けない!」

「そうです! 私も信じてます! マリアさんは絶対に負けません!」


 ゼフュロスも団長もスノウも、みんなマリアの勝利を信じている。


「マリアさん! 勝ってください! 絶対に死んじゃダメです!」


 ユウキの叫び声が響いた直後、衝撃は収まった。


「ふむ、見させてもらったぞ」


 団長は戦場に柔らかな視線を注ぐ。

 戦いは決着した。マリアがその場に佇み、アイリスが倒れている。


「マリアさん……!」

「団長、ユウキ……。私、勝ったわよ」

「や、や……やったー!」


 うれしさのあまり、ユウキは天に拳を突き出した。その目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。


「ハニー! 俺は信じてたぞー!」

「ご苦労であった! マリア!」


 団長の言った通り、マリアはアイリスに勝った。

 その喜びに皆が浸っていたその時。


「……ちゃん」


 アイリスが呟いた。


「お兄ちゃん、ごめんね。私、あの日の誓い、果たせなかった……」


 涙を浮かべるアイリスへと、マリアが歩み寄った。


「アイリス、話を聞かせてもらえるかしら?」

「いいから、早く私を楽にさせて。そうすればお兄ちゃんのところへ行けるわ……」

「……お兄さん、死んじゃったの?」

「……そうよ。殺されたのよ! 私の親は小さい頃に先立った……。唯一の家族で、私のことを可愛がってくれていたお兄ちゃんがっ! 何で死ななきゃいけなかったの!?」

「……辛かったのね」

「お兄ちゃんに私、約束したの。こんな醜い世の中、変えてみせるって。だから……だから!」

「それであなた……」

「そうよ。何か悪いの!?」

「……アイリス、よく考えて。あなたがやろうとしていたことは、あなたのお兄さんがされたのと同じことなのよ?」

「……同じ……こと?」

「あなたのお兄さんはそんなことを望んだのかしら?」

「……う……うう! 私……私!」


 アイリスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは透き通っていて、とても純粋な透明さに満ちている。


「アイリス……」

「ごめんなさい! 酷いことを、たくさんしてしまって! 本当にごめんなさい!」

「わかってくれたのね!」

「……呪い、今すぐ解くわ」


 アイリスが手をかざすと、マリアから黒い靄が抜け出て消えた。


「……これで、あなたは元通りよ」

「私もあなたを許すわ。アイリス」

「本当……?」

「もちろん」

「う……うう!」


 目の前で奇跡が起きていた。アイリスの心に巣くっていた悪の心は消え去り、マリアもまた呪いから解き放たれた。


「さ、ユウキ。先を急いで」

「あ、はい! ……マリアさんは?」

「私は今ので疲れてしまったわ。後で必ず向かうから、先に行って」

「はい! わかりました! では行きましょう!」

「うむ、他のネガティブも救ってやらねばな!」

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